自由を我等にの作品情報・感想・評価

自由を我等に1931年製作の映画)

A NOUS LA LIBERTE

製作国:

上映時間:86分

ジャンル:

3.7

「自由を我等に」に投稿された感想・評価

Kyng

Kyngの感想・評価

4.2
有産階級と無産階級が描く友情劇。カネのことしか頭にない無機質な中産階級へのイロニカルな描写が何とも言えぬ感慨をもたらした。
アヌ、アヌ、ラ、リベルテ!
二兵

二兵の感想・評価

3.8
ルネ・クレール監督作。

大量生産の時代に生きる事の窮屈さ、生き辛さを皮肉り『自由』を得ようとする人々を描いた作品。

トーキーではありますが、役者の演技や演出はサイレントのコメディー映画のそれ。人々がいきなり歌い出したりするのには面食らいましたが、そういえば『巴里の屋根の下』の監督でもあったな。

そして散々言われていますが、ベルトコンベアーの流れ作業の描写やドタバタ劇、ラストの野原の場面など、チャップリンの『モダン・タイムス』にパクられたのではないかと言われる作品。Wikipedia見たら、実際に訴訟騒ぎになってるんですね。ただ、個人的にチャップリンの方が映画としては面白かったような…。というかパッケージの左のルイの姿、気のせいかチャップリンにソックリだな…。

寧ろ、今作は(当時でいう)近未来的な世界観、オートメーション化された工場の描写などが、独特の雰囲気があるし、レトロフューチャー的表現として面白いなと思いました。何人か指摘されていますが、ジャック・タチの『プレイタイム』なども彷彿とさせます。

それにしても、最後『機械に仕事をさせる事ができた、自分たちは自由だ!』と歌う人々の姿は、当時としてはハッピーエンドだったのかもしれませんが、今観ると皮肉にしか見えない…。
三四郎

三四郎の感想・評価

3.2
さあ自由を我らに!
閉じ込められていたり、縛られていたり、制限があったり、それよりも外に出て太陽を浴びて青空の下で自由に生きよう!平凡な日常生活こそが「自由」なのだ。
しかしこの映画は単純ではない。人によっては解釈が違うのではなかろうか。
私は、この映画から、貧富の差関係なく、労働者であろうと経営者であろうと、有閑階級であろうと、成金の妻であろうと、人々はそれぞれにそれぞれの事情で束縛されているのだというメッセージを受け取った。それでいて、自由に思いついたままに何も考えず行動しているエミールを「よし」としているわけではない。彼は自由なあまり他人に迷惑をかけ、秩序を乱し、風船のようで、本人が気づかぬうちに周りをかき回しているのである。しかし、それでも「自由を我らに」と叫び、ある意味近代文明へのイロニーと「人間あるがままの姿が一番ではないか!?」と訴えているように思える。
軍隊のような、機械のような集団行動と流れ作業、そして映画前半の
「働くことは人間の義務である 働くことで初めて自由が手に入れられる」
という歌から映画後半は
「機械に全てを任せておけるなら ずっと遊んでいようじゃないか 青空の下で幸せな運命をかみしめて そして楽しく歌を歌おう この無限の喜びを心から楽しもう 始めるのはとても簡単なこと 身体中から元気が溢れ出してくるだろう 優しい鼓動を感じてみよう」
という歌へ。
これが近代文明へのイロニーだと私が思うところである。
産業革命と共に「近代」が幕を開け、
「働くことは人間の義務である 働くことで初めて自由が手に入れられる」
と信じられていた。しかし、近代文明がさらに発達すると「機械に全てを任せておけるなら ずっと遊んでいようじゃないか」となる。
人間は近代以前に戻るということではなかろうか。
紳士諸君が飛ぶ御札を追いかけ回るのは滑稽であり哀れだ。

しかし、クレール監督作品は、ほんとにセリフが少ない。最少限度の必要な言葉だけが使われ、あとは追いかけっこなどサイレント映画を見ているようだ。
No.52[ジャック・タチと「モダン・タイムス」の原点] 59点

「モダン・タイムス」が本作品の完全なパクリとして訴えられたのも分かるくらいそのものである。裁判はクレールの"チャップリンが真似してくれるなんて光栄じゃないか"という一言によって公開差し止め手前でチャップリンが勝訴しているが、現在ではそうもいかないだろう。一応違いと言えばチャップリンが"機械化社会への批判"を扱ったのに対して、本作品は"機械化社会の生き難さ"を描いている。そのためメッセージは若干ヌルい。否、ヌルい。

冒頭、なんでもないシーンで突然歌い始めたせいで胸を刺された様な気分になった。「ル・ミリオン」もそれが生理的に無理だったんだよね。ミュージカルシーン以外はサイレント的なスラップスティックコメディに徹している。ジャック・タチも大いに参考にしたことだろう。しかし、コメディシーンも一辺倒で悲しい。先に「モダン・タイムス」を見たせいもあるんだろう。チャップリンめ、パクリの方が優秀だわ。

