季節の記憶(仮)の作品情報・感想・評価

季節の記憶(仮)2014年製作の映画)

上映日:2018年01月20日

製作国:

上映時間:122分

3.6

あらすじ

「季節の記憶(仮)」に投稿された感想・評価

milagros

milagrosの感想・評価

4.2
みんなでカメラをまわすことで匿名性をつくりあげるという発想がおもしろかった。意識の面では匿名かもしれないけど、身体の感覚とかふとした興味のあらわれは如実に反映されているのでそのへんは記名的でもある。
映画的なショットという点では夏編が人気なんだろうけど、秋編がけっこうすき。
・夏→秋→冬→春なのがほほーん春夏秋冬じないのね、と思ったけどさまざまな物語の器は夏→秋→冬→春なのかもしれない。

・フィルマークスの高山さんという人の感想がおもしろい。名前に見覚えがあるから著名な人かもしれない
私も高山さんの感想を見る前はドキュメンタリーに近い映像なのかと思っていたのだけれど、フェイクドキュメンタリーなのか!
フェイクドキュメンタリーとわかるとガッカリ(?)というよりは俄然興味がわいてきて、一体どんな演出が行われてきたのか、脚本があるのか、エチュード的な要素はどれだけあるのか、いわゆる自分と離れた"役"が与えられているのか、、ぜんぜんわからない。

・ふつうの劇映画にもドキュメンタリーの要素は絶えずあって、セットにしろロケーション撮影にしろ時代性をぜったいに映すし、演技をしている役者のドキュメンタリーでもあるけど、じゃあこの作品は何がフェイクなのかが逆にわからなくておもしろい。
春編でおもむろにヨガした赤ちゃんに、おもむろにヨガする赤ちゃん!って思ったけどあれははすがに演出ではないと思うし、ナンバーが1の車も偶然居合わせたのだと思うし、、(もしそうじゃなかったらそれはそれでなにその地味な作り込みって感動するけど)

・コロナのことが騒がしくなって仕事以外でだれにも会わなくなってから家のパソコンでだらだらと見て、途中ダルくなったら(冬編あたり)別のこと(皿洗い)とかしながら見て、あまりなにも期待しないで見たけど、
そして複数の人がなんの目的らしい目的もなく集まるために集まって、公園とか川沿いで遊んだり喋ったり飲んだり食べたり、家に集まったり車で出かけたりして、昼になにを食べるとか夜になにを食べるかみたいな話をして、そこではそういうