國民の創生の作品情報・感想・評価・動画配信

「國民の創生」に投稿された感想・評価

本当は180分でやたら長い。
ただ戦闘シーンは凄まじく、蠢く人と立ち込める煙で満たされたロングショットは忘れ難い。
szki

szkiの感想・評価

2.8
まともな思想のまともな人がいい映画を作るとは限らないし、映画史に残ると言えばそうかもしれないけれど、これを「いい映画」というのにはかなり抵抗があるし不愉快だけど何かの記録にはなると思う。
KKKが英雄として描かれている人種差別的な問題作として有名なこの作品。どの様な内容なのか気になり鑑賞。

100年以上前に作られた作品だが、その年月を感じさせない程の映像の綺麗さ、そしてクオリティの高さで驚いた。無声映画だが物語が非常に分かりやすくて引き込まれた。そしてただ単に差別的な描写が酷いというだけの作品ではなく、ストーリー性や娯楽性、そして芸術性など、しっかりとした映画的な面白さもあるので予想外に楽しめた。感情を揺さぶってくるメロディの電子音楽のようなBGMも印象的。出演している女優(リリアン・ギッシュ、ミリアム・クーパー)の美しさも印象的だった。

しかし「特定の人種の思いは反映させずあくまで歴史に忠実に再現した」というようなテロップがでるが、完全に白人至上主義の思想が根底にこびりついていて、やはり噂通りの偏った人種差別的な描写がとても酷い作品だった。上記に書いた映画的な面白さに、この白人至上主義の思想が上手く溶け込んでいるので、黒人を悪というふうに洗脳するにはとても影響力のある強力なプロパガンダ映画だと思った。テレビやインターネットも無く情報量が極端に少なかった当時からしたら、本当に影響力のあるとても恐ろしい映画だったと思う。

映画的な面白さが上質なだけに、人種差別的な要素がなければ点数はもっと上だった。偏見や迫害、過去にこんなにも差別的で狂った作品があったのだと、アメリカ映画の黒歴史に触れることのできる歴史的な問題作だった。
この映画は複数バージョンあるらしく完全無声映画のオリジナルで鑑賞。前半と後半に分かれていて、前半は「例の」プロバガンダ図式はほとんどない。でも戦争スペクタル映像なにげに凄い。後半、核心についてからどんどん迫力感が増してくる。
これおそらく監督本人が悪気があったとかではなく、多分普通にこの発想が常識という感覚だったのでしょう。今でも、常識非常識の感覚がお国や時代によって180度違うなんて普通にあります。というかむしろ、映画界で鑑賞している人々に「感情」というのを植え付けた初めての作品だったのではないでしょうか。それまでは、動く映像や夢のある映像で楽しいなみたいな短編ものばかりで、そんなもんだとみんな思っていた時代だったのです。それが突然、3時間もの上映で凄いスペクタル映像で衝撃の撮影手法の数々で胸糞悪い感情までを民衆に植え付けさせたんだから、やっぱり映画の父と呼ばれるのも当然で、現代映画の基盤を作り上げたのは間違いないのです。
しかしやっぱり時代が時代だけにわかりにくい描写も多く、映画の歴史に興味がある人でなければそんなおススメできるわけではないですけどね。
KAYUPAN

KAYUPANの感想・評価

-
アメリカ南北戦争期、黒人奴隷解放後の南部で、諸々の多数決で黒人優勢になることを嘆く敗戦した白人がKKKを結成し、再起を目論む。南部の白人の視点で語られるため、差別助長的であると批判を受けた3時間の無声映画。
内容もクソやばいけど、映像が超スタイリッシュでKKKを応援してしまいそうになるくらいに惹きつけられる!本当に100年前の映画なのか!?
KKKは英雄で、黒人は悪。白人こそ至上。ザ・バース・オブ・ア・ネイション。名前はかっこいいんだけどね。

そんな映画かと思っていた。

現代に通じる数々の映画技術の礎を築き、映画を芸術の域にまで高めた映画の父、D・W・グリフィス。彼が世に送り出した「アメリカ映画最初の長編作品」にして「アメリカ映画最大の恥」とまで言われた悪名高きこの作品。いつか観たいと思ってはいたものの、なかなか食指が動かなかった。かつてこれほどまで観賞に抵抗を感じた映画はあまり覚えがない。