工場の外にレコードプレイヤーを天日干しするシーンは意味不明すぎて笑った。でも、どうしてもチャップリンやタチなんかと比べてしまうし、比べるとやっぱり微妙。

ちなみに、タチが「モダン・タイムス」を作ったら本作品みたいになるんじゃないかと思ったけど「ぼくの伯父さん」という大傑作を作ってたわ。あのソーセージみたいなゴムホースを大量生産しちゃうとことか大好きなんだよね。
初見は、高田馬場・ACTミニシアター。もの凄く久しぶりに観た。
何年ぶりとか書くと歳がバレそうなので書きません(笑)

物語は、刑務所が2人部屋になっていて、ある2人組の囚人が一緒に脱獄しようとするが、一人はつかまってしまう。
逃げることができた男は、蓄音機を道端で売るところから始まって、事業を始めて社長になる。このドンドンと偉くなるあたりが非常に上手く描かれている。
一方で、逃げ損なった男はまだ刑務所に居たが、自殺しようとしたら、脱獄できてしまう(笑)

そして、チャップリン『モダンタイムス』と似たような蓄音機工場の流れ作業。
後から脱獄した男は、たまたま工場の流れ作業で働くことになるが、社長と対面して……
という楽しい物語。

人情味あふれる男同士の友情を描いたルネ・クレール監督、見事!
フランス喜劇映画の傑作!
イシ

イシの感想・評価

-
「俺の方が面白く撮れるかも」な影響の受け方だったんかも>モダンタイムス

ルネ・クレール好きだけど、んーこれはいまいちやんなー。社会派より空っぽおちゃらけコメディの方が好き。「夜ごとの美女」とか大好きやった✨
nagashing

nagashingの感想・評価

3.5
『モダン・タイムス』の元ネタではないのかと指摘されている本作だが、あちらよりはるかにアナーキー。脱獄して起業した囚人の工場が監獄そっくりの環境になっちゃうところからしてキレッキレにアイロニカルで笑う。ラストの文明賛歌の突き抜けっぷりもヤバい。しかし、なんといっても獄中で同室だった男ふたりの、なんというか、こう、かなり「お察し」な関係が最高。女房しり目にずーっといちゃついている。(「自由を我等に」ってそういう意味だったのね……)。こいつはチャーリーにはマネできないぜ。
この映画にかぎったことではないが、ルネ・クレールのトーキー初期作はサイレント的な演出のほうがきわだっている。というか音がなくてもほとんど成立してしまう。なんかよくわからんのでとりあえず歌でも歌わせとくかって感じで、新しい技術を前にかなり手さぐりでつくっていたんじゃないかと思う。
LEONkei

LEONkeiの感想・評価

3.0
工場に吸い込まれるように労働者達はタイムカードを押し、流れるベルトコンベアに生気を無くしたように無言で作業に勤しむ。

チャップリンの『モダン・タイムス』と類似するシーンが多々ある、この『自由を我等に』。

チャップリンがパクったかどうかは知らないが、産業革命後の大量生産時代に翻弄される人々を描きたかった思いは同じだろう。

少なくてもルネ・クレールの影響をチャップリンが受けた事は確かだろう。

『モダン・タイムス』の名シーンの1つであるラストシーンは、あまりにも酷似しすぎ。

ただ映画としては『モダン・タイムス』の方がコメディ色を強く出し見やすく、結果的にはルネ・クレールもチャップリンを認めざるをえない状況になる。

そのまま持って来たような悪意をもったパクりは問題だが、優れたモノを敬意を評して再現することは良しとしたい。

そもそも人は必ず何らかの影響を受けて行きており、それが人間形成を作り上げ様々な発言や物作りにも反映する。

完全にゼロから作り上げたモノなど、この世には存在しない..★,
aaaaa

aaaaaの感想・評価

3.7

このレビューはネタバレを含みます

À nous, à nous la liberté!と思わず口ずさんでしまう。
刑務所で友人だった2人がかたや1人は脱獄し社長になり、もう1人は刑期を終えて労働者になる。
2人の友情がいいなとおもった。
はじめは工場がどこか刑務所みたいに感じた。最後は機械化され、人々は自由になったのだろうか。今と昔、時代の違いもまた面白い。
Tyga

Tygaの感想・評価

4.0
歌って踊って楽しいトーキー黎明期の作品。

それ故かはわからないが、台詞ではない物の語り方がとにかく上手い。
お金に落ちる数滴の涙で、2人の友情のもどりを表現したところなんかポップでハッピーだ。

最後の終わり方は当時観た人たちや、作り手はどう考えていたのだろうか。
2017年の今となっては、シニカルな終わり方にしか見えないんだけれど。
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