「ファニーゲーム」に投稿された感想・評価

s
3.6
斜に構えた監督だなあ〜
まあどうとでもいいようあるけど
どうよ 胸糞悪いっしょ?て言いつけられてるみたい
後味悪い系を求めて観た映画。しかし思っていたものとは違った。キャラクターが鑑賞者に話しかけてくるのだ。また、映画的手法の皮肉もある。そういうのが好きな人はいるだろうが、私は冷めてしまう。
さらに、何か行動の背景となるものがあった方が好きなのだが、どうもそういったものはない。ゲームなのだから、とは思うが。
私にははまらなかったけど「時間の無駄」ってほどじゃなかった作品だった。
Ssk
3.7
スクリーンで見たら絶句するだろう。
豊かな教養ある幸せな家族が行かれた2人の男に無残に引き裂かれるという映画。
唐突に訪問し、無礼な態度でものを要求する二人組、それに対して親切に対応する家族。次第に本性を露わにする2人に対して、当然の嫌悪感を見せる家族。社会的模範のような家族は、暴力の前に全く為すすべを持たなかった。

家族はなぜ弱いのか(殺されたのか)?
知性の力と暴力の力

純粋に、感情的な思考を排せば以下のような2つの力の行使という構図で見ることができる。
闖入者は純粋な暴力、野性を持っていた。家族はそれを抑える知性の力、人間性を持っていた。

私達は暴力を社会から徹底的に抑圧するし、そうする事が推奨される。感情的にならず知性的な人は尊敬される。社会においては知性を、人間性を示す事が力になる。
では一体、知性が与える力とはどういう性質を持つだろうか。それは野性の力とどのように異なるだろう。

家族は知性の力を行使しようとした。しかしあっけなく闖入者に殺された。

知性の力は社会に認められて初めて行使される。しかしその為には社会に認識されねばならない。
一方野生の力は早く、瞬間的で力強い。これらは社会に認められる必要がない。
その瞬間のその現場において、最も強い効果を発揮するのは純粋な暴力である。
私達が無意識に信じている知性の力は、万能ではない。瞬間においては力を持たない。知性の力だけが力ではない。
私達は社会に生きるがその瞬間は社会ではないのだ。
凄まじく嫌いだし、滑ってる映画だと思う。
まぁ『凄まじく嫌い』と見てる側に言わしめるための映画って感じだからその目論見は外していないが…

端的に言って映画っていうフォーマットを取る必要性が感じられない。
で、映画自体のメッセージも『だから?』って感じでノリきれないし。
真面目な人なんだろうな作ったのは。

クソだけど必要悪でもあると思ったし、こういうアイデア一発勝負を出す奴もそれをブチのめす批判者もいるべきだと感じた。




個人的に寒いメタネタがブラックボックス展に似てるので、なかのひとよは死んでくれ。
solo
3.2
'97年のカンヌ映画祭を騒がせた超問題作。フィクションであることは分かっていたのだけれど色んな意味で辛い2時間だった。視聴者を感情を揺さぶり釘付けにさせる、監督の力量は認めざるを得ない。
ラストの『虚像は現実より現実』という台詞が印象に残る。
HirokiOda
3.5
胸糞映画のはず、でも清々しく思えるのは理不尽アンド不条理極まりない映画だからでしょうよ。

まさかリモコン使って…するなんて思いませんでしたよ!

誠に「ファニー」
序盤の精神異常者独特の雰囲気は恐怖を煽られたが、中盤での中だるみがひどい。
ただ気分を害された。
Marie
2.5
サスペンス映画は大好きで良く観るんですが、これはかなりの胸糞でした。気にいった映画はたいがい何度も観て色んな視野から楽しむタイプですが、これは一回でお腹いっぱい。だから映画背景とか深みとか、全く理解できてません。笑
なので一応、満点中半分だけのスコアにしておきました。
もう一回だけ観てみようかなぁ…

いや…やめとこう。
そんな映画です。
歩
3.2
理解できなかった
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