リリアン・ギッシュもそうだけど、メエ・マーシュの目力もすごい。相変わらず二人とも華がある。

明らかに顔を黒く塗ったくった白人なんかもたくさん出てくるが、グリフィスの手にかかれば白人をアジア人に変えることもしばしばよくあることなので、気にしないことにする。

北部と南部の若者の友情や淡い恋、戦争の悲惨さを訴えた第一部。人が次々と死んでいく。どこかで観たことあるようなこの要人暗殺のシーン。ヒッチコック大先生の『暗殺者の家』でも似たようなシーンを観た。この不気味なリンカーンの暗殺が印象的だった。かなりのエキストラを動員したであろう南北戦争の戦闘シーンが圧巻だった。とにかくスケールがでかい。

第二部はどうしても作為的なものを感じてしまう。KKKを英雄として扱うのは、やはり、やり過ぎな気がする。

この映画の原作は「The Clansman: A Historical Romance of the Ku Klux Klan」原作者のトーマス・ディクソン・ジュニアは、父や叔父もKKK団員という折り紙つきの白人至上主義者。

D・W・グリフィスは、南北戦争で没落した南部の家で育ち、貧困の少年時代を過ごしたという。そんな彼の心の奥底に何が巣くっていたのか。彼を単にレイシストと非難することは簡単だが、その背景にある文化、思想、社会の成り立ちを考えると、やはり人種差別って根深い問題なのだと思う。

そしてさすがに150分は長いな。観た後にどっと疲れた。
激しい人種差別描写で、上映反対運動まで起きた「映画の父」DWグリフィスの映画史に残る超問題作にして最高傑作。

物語は南北戦争の勃発により引き裂かれた家族とその後の連邦再建が描かれている。

第一部、アメリカ北部ペンシルベニア州に住むストーンマン一家が、友人の南部のサウスカロライナ州に住むキャメロン一家を訪ねる。
ストーンマン家の長男フィルはキャメロン家の長女マーガレットと恋に落ち、キャメロン家の長男ベンはストーンマン家の長女エルシーと恋に落ちる。
そこへ南北戦争が勃発し北軍と南軍に別れて戦わなければならなくなってしまう。
激戦が繰り広げられる中、キャメロン家の次男と三男戦死の知らせが届き、ストーンマン家にも次男戦死の知らせが届く。
キャメロン家の長男ベンも負傷するがエルシーの必死の看病により回復する。しかし反逆者には絞首刑を言い渡されてしまう。
父親オースティンが権力を持つエルシーはリンカーン大統領に慈悲を乞いに行きなんとか絞首刑は免れる。
南部に厳罰を科したいオースティンは白人と黒人の混血のリンチを南部に派遣し、勢力拡大を目指す。

第二部、オースティンは療養と選挙のためエルシーと共にキャメロン家の隣に越す。
だかそこはもう以前の美しき南部とは程遠く、開放奴隷たちが方々荒らし周り、幅を利かせ白人がなにも発言できなくなってしまっている。
そんな現実にキャメロンは嫌気を差すも何もできない。
ある日キャメロンは散歩中に白人の子供が黒人の子供にいじめられているところを目撃する。
白人の子供たちはシーツを被り反撃し、黒人の子供を撃退する。
そこでキャメロンはKu Klux Klan(kkk)を思いつくき、黒人に反撃を開始するのであった…

まあなんといいますか、圧倒的な南部人目線で描かれた作品で、偏った歴史の捉え方ではあるが映画としては大変素晴らしいと思う。
現代に続く映画文法、遠目からのカットなど映画の基礎を作った作品。
リンカーン暗殺のフォード劇場の再現は特に素晴らしい。そのとき公開していた劇や、客席の配列まで細部に至るまで再現している。
南北戦争の戦闘シーンなども大量の発煙筒を使い音無しで迫力を生み出している。
そしてなんと言ってもリリアンギッシュのなんたる息を飲む美したさ。
完全に黒人が悪でkkkが英雄視されているが南軍の英雄ジェイコブウォークグリフィス大佐を父に持つDWグリフィス監督の目にはこう映ったのだろう。
大変面白い作品だが、サイレント映画で180分超えと少々長く感じてしまう。
アメリカ映画を観ていく上で欠かせない作品。
それにしても今から100年以上前の映画だと言うことには驚きだ。
1915年、100年以上前なんて嘘だろ?内容は今考えると酷いが...
愛と平和(白人の)を願うで締められる。
最後にキリスト出てきたのは驚きでした。
崖のシーンを普通に撮り、観客のエンターテイメントとして機能していることが恐ろしい。
>|