ランブルフィッシュの作品情報・感想・評価

「ランブルフィッシュ」に投稿された感想・評価

mika

mikaの感想・評価

3.5
映像美ですね。
ストーリーは今一つに感じましたが
マットディロン、ミッキーローク、ダイアンレイン、それぞれが際立つ美しいカメラワークだと。
下僕僕

下僕僕の感想・評価

4.7

このレビューはネタバレを含みます

僕(27)の敬愛する店長(45)の好きな映画というきっかけで鑑賞。店長は映画鑑賞が趣味な人でもましてシネフィルでもないが、観ている映画に偏りがある僕にこれを勧めてくれた(「野郎しかでてこないよw」と言いながら)。
彼もまた昔はヤンチャでw青春時代に観て感銘を受けたとのこと。ちなみに僕は弟君に連れ回されてるスティーヴ的な感じだったw

自分が好きな映画は偏愛モノか孤独な男モノで、この作品は後者の要素を含み(完成度の高い映画に要素の有無は関係ないけど…)熱心に鑑賞することができた。

完成度が高く、さすがのコッポラ作品。

冒頭やインサートカットの早送りの風景は、あれは若者の時間の象徴なのかな?
自分のやり場や行き場が定まらない弟君が同じところ(田舎町)をグルグルと回っている、時間はどんどん過ぎてゆく、その対比なのかと思った。インサートにも抜かりないな、と。
音楽もいい雰囲気だし、時々不明瞭になる音声も兄貴の抱える不和のようなものを効果的に表現していて、そこも抜かりない。
カメラは決して温かみはない、(白黒も相俟って)キレのある画で捨てカットはひとつも無い。構図、照明、カメラワークどれをとっても流石。物語のトーンや心情のタッチを冷静に映している。

最初の喧嘩シーンで弟君思ったより強くて意外だったw 口だけの虎の威を借る狐なのかと思って観始めたけど、そうではなかったのね。
大好きな兄貴が戻ってきて歓喜の弟君はとても可愛らしい。隙を突かれて脇腹切られるけど、一周回った札付きのワルの兄貴の大胆なロケットバイク(!)が炸裂。引き込まれる物語の始まりだな、と。
※どーでもいいけど、一周回って穏やかだけどホントはすげー強いキャラって日本男児はみんな好きよねー。僕は好き。

個人的には弟君より兄貴の方が印象的(ミッキーロークの存在感故?)。ある意味物語の中で浮いた存在なのがそうゆう印象になったのかも。
兄貴の浮世離れしたような、浮遊感というか、あの雰囲気はとても好きだし映画的なキャラクターだなと。色盲というのも、何かが欠落した男という象徴として兄貴の設定にぴったり。
両手を抱えるように腕組みしたり後ろ手に組んだり、言葉にせずとも彼の今の心情(喧嘩はもうやめた)を表すような素敵な演出。
服装も弟君たち不良少年とは異なるジャケットスタイルなのも当たり前と言えば当たり前だけど、(すごく似合っててかっこいいし!)いい。
語り口も穏やかとは少し違う、半分寝てるような(語彙不足で失礼…)力の入ってない口調、でもその言葉は彼の悟った真理を明確に語っている。その対比がまたゾクッとさせられる。この人はやはり狂気のようなものを内包してるのかもしれない、そう思ってしまう。
ただお父さんも語っているように彼は狂ってるのではない。とは思う。ただ生き辛い人だったのかと。弟君は兄貴のような利口さがないと言われっぱなしだったけど、兄貴は弟君のような考え無しに単純に生きることがうまく出来ないというか…

兄貴の難解にも感じる言葉に対して「わかんねぇよ!」みたいなダイレクトな言葉しか返せない弟君、そのギャップが映画を観やすくしてるし(「あ。今の台詞理解しなくてもいいのかも」みたいな気持ちになってw)、二人の間の距離を感じさせて効果的。二人の距離を否応なしに感じて見てて辛いけど…

タイトルのランブルフィッシュ(闘魚)を前に兄貴が弟君へ静かに語るシーンも映画の縮図として象徴的で、物語の説得力を高めてる。説明的では一切なく、兄貴の言葉として語られている。素晴らしい。

二人乗りで(弟君の心情の象徴のような、退屈な)町を突っ走してく兄貴。カッコ良過ぎます。弟君もいい顔してて二人の心が通ったかのように見える素敵なシーン。でもやっぱり兄貴はどこか心ここにあらずな表情…そこがまたもどかしい…そして更にその行先がランブルフィッシュのいるペットショップ…やるせないなー。

魚の入った水槽を抱える兄貴が愛おしい。兄貴はあっけなく(ある意味映画的に…)銃弾に倒れてしまう。
ひとつ思うのは兄貴を撃った、お前は狂ってると兄貴に言った警官。彼の銃は理不尽なものだったのか、どうか。「あいつは殺るしかなかったんだ」という台詞…あと物語中盤くらいの弟君に向けられた「こいつのことをわかってるつもりか?」的なニュアンスの台詞…
この警官がモーターサイクルボーイが帰ってきたことでまた町に面倒事が増えるのを心底懸念していたようには(個人的には)あまり見えない。では何故警官は兄貴を撃ったのか。警官の心情は察することが今は出来ないが、考えようによっては弟君とはまた違った意味でこの町に、この時代に、引いてはこの世界に行き場の無い、兄貴を解放する銃弾だったようにも、見えなくはないのカモ…違うカモ…

兄貴の手から川へ帰される前に地面に放り出されてしまった魚達をかき集めて水槽へ戻し、そして川へ返す弟君。その姿もまた愛おしい。

兄貴が「俺のバイクをもらって欲しい。そしてそのバイクで海へ行くんだ」と諭すのが、胸に来るシーンだった。ここは本当に、二人の心が通い合ってると感じても良いのだろうと思いたい。
彼はカルフォルニアで海を見てこなかったと言った。その海を弟君に見てこい、と。彼が見なかった海へ、彼のバイクで、ランブルフィッシュを放った川を辿って、海へ。美しい物語です。

……そう言えばヒロインについて何も書いてないな、僕。本当に野郎しかでてこない、いい映画でした。ありがとう、店長。
青猫

青猫の感想・評価

-
パートカラーや動物解放の演出は非常に様々な表現に影響を与えている。
ミッキーロークがとてもセクシー。
弟ラスティが町ですること全てが無意味である象徴のようなモノクロ画面。
MiYA

MiYAの感想・評価

3.0
好みのタイプの映画ではなかったですが、ちょっと印象に深く残る場面がいくつかありました。

まずミッキー・ロークのニヒルな2枚目ぶりに惚れ惚れ(モーターサイクル・ボーイって名前もいかす)。「狭い世界にいるから争いが起こる」という彼の言葉には深みがあり、水槽の魚を逃そうとする彼の行動は印象的。

モノクロの映像のなかで魚の色だけが鮮やかだったり、ガラスに映る雲の流れだったりと、映像のギミックもなかなか効果的です。
兄という絶対的な存在に駆り立てられ続ける弟。
弟は、ランブルフィッシュとともに川をたどって海に逃げた。
yoshi

yoshiの感想・評価

3.8
ゴットファーザーや地獄の黙示録という大作を世に送り出したフランシスコッポラが、意外にも小さい単位で物語を描いた愛すべき佳作。

これは閉塞的な田舎で育った少年の自由への渇望。そして少年期の苛立ちと成長を描いた物語だ。
伝説の不良モーターサイクルボーイが何故、町(街ではなく、規模的に町)に帰って来たのか?
そこに焦点を当てたい。

町中の看板に「モーターサイクルボーイの縄張り」と書かれた田舎町。
主人公の不良少年ラスティが、敵対するグループと一戦交えていた時、姿を消していた兄が帰ってくる。
その兄こそモーターサイクルボーイと呼ばれるバイク乗りの札付きの不良だった。

甘い微笑をたたえて、全盛期のミッキー・ロークが登場。とても、伝説の不良とは思えない柔和な表情で現れる。
しかし弟がナイフで刺された瞬間、一瞬でその目に狂気が宿る。彼はカワサキの大型バイクをウイリーさせてぶつける荒技で敵を倒すのだ!

殴りかかるのではない。
私もバイク乗りだが、バイク乗りなら愛車を大切にするもの…(もったいない!と心の中で私は叫んだ。)だが、彼に躊躇など全く見られない。
乗っていたバイクをぶつけるという、あまりに一瞬の出来事に、私は呆気に取られ、彼の狂気を垣間見た気になった。
「この男、怒らせたら何をするか分からない!」と。

ラスティは彼にずっと憧れていた。
しかし帰ってきたモーターサイクルボーイの内面はすっかり変化していたのだ。

彼は喧嘩を嫌うようになり、目的もなく町をふらつく。
警察に目をつけられているにも関わらず、ペットショップで水槽の中で殺し合う魚(ランブルフィッシュ)を見つめる。

一方で弟ラスティは常に苛立ち、兄貴の縄張りで勝手な事をするなと、様々な人に喧嘩を売る。
兄貴が帰ってきた!また一緒にブイブイ言わせようぜと言わんばかりに粋がっているチンピラだ。(簡単に言うといわゆる田舎のヤンキー。顔はカッコいいけど…)

彼の頭の中には、自己顕示欲と性欲しか無い。
若く精力が有り余った男子の典型だ。
私のように歳をとった男には、昔の自分を見るようで、とても恥ずかしくなるほど。
教室で女性の裸を想像した経験は、健康な男子なら誰でもあるでしょう?

モーターサイクルボーイが町に戻ってきたその目的。
それは弟に「俺のようになるな」と伝えたかったのだと思う。

察するに彼は、喧嘩三昧の荒れた日々に疲れ、閉塞的な町を飛び出し、開放的なカリフォルニアへと向かったのだ。

暴力は暴力を産む。
周りから崇められてはいるものの、その胸には虚しさがあったのだろう。
その虚しさを埋めるため、開放的なカリフォルニアに向かった。
自分を誰も知らない場所で、自分は何者なのか確かめたかったのかもしれない。
(カリフォルニアに住んでいる別れた母親に会いに行ったというのは口実だと思う。)
自分がいなくなれば、街が平和になると思ったのかもしれない。
大切な家族(弟)が平和に暮らせると思ったのかもしれない。

他の土地では、いかに自分がちっぽけな存在であるかに気づいた。
すっかり暴力への熱が冷めた頃に、彼は戻ってきた。もはや暴力による自己顕示欲の情熱はない。青春のエネルギーが枯渇した彼が、周りから老けて見られるのも当然だ。

彼は変わったのだ。
理由なき反抗と目的のない暴力を止め、自分と言う人間は何者か、ルーツを確認するために、まともに生きる目的を探すため(家族に求めて?)町に戻ったのだ。

しかし、町では未だに弟が暴力に身を委ねている。
自分にはその気は無いのに、昔の自分に戻ってほしいと願っている。
自分には生きる目標が何もなく、誰も導くことなどできないと言うのに。
自分はハーメルンの笛吹ではないと、否定する彼の表情は、この映画の中で誰よりも寂しげだ。

彼は常に腕を組み、「暴力は捨てた、もう殴りかかりませんよ」と言いたげに、人混みをすり抜けるように歩く。

この現実味のない存在感と浮遊感は当時のミッキー・ロークにしか出せない。

彼はただ街をうろついているのではない。
兄貴として彼は、距離を置きながら弟を暴力から守っているのだ。

弟は俺のようにはなれない。こんな暮らしをしていたら、いつか死んでしまう。
兄としてどうやってそれを教えることができるだろう?

いつしかたどり着いたペットショップ。
お互いを傷つけ合い、殺し合うランブルフィッシュ。
兄が色盲という設定から白黒撮影で撮られたこの作品で、この魚だけ赤と青の色が付いている。明らかにこの兄弟の象徴だ。

よくこの魚を見てみろよ。
この魚はかつての俺であり、お前なんだ。
こんな狭い水槽(町)じゃなくて、広い海(世界)に逃がしてあげたい。

兄は自由の象徴であるバイクに弟を乗せる。自分が感じた自由を、弟にも感じさせたい兄の愛情。
自由を感じる弟の表情は、とても無邪気で開放的だ。

モーターサイクルボーイはランブルフィッシュをペットショップから盗み、逃がしてあげようとする。
もしかして彼は自殺したかったのかもしれない。
依然何も変わらぬ弟、兄の思いを理解しようとしない弟。自分と言う呪縛から弟を解き放たなくてはならない。

そして人生に対して虚無感が膨れ上がった末に「これを盗めば、俺は警官に撃たれて死ねるんじゃないか?」と考えたのではないだろうか?

あっけなく、あまりにあっけなくモーターサイクルボーイは警官に打たれて死ぬ。
弟はランブルフィッシュを川に逃した後、兄の遺言通りバイクで旅立ち、海へと辿り着く。

兄の死で、閉塞的な町から抜け出し、自由を手に入れた主人公。

兄と言う生きる目標を失った弟が、この後どのように生きていくのか。
恐らく明るいその前途を象徴するように、さざ波に反射する光がまぶしい。

そしてモーターサイクルボーイの想いが静かな余韻を残す。

数十年ぶりに見て、作品の意図するところがようやくわかってきた気がする。
ヒルコ

ヒルコの感想・評価

2.3
あっちゃ〜(´ω`)と言う気持ちでいっぱい。もっと感受性の豊かな、それこそ中二の時に見ておけば良かった作品。
かなり良い❤︎青春底なしの恥ずかしいほどの荒々しさと、コッポラの独特な静かな狂気が存分に感じられる。
でも、(時系列全く無視して言うと)あれ?これヒッチコックだっけ?とかゴダールだっけ?って言いたくなるような、シュールもヌーヴェルバーグも感じる、コッポラには珍しい雰囲気な気もするし、ゴッドファーザーの後の作品ってことも含めて、やっぱこの人天才!!!!☺️
キャストは豪華すぎるし、話もそこまで展開しない感じが最高。音楽も、最高!大事!
グッときたのは 人を引き連れて歩くには、目的地がいる って小声で言った兄の一言。
父親役デニス・ホッパー、ビリヤードバーのマスター役トム・ウェイツ、やっぱり最高だーーーーー❤︎
「アウトサイダー」よりもミニマムな世界でしっとりと味わい深さを際立たせた青春映画。
青春の行き詰まりと、頽廃から創造への飛躍、というようなことをマット・ディロン、ミッキー・ローク、ダイアン・レイン、ニコラス・ケイジやトム・ウェイツ、デニス・ホッパーやなんと若きローレンス・フィッシュバーンまで出てる。
また、なんだこのブッサイクな妹は!と思ったらソフィア・コッポラだった。失礼。

この色を感じない世界のもっと先へ。
川を泳いで海へ出ろ。

ということだけを非常にシンプルに優しく厳しく描いて潔い作品。
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