真昼の不思議な物体の作品情報・感想・評価(ネタバレなし)

真昼の不思議な物体2000年製作の映画)

Mysterious Object at Noon

上映日:2016年01月09日

製作国:

上映時間:83分

3.9

あらすじ

「真昼の不思議な物体」に投稿された感想・評価

すごい良かったのでまた見たいけど残念ながら日本語字幕のDVDはないらしい。
白

白の感想・評価

4.0
多重連鎖劇かつドキュメンタリー
近代的主体に包摂されない残余
zhenli13

zhenli13の感想・評価

4.0
この映画が作られた頃、タイを旅行した。ああいう硬いイスの三等列車に揺られ、最後尾車輌から線路を眺めた。建設中の高速鉄道と渋滞する道路を通った。その記憶と、何が真実でも虚構でもなく輻輳し再生される物語で頭がぼんやりする。
観る者をふわふわとした不思議な感覚にさせてくれるアピチャッポン監督の初長編。

インプロ(即興)トレーニングのワンワードのように他者が話した内容を引き継いで一つの物語を作るという作品(ちなみにワンワードは1フレーズのみ。社内のコミュニケーション研修でやったことがあって、これがかなり盛り上がる!)

今まで観た作品(『ブンミおじさんの森』と『世紀の光』)の原石を観たような感覚。想像を超えた想像というか、辻褄や整合性ではなく、スピリチュアルを大事にする監督の想いをすごく感じました。

ただ、脈絡なく繋がれたストーリーは当然訳がわからず、なお且つテンポも良いとは言えないので眠気を抑えるのに必死(ていうか若干寝た)この作品の良さを初見で見い出すのは自分にはまだ無理でした(涙)。またいつかチャレンジしてみたいっす。
FUJI

FUJIの感想・評価

-
危うくマークするのを忘れるところだった。
正直、半分くらい睡魔と戦っていたので(コンディションが悪かったせいだと思いたい)物語の全容が掴めていないのですが。一応マークを残しておくことにする。

ずっと人が話しをする流れかと思ってましたが、ドキュメンタリーチックに話したり回想?再現?シーンがあったりと話が展開されていくもんで、ちょっと気が緩むと今…何の話しとるん…?てなりました。失態。

子ども達がすごく自然体なので、演技なのか何なのか、なんとも不思議な映画でした。
意味が有るのか無いのかわからないシーンにも、またもや勘ぐらせていただいた。いや、勿論意味はあるんだろうけど、まだまだその境地に私はたどり着けていないのであーる。
めーっちゃいいなあ
物語の出来方の肯定、聞くからはじまるという在り方の肯定
@早稲田松竹

アピチャッポン特集にて。
タイの一般の人たちにマイクを向け、「不思議な物体の話」の続きを考え、自由に語ってもらうというドキュメンタリーでありながら、その語りを映像化するという不思議な作品だった。アピチャッポンの監督第1作目。

ラストの子どもたちの語りがめちゃくちゃ良かった。森に入った人が虎になるっていう語りからインスパイアを受けてトロピカルマラディを撮ったのかな?
ryosuke

ryosukeの感想・評価

3.6
(35mm)
冒頭のインタビュアーの、作り話で良いから話を続けてくれという指示、クルーたちの会議やインタビューの音声を村人に聞かせる様子を見せる演出、撮影が終わりか尋ねる少年、映り込むガンマイクという要素に、映画の虚構性を覆い隠さないというシネマ・ヴェリテの精神が感じられる。本作はドキュメンタリー、フィクションの両者共に存在する虚構性、作り手の意図を公にする。村人たちへのインタビューの中でお話を考えさせて数珠繋ぎにしていくという本作のアイデア自体の面白さは言うまでもない。
家庭教師の女の「分裂」や虎に変身する挿話など、後のアピチャッポン作品に登場するモチーフが長編第一作で、しかも村人発案で生まれていることに驚く。今ここにある自分以外にも自分が存在し得るというアピチャッポン作品の感覚は、彼独自のものというよりタイの感覚なのだろうか。
椅子の上にジャンプカットで突如登場する少年(不思議な物体役(!))の描写が不自然にならず、まあそういうことも起こるだろうと思わせるのがアピチャッポン映画だよな。
緩やかで不明瞭に連なっていく物語と、(おそらく品質は良くないのであろう)光が白飛びしている粗いフィルムに、夢を見ているのかなという気分になってくる。「トロピカル・マラディ」を見た時に寝落ちしたのを後悔したので、何とか眠気を振り払って(ちょくちょく一瞬意識が飛んでた気もするけど)最後まで見た。
家庭教師と少年の物語が静かに進んでいたところに、スカートから不思議な物体が転がり出ると繋げるセンスは凄いな。その物体が子供になり、女に変身し...という発想をいきなり出来る村人たちのイマジネーションに驚く。
少年が足が不自由な理由として、母親が堕胎に失敗し、飲んでいた薬の影響でそうなったというストーリー(不採用になったようだが)を考える男にも驚く。それまで単なる身体障害であったものが、一瞬で禍々しい刻印に変わる設定で凄い。
テンションが上がったおばさんの「スキヤキ」とかどういう意味合いで使ってるんだろうな。
それまで劇映画として物語を再現してきたところ、突如村人によるミュージカルが差し込まれる自由さと、彼らの語り部としての能力にも感心する。
ラスト間際、スピーカーから音楽が流れかけ、アピチャッポン映画のラストに劇伴が重なる聖なる瞬間が来るかと思ったが、数秒で打ち切られてお預け。なに、俺読まれてるの?
本編?終了後、サッカーグラウンドが突如水没したかのような編集の驚異的な飛躍に驚いていると、何と二つの場所は単に隣接していたという種明かしに呆気に取られる。アピチャッポンマジックだ...。そして、本編とは繋がっていないような、いやそれとも全ては繋がっているのだというような、エピローグ? で終幕。どんな感覚してるんだか。
今夏はなんでか仕事で多くの小学生の学習に付き合わせてもらってるが、あいつらのアナザーストーリー創造力が無限過ぎて、それでも忖度をもう知ってるの?みたいな子もいて、何がきっかけでこうなってしまうのかしらと思わないこともないんだけど、思い起こすと、私の知る限りのタイの人も前者ののびのびした創造性や屈託なさを大変に感じられて、世界中の人が集まる国のなんかある理由をこの映画にも感じた。
世界のあらゆる伝承ストーリーがそうであるように、この映画の中にはあらわれなかった多岐がサッカーボールの軌跡に集約されて、終わったような終わってないような、とりあえず映画の時間だけは終わった。
二日続けての“タイ王国”は、早稲田松竹の特別レイトショーで、アピチャッポン・ウィーラセタクン監督の長編初作品。
白黒の荒い画質ながら、独特の構図と音楽、そしてタイの風景が焼きつく。屋台や寸劇、モーラムなど、語られる作り話をする人のリアルな姿が何とも残って、でも内容は消えていく不思議な感覚。ラジオ放送のシーンで、タイから見た第二次世界大戦と日本にハッとさせられた。

僕にとってこの2日間、非日常の夏休みって感じ。
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