王と鳥のネタバレレビュー・内容・結末

「王と鳥」に投稿されたネタバレ・内容・結末

動きや乗り物が面白かった。音楽がメランコリックでよかった。王のキャラクターデザインの問題なのか、なんとなくずっと現代のクリーンなものの中には無いような血生臭さというか不気味さがあった。すごく昔のアニメーションなのに割とすんなり見ることができた。色が修正されていたのと、昔の映画よりアニメーションの方がモーションがスムーズだからそう感じたのかなと思う。
「やぶにらみの暴君」改め、王と鳥。

絵画から飛び出した若き煙突掃除の少年と羊飼いの娘が、嫉妬する王から逃げるため、一羽の鳥の助けを借りて、手を繋ぎながらひたすら巨大な城を駆け下ります。

細やかな動きと独特の雰囲気が魅力のこの作品は、若き日の宮崎駿・高畑勲に多大な影響を与え、ラピュタのロボット兵やカリオストロの城の落とし穴など、至る所に後のジブリシリーズの片鱗が伺えます。

コペルニクス的転回というか、
最後に王が大号泣する描写がたっぷりとあり、あんなに不気味で嫌だった王が、孤独で可哀想に見えました。
宮崎駿の作品の所々連想させるシーンがある。ハッピーエンドのはずなのに物悲しいのはサウンドのせい?王への同情?すごく小さなコンプレックスを抱えてるとことか見ると人間らしいと思うんだけどね〜。Oiseau〜!Oiseau〜!
※数年前書いたレビューを見つけたので載せてみます。長い。

物語の舞台は、目もくらむばかりにそびえ立つタキカルディ王国の高層宮殿。最上階の秘密の部屋には、3枚の絵が飾られていた。美しい羊飼い娘と、煙突掃除の青年、そして、孤独な王の肖像画。娘と青年は恋をしていた。その仲を引き裂こうとする王。ふたりは絵の中から、逃げ出した。一羽の鳥が道先案内人になり、めまぐるしく続く階段を、どこまでも駆け降りてゆく……。
 しだいに明らかになる、宮殿の正体。為政者も、マスコミも、そして民衆も、みんな一緒くたになって天高くそびえる高層宮殿は、世界の支配構造(システム)そのものだった!


ゲド戦記と同時に映画上映された作品ですが、昨日ようやくTSUTAYAで借りて見ました。
これはなんとも、考えさせられる作品です。深いです。とても。
こんなすごい作品が1952年には[やぶにらみの暴君]として世に出ていて、
1980年に[王と鳥]として再び世に出ていたわけで。
これは、宮崎駿がとても影響された作品として有名ですが、なるほど、
宮崎アニメに通じるものを感じます。王の秘密のアパートは、クラリスが幽閉されてた部屋に似ているなあ。

さて、このアニメ、ものすごく平坦なイメージです。(あくまで私のイメージですが)
フランス語の響きがそうさせているのか、セリフの少なさがそうさせているのか、
色の少なさがそうさせているのか、静かな音楽がそうさせているのか、理由は分からないんですが、
色々な事件があるのに、それを、一歩引いたところで眺めているような。
近付けば凸凹しているのに、遠くからだと一辺に見えるような。

「この話は正真正銘真実の物語、私や皆に起こった出来事です」
鳥のセリフから始まるのですが、そうなんですよね、このアニメで起こる全ては、
今の現実社会で起こっていることを、抽象的に表現しているような作品でした。

とある王国。王様は国民が嫌いで、国民は王様が嫌いでした。
高く高くそびえ立つ王国は、最下層から、中級、上級、最上級まで、さまざまな人間が暮らしていました。
射的が趣味な王様は、その日も一羽の小鳥を的にして、射的をしていました。
そこに、お父さんの鳥がやってきて、小鳥を助け出します。王様は怒って、城に戻りました。
王様は、何か自分に気に入らないことをする人間がいると、ボタンをポチと押します。
すると、その人間の足元の床が外れ、その人間は、どこか遠いところに消えてしまいます。
さてある夜、王様が秘密のアパートに戻ると、3枚の絵を眺めました。
羊飼いの娘、煙突掃除の青年、そして、自分の肖像画。
王様は、羊飼いの娘に恋をしていましたが、羊飼いの娘は、煙突掃除の青年と、恋に落ちていました。
その夜、娘と青年はこっそりと絵から抜け出します。それを見ていた王様も、絵から抜け出します。
娘と青年が秘密のアパートから逃げ出したとき、本物の王様が眠りから覚めました。
すると、絵の王様が、本物の王様の足元の床を外し、本物の王様は、遠くへ行ってしまいました。
絵から抜け出た王様は、本物の王様とすりかわりました。それは、家来も、側近も、警察も、マスコミも、
誰一人として、その王様が、絵から抜け出した王様だとは気付きませんでした。
さて、部屋を抜け出た娘と青年は、屋根の上に座っていました。
それまで、絵の中の世界しか、絵から見える王様のアパートの世界しかしらなかった二人は、
世界の美しさに圧倒されてしまいます。そのとき、屋根で巣を作っていた鳥の小鳥たちの、
4羽のうちの1羽が、王様の仕掛けた罠にかかって、鳥かごの中につかまってしまいました。
煙突掃除の青年はそれを見ていて、捕らわれた小鳥を、逃がしてやりました。
すると鳥がやってきて、「ありがとう」と言います。
そのころ、王様直属の警察が、娘と青年を捜し始めます。
そびえ立つ王国の城から抜け出すため、鳥は二人を引導していきます。
どこまでも続く階段を駆け下り、警察やコウモリたちに追い掛け回され、やがて二人は、
そびえ立つ王国の最下層にたどり着きます。そこには、盲目の音楽家をはじめ、様々な人間が暮らしていました。
二人が、上の世界から来たと告げると、その場にいた人間は盛り上がります。
「じゃあきみたちは、太陽の光を見たことがあるのかい?」
「月や、太陽も見たわ。昇るときは黄色く輝いていて、落ちるときは赤いのよ」
本当に、そんな夢のような世界があったのだと、地に暮らす人々は喜びます。
そのころ、絵から抜け出た王様は、地下に眠っていた巨大なロボットを操り、娘と青年を追います。
とうとう、青年が捕まり、血に飢えたライオンやトラの群の中に、青年を置き去りにしようとしました。
そのとき鳥が助言して、娘は王様との結婚を承諾しました。後で必ず助けに行くからと。
そして鳥と青年は警察に捕まり、地下で労働を余儀なくされます。
娘は「自由にしてくれるんじゃなかったの?!」と聞きますが、警察は「労働こそ自由だ」とはき捨てます。
さて王様の宮殿では、王様と娘の華やかな結婚式の準備が始まりました。
そのころ、捉えられた青年と鳥は、脱出を試みます。が、またしても捕まり、
再び、血に飢えたライオンやトラの檻に入れられました。そこには、あの盲目の音楽家が、
ライオンやトラに向けて、音楽を聞かせていました。ライオンたちは感動して聞き入っています。
鳥は、ライオンやトラに向かって、提案を持ちかけます。
きみたちが空腹なのは、王様のせいだと。王様が捕らえた羊飼いの娘は、きみたちに
与えるための羊を、太らせて、きみたちにあげるのをまっていたのに、
王様はその羊飼いの娘を無理矢理引きつれ、結婚するという。きみたちの食料の羊たちは、
散り散りになり、いなくなってしまった。今こそ、その復讐をするべきだと。
ライオンたちは檻を壊し、最上階の王様の宮殿へ向かいます。
結婚の誓いの途中で、青年と鳥、ライオンたちは、宮殿に到着しました。
パニックの中、王様は、娘を連れて、巨大なロボットに乗り込みます。
鳥と青年は二人を追い、ロボットの上で、王様と青年は戦います。
二人が戦っている間、鳥は、ロボットの操縦士を倒し、鳥自ら、ロボットの操縦を始めます。
鳥は、その巨大なロボットの腕を振り、足をまわし、高くそびえ立つ宮殿や、人々の住む街、
それら全てを、粉々に壊していきます。そしてとうとう、王様も遠くへ飛ばしてしまいました。
娘と青年に幸福が訪れました。3羽の小鳥たちも嬉しそうに飛び回ります。
残る1羽の小鳥は、またしても、例の鳥かごの罠に捕らえられていましたが、
鳥は、その罠から小鳥を救い出し、最後に、巨大なロボットの手で、鳥かごを破壊しました。

・・・ざっとこういう話なんですが。
なんか、考えさせられてしまいました。
宮殿はなに?王様とは?鳥とは?鳥かごとは?盲目の音楽家や、ライオンたちは?
全てがシステム化された巨大な王国というのは、今の世界なのでは?
そんな壮大なアニメが1952年に完成していたとは。すごい。
静かな音楽が流れ、単色の世界はあまり変化がないかもしれないですけど、
でも、すごい深く考えさせられたアニメでした。
本当に30年も前のアニメ映画なのかと思うぐらい完成度が高い。キャラクターの動きや表情が生き生きしていて見ているだけで楽しい。特に色合いや絵柄、デフォルメされた城の造形などからは芸術的な表現に対する製作者の意気込みが伝わってくる。
ストーリー自体はアンデルセンの童話を膨らませただけあって、子供にも親しみやすいシンプルな冒険活劇になっている。少し退屈だが、フランス映画らしい(?)ユーモアやペーソスに溢れ、大人の鑑賞にも十分耐えうる内容を備えている。むしろ風刺の内容を考えるとどちらかというと大人向きかもしれない。何しろ、あれだけ好き勝手に権力をふるう王様が、序盤で肖像画の中の王様と入れ替わってしまっても誰も気づかないのだから。王様のある身体的な特徴がすっかり変わってしまっているにも関わらずだ。権力者がいかに横暴な存在でも権力機構の内部の人間は権力者の人間的な個性など把握していないし、さして関心を払わないというところに風刺がきいている。権力機構とは本質的に非人間的なものであり、それ故に権力者は人間的に孤独な存在であるということか。登場人物の鳥に寄り目を馬鹿にされて王が自室で怒り狂うシーンはある意味象徴的だ。
きらびやかに飾り立てられた城も、至る所に王の権力を支えるための罠や仕掛けが張り巡らされており、どこか人間性を排した冷たいものに感じる。城に設置されている調度類も王を象ったものばかりで、その様はどこか滑稽だ。
ヴォイチェフ・キラール作曲の音楽もこの映画の大きな魅力だが、初めて視聴した時にはなぜこんなにメインテーマが悲しげなのか疑問だった。しかし、権力者の孤独と非人間的な権力の悲劇的な末路を描いた作品だと考えると哀愁を漂わせるメロディが人間の業や無常観を感じさせるようでしっくりくるような気がする。ぜひ世界観に浸ってゆっくり鑑賞してほしいと思う。
王が悪役っぽいが、実際は孤独で臆病な人間がそういう立場であるだけじゃない?そもそも本人は話半ばで消えて、絵の中の王が成り代わって、そこに反対勢力(絵の中の人間)が出てきてドンパチ始まって世界は崩壊。誰も本物の王だと気づいていない。現実の人間は踊らされただけ。そこにすごい怖さを感じた。争いは無くならんし、完全な平和なんてあり得ない。それがどんな人がどういう経緯で引き起こされたか、なんて知る由もない。
ジブリ美術館の作品。凄く時代を感じる、ディズニーぽさもある。ラピュタの元ネタが沢山あった。とりあえず王がきもい。絵の中の王が現実の王を消して(一切触れなかったが死んだ?)逃げた羊飼い娘と煙突掃除に懸賞金かけて捜索。喋れる鳥が力になってくれる。最後はライオン達を引き連れて結婚式ぶち壊し、ロボットを乗っ取り城も破壊。なんか最後ロボットに意志が宿ったっぽいけどその後は不明。オチをもう少し描いて欲しかった。
面白い。
本物の王じゃなくて絵の中の王が途中から主役になるなんて。王様は自分の醜さに悩んでいて、絵の中の羊飼いの娘に恋している。肖像画の自分を気に入ったように描き直す。夜にその絵が飛び出て本物の王を消し去る。娘と煙突掃除も同じく絵を飛び出し駆け落ちする。それを追いかける王。キレ者の鳥に救われながら2人は逃げ続ける。最後は王国全てを壊滅させ完全に勝利する。絵が初めて飛び出す所はトキメくなぁ。夜の、そのシーンが一番好きだ。音楽もいいし、盲目の楽器弾きやライオン達も味がある。巨神兵みたいなやつもいい。
城の外に国民がいるのを感じさせない静けさや、やたら未来的なエレベーター、独特の雰囲気を作っていて観ているだけで良い作品だー。
城の中に芸術作品がたくさん飾られてるのも、実際にある絵を模してる感じで良い。
王が紐をひけば要らない奴がぱかっと開いた床に落ちてくのが面白かった。笑
フランスってやっぱ感情の起伏が少ないってか静かだよなー。