鉄路の白薔薇の作品情報・感想・評価

「鉄路の白薔薇」に投稿された感想・評価

これまでその長さから敬遠していたこのアベル・ガンスの代表作をなんとか漸く鑑賞。

全体的には思ったよりオーソドックスな作りとなっていて、エイゼンシュテインの名作ばりのモンタージュをもっと期待していたから拍子抜けだったけど、駆ける汽車が映されていた場面はどれも面白いものばかりだったのでその点は良かった。

そして普通のシーンが続いた後での超高速切り替わりカットは、溜めが多いだけにこれまた思った以上に鮮烈な印象を抱いてしまい、やっぱり面白い演出だなとつくづく感じた。

上記の演出のおかげで確かに映画史的に無視できない面白味のある作品になっていることはわかるが、やはりこれだけ長い時間は必要だったのかと疑問は抱かずにはいられない。(元々の音楽消してyesのfragileとかpink floydのdark side of the moonとかプログレの名盤聴きながら見ていたけど、そうじゃないと途中で飽きてた可能性が高い)
VHS:IVCV-3046 (上巻)
VHS:IVCV-3047 (下巻)
上巻は気の違ったモンタージュ理論やらカッティング、メタファー演出多めの怒涛の演出攻め。特に機関車を人間として仮定してたりすると、ちょっとこの人大丈夫なんだろうか?とも思える。鉄路が人生というのは分からんでもないが……
下巻では打って変わって話し重視。機関車でも鉄路でもない生身の人間のアガきとモガきが切なさと虚しさが生き様に比例し、ただただテレビ画面の前でひれ伏するしかない。
No.19[ガンスが病床の妻に捧げた恋慕の情、"運命の輪"に轢かれた男たちへの鎮魂歌] 99点(OoC)

アベル・ガンスの4時間半に及ぶ"運命の叙事詩"であり、鬼のような量のカット割り、読ませる気のない文字数の字幕、素早く激烈なモンタージュ、生き物のような機関車、鏡・陰影・オーバーラップ・クローズアップなどを用いた実験的な映像など本作品の圧倒的な熱量を組み立てる素材は列挙に暇がない。

第一部。鉄道技師のシジフはある日列車事故に遭遇し孤児となったノルマを娘として育てることにする。15年後、ノルマは美しく成長し、シジフの息子エリーにちょっかいを出して暮らす日々を過ごしている。シジフは酒浸りになり、ノルマを狙う同僚を殴り倒すまでに彼女を愛していた。シジフの上司エルザンは半年以上ノルマに言い寄っているが成果はない。ある日、シジフはエルザンに対して"ノルマを愛している"ことをなぜか告解し、エルザンはこれを使ってノルマに言い寄る。ノルマへの愛情に耐えられなくなったシジフは自殺しようとするが失敗し、ノルマはこれを"自分が生活の重荷である"と誤認してエルザンとの結婚を承諾する。エリーも遅ればせながらノルマが実の妹でないと気が付き、それを教えなかった父親を恨む。やがて、事故が起こってシジフの視力がほぼ無くなり、ヤケになって事故を起こしたためアルプスに左遷される。
第二部。シジフとエリーは山の上に引っ越し、ノルマという名をは口にするのすら禁止された。エリーは休暇で山に来ていたノルマと偶然出会い、秘密の手紙を入れたバイオリンを送る。しかし、手紙はエルザンにバレて崖で決闘することになり、エルザンは持ち出した銃で肩を撃たれ死亡、エリーも崖から落ちて死亡、ついに独り身になったシジフはノルマを拒絶する。元同僚が遊びに来て都会の機関車の発展を語る(田舎の機関車を蝸牛に重ねるショットは美しくも哀しい)。やがて、完全に眼が見えなくなったシジフは鉄道技師の仕事が出来なくなる。
エリーの一回忌が訪れ、シジフは十字架を作る。崖には総てを失ったノルマもおりシジフが完全に視力を失ったと知る。彼女はその夜シジフの家に忍び込み、シジフが機関車にノルマと名付けていたことや昔の服を取っていたことに気が付く。シジフにまた追い出されることを恐れて、彼には黙って過ごしていたが、和解する。共に暮らし始めたシジフとノルマだが、山仕舞いのダンスパーティの日、シジフは亡くなる。手を繋いで回る彼らに目を向けつつ"車輪はまだ回っているか"とトビーに訊くシーンは涙なしに語れない。

第一部は実験的な映像だけが目に付き、物語はあまり進まないので(そしてエルザンが最高にムカつくので)イライラしていたが、第二部の怒涛の追い上げが心を揺さぶり、気がつけば涙を流していた。特にエリーが亡くなって以降の物語展開は胸に迫るものがある。その分、シジフとノルマの和解は一瞬で終わってしまうのだが、それはガンス自身が物語展開に重きを置いていなかったことを示す最たる例なのだろう。同時代の作家と異なり、ガンスは映画を小説や演劇など前世紀的な芸術と対立させることも同列に置くこともしなかった。彼は映画が芸術という大きな枠の中の一つのジャンルではなく、それら総てを包括するようなものだと思っていたのかもしれない。

ちなみに、ガンス自身は映画界のエミール・ゾラを自称していたらしい。となるとルーゴン・マッカール叢書は読破していたはずで、鉄道技師と機関車といえば『獣人』だろう。その他ゾラっぽい自然主義的な描写も多々あって興味深い。話のプロットは全く異なるが、ルノワールが「獣人」を作った際も本作品を参考にしたことだろう。

撮影終了後、病床にあった妻アイダは若くして亡くなる。そしてガンスはグリフィスによってハリウッドに招かれ、前作「戦争と平和」の特別上映に参加する。大成功となった上映によってハリウッドでの監督作のオファーもあったが、今度は「戦争と平和」及び本作品の主人公を演じたセヴラン・マルスが亡くなり、急いでパリに戻って編集を終わらせた。二人の盟友を失った本作品によってガンスは永遠に記憶され続けるのである。

追記
一番好きなシーンはエリーの走馬灯のシーンとエリーの墓にトビーが語りかけるシーン。後者は普通に泣く。
ノルマという美しい少女をめぐる男たちの悲劇的な恋愛ドラマ。アベル・ガンスの構想では8時間位の作品にするつもりだったらしいので、本人はこれでも短いと言いはるんだろうけど...完全版でないのにこの長さ。

緊迫感のあるモンタージュや詩的な映像がとにかく美しい。
yadakor

yadakorの感想・評価

4.0
気の狂うほどノイズの乗ったフィルムに死ぬほど陰影の強い人の顔が映ると、これはもうホラーだ
今から8〜90年前の映像であるが、世代も2つ3つと入れ替わり、歴史資料に近いように思える 流石に面白い面白くないで語るのは野暮だろう
いや~ガンスってむっちゃショットの監督なんすね~
特にクローズアップがどれもよい。いや~良すぎる。
ただしカットバックがクドイ。そのせいで長くなってるとしか思えん笑

兄貴が転落したときの妹の顔。あれやべぇよ。力業と言うか。
演出云々よりそもそもの顔のパワーそのもので全てを表現!
ラスト、親父が若返る顔!
あとは親父が娘の脚をみやるカットとか、暗闇に口元だけが浮かび上がるカットとか、娘が陸橋の上で機関車の蒸気を浴びるクローズアップのカットとか色々良かった。
話はまぢ、シュトロハイムみたいなおぞましさでうんざりした。
芽生えてしまった中年男性の叶うことのない異性としての対象者への愛情…
しかも恋敵は、本来ならば倫理的に言って決して敵に回ることのない…まわしてはいけない相手…
嗚呼…何という悲劇なのでしょうか…
決して運命として受け入れることの出来ない現実…
しかし神が彼に与えたのは、良いか悪いかは別として耐えがたい試練だけではありませんでした♪
神様!どうかこの傑作メロドラマをスクリーンでも観れる機会を与えたまえ<m(__)m>