どこまでが映画でどこまでが現実か分からない、場当たり的な即興のようでもあるし、ドキュメンタリーを装ったフィクションのようでもある。キアロスタミの作品って多くが運転から始まって取材形式で物語が進んでい…
>>続きを読む善悪の審判ではなく、意図や理由を超えて誰かを演じてしまう個人の意志を問い質す映画だった。犯した罪に背景を深堀るがどれもその場での演技のように思えてしまう。実際の映像、作られた映像が混ざって、状況が変…
>>続きを読むキアロスタミ「今はどんな役を演じたいですか」
サブジアン 「自分自身を」
キアロスタミ「やっとたどり着きましたか」
中年男性のサブジアンが映画監督のマフマルバフだと偽り、アハンカ家の人びと…
すごく不思議な映画でした。
こういう実際のドキュメンタリーシーンと撮影された演技のシーンを織り交ぜた技法の映画をセミドキュメンタリーというらしいです。あまり触れてこなかったジャンルなので驚きました。…
映画監督のフリをして家族に近づいたサブジアンが詐欺未遂の容疑で逮捕された実際の事件の裁判を映したドキュメンタリー。
本人が再現ムービーを撮ってるのもすごい。
演技と現実、ドキュメンタリーとフィクショ…
共通テストの国語に、演出家の太田省吾が書いた文章が出題されていた。その文章を読んで、キアロスタミが撮ったこの映画のことが、より深く理解できたような気がした。以下、太田省吾「自然と工作ーー実在的断章…
モフセン・マフマルバフ成りすまし詐欺事件を聞きつけたキアロスタミが、すぐさま行動し公判の模様を撮影。実際の公判映像と、本人達が演じる再現映像で構成されたドキュメンタリー風の作品。
運転手やジャーナ…
映画好きの主人公の青年は妻に逃げられ失業者であった。バスでお金持ちそうなご婦人に映画監督のマフマルバフだと嘘をつき、家に招かれ、ごはんをご馳走になり、お金も受け取る。
裁判で、嘘をつかれたことに腹…
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