オーソン・ウェルズの フェイクの作品情報・感想・評価

「オーソン・ウェルズの フェイク」に投稿された感想・評価

McQ

McQの感想・評価

3.7
「最初の1時間は真実である。」
虚実をないまぜにしたペテンと詐欺と嘘についての映画。

贋作画家エミリアと偽の伝記を書いた事で有名になったアーヴィング。一番胡散臭いのが語り手オーソンウェルズというのが笑いどころ。

ピカソについてのエピソードが余計であると書かれてたりするけど、そうは思わなかった。むしろそれが無いと成り立たないんでは、、

オヤ・コダールの自宅と海の往復はずっと見ていたい。笑
なんかよーわからん映画だったがオーソン・ウェルズの作品はエロいってことは改めて確信。

このレビューはネタバレを含みます

FAKE!FACE!FAKE!FAKE!FAKE!
FAKE!FAKE!FAKE!FAKE!REAL!
FAKE!FAKE!FACT!FAKE!FAKE!
FAKE!FAKE!FAKE!FOOL!FAKE!
FAKE!FAKE!FAKE!FAKE!FUCK!



























LIKE!
highland

highlandの感想・評価

3.0
編集と詐術についての映画だが、まず単純に編集が早くて驚く。静止画多用しカット数がめちゃくちゃ多い。フェイクドキュメンタリーというよりはフッテージを用いてウェルズの哲学を全面展開したものとしてとれる。
贋作作家エルミア(芸術の価値について問いを発する)とそれを追う小説家アーヴィング(これまた胡散臭い)、彼と関係が疑われるハワードヒューズ(事実関係が怪しい)、時折顔を出すオヤコダールという女性、そしてそれらを取材して映画を編集していくオーソンウェルズ自身(彼自身のフィクショナルなバックグラウンドも提示される)、そしてコダールに関係するピカソと5つ6つくらいの要素が入り混じって並行して語られていく。直線的なストーリーラインは存在せず、それらのエピソード間をつなぐのはナレーションによって語られるウェルズ自身の連想である。作品を構成するあらゆる要素そしてその組み合わせ方が虚構なしには語れないもので、それらを語る詐術(やその中に配置された芸術そのものが持つ説得力)それ自体によって映画全体が強度を獲得していくという思想には共感してしまう。ただ、ウェルズがナレーションでずっとしゃべり続け、1カット2,3秒くらいで様々な要素に切り替わっていくので体験としては飽きるし疲れる。オーソンウェルズの白黒映画見るとわりと眠くなってしまうのだけれど本作は別の意味で寝そうになった。冒頭10分くらいの上手いんだか下手糞なのか分からない継ぎはぎだらけのカット繋ぎとかは正直見ていて笑えてくる。遊びを利かせる箇所は感触としてJLゴダールに近いとこはある。晩年の(?)ウェルズがこういう風になっていたとは。被写体としてのオヤコダールに釘付けにされるピカソの静止画がカットが変わる度にどんどん歪んでいき、ピカソ自身の絵のタッチに変わるシーンはいかにも’70年代~って感じのけばけばしさで、こんなことするのかと意外だった。 2018/11/02 DVD
yaaa

yaaaの感想・評価

4.0
何百億円の製作費で語られる大嘘物語のスター・ウォーズでも「はあっ!?」と息をのんで目が覚めるような驚きの瞬間はそうそう無いが、喋っているカットの積み重ねだけで出来ている本作にはそれが必ずある凄さ。
タイトル通りの本物と偽物についての映画で、きっちりと嘘つきますよと宣言している親切設計にも関わらず見事に騙される。
その語りのあくまで「真実味」のプロの醍醐味が堪能できる。
編集も攻めすぎ、弾け過ぎでノンリニア編集の現在なら容易いがフィルムガッチャンガッチャン切ってた頃にやってると思うと凄まじい。

がっつりハリウッド仕様の大作からイメージフォーラムみたいな小さい作品でも勝ち続けるオーソン・ウェルズは巨人すぎる。
小難しい作品ではなく、エロすぎる尻が堪能できる作品でもある。
寅さん

寅さんの感想・評価

5.0
なぜこの虚構に魅入ってしまうのだろう。
最初の1時間は真実を見せる。
時間と空間と映像のトリックでウソと言う芸術を見せつけてくる。と言うよりその世界に迷い込んでしまった。

第四の壁を打ち破ったり、モキュメンタリーだったりかなり実験的な作品。
作品内によくも引き込んでくれるものだ。

音楽はシェルブールの雨傘のミシェル・ルグラン。

〜名言〜
いつか忘れられる。でも気にするな歌い続けろ。

このレビューはネタバレを含みます

贋作作家エルミアと彼の伝記を書いた作家アーヴィングを追うドキュメンタリー映画。
それでありながら、映画はペテンで嘘で出来てるんだ、というメタ視点によって成り立っている。語りはオーソン・ウェルズ自身。しかもその大半は、映画の編集をする暗い部屋で、編集された映画の映像、つまり自分がこれから見ようとしている『フェイク』の映像を眺めながら語る。で、ドキュメンタリーの映像とオーソン・ウェルズの語りのカットを怒涛のテンポで流す。編集を意図的に見せるから実際の出来事と嘘の区別がつかなくなる。とにかく面白いぞ、という感じ。ドキュメンタリーだったものが別のものに形が変わっていく。

「これから始まる1時間は事実だ」という語りから始まり、どんどん異常な展開になっていく。アーヴィングもまた贋作作家だったことがわかり逮捕され、ピカソとエルミアの関係の話になる。え、え、どういうこと?の連続。で、最後に「最初の1時間は事実だったけど、さいごの17分はデタラメです。わかんなかったでしょ。映画なんてそんなもんさ」と、けろりと語る。が、アーヴィングの件は本当らしい。そんなこと、観てる側には分からない。虚実をごちゃ混ぜにすることで、ひとつの作品になる凄さ、だね!
tak

takの感想・評価

4.0
エルミア・ホーリーという贋作画家と、彼の伝記と大富豪ハワード・ヒューズのニセ伝記で一山あてたアーヴィング。この2人の"フェイカー"の姿を追いながら、映画作家である自分自身も贋作(フェイク)を作る人間だと重ね合わせていく。ラジオドラマ「宇宙戦争」が生んだ伝説の大パニックを、ウェルズ自身が語るのは実に面白い。刺激的な編集、アイディアに満ちた演出が光る、ウェルズ晩年の秀作。虚と実を見極めるよりも、それを楽しむかのような視点がここにはある。ようわからんけど、すげぇ。この映画にはこの感想こそがふさわしい。とりあえず、感じろ。
イビサ島で活動している贋作専門の画家が、自作の存在意義と影響力を語っていく。「すべての芸術家は嘘つきのプロである」という、オーソン・ウェルズの持論を説いている、フェイク・ドキュメンタリー作品。

かつて実在した贋作画家エミリアと、エミリアの研究家アーヴィングの双方に単独インタビューを敢行。エミリアの生態を観察しながら、その奇人変人ぶりを見世物的に明かしていく。嘘で塗り固めながら世渡りできてしまう人間の、強靭な精神力と行動力には驚愕させられるばかり。

オーソン・ウェルズ製作のラジオドラマ「宇宙戦争」(本物の実況中継だと勘違いしたリスナーが大パニックに陥った作品)へと落とし込みながら、それっぽい論理を紡いでいく語り口が心憎い。後半部の「あれれー?」という感覚こそが虚実の皮膜そのもの。

贋作・偽物から霊感を得て、次の創作に繋げていくという「インスパイアの連鎖」について、深く考えさせられる作品。あらゆるジャンルに通じる普遍性があり、個人的には大瀧詠一のアルバム「A LONG VACATION」を題材にした「名盤と言えるのか論争」を想起させるものがある。
まるで60年代のゴダールが撮ったかのような、映画を含めた虚構について考えさせられるオーソン・ウェルズ後期の傑作。

タイトルの通りフェイクドキュメンタリーだが、前半は実在のペテン師を起用したインタビューがメインということもあって、どこから脚色や演出が施されているのか良い意味でわかりにくいところがあり、後のキアロスタミやパナヒの作品に通じる面白さがあった。

しかも途中で話題に上がるハワード・ヒューズに関連して、オーソン・ウェルズ自身や彼を知るジョセフ・コットンらが市民ケーンやそれ以前の活動について語る場面も出てくるのだけど、彼らの遺した伝説を彼ら自身が述べているのは実に貴重で胸が熱くなった。

そして後半はピカソと謎の女を巡る話が展開されるのだけど、ここからこの作品の真骨頂とも言えるシーンに突入し、その工夫の施され方にはオーソン・ウェルズの歳を食っても健在の奇才ぶりを感じて唸らずにはいられない。

作品の存在を知ってから期待はしていたものの、その期待を遥かに超える哲学的力作となっていたのは流石の巨人オーソン・ウェルズだった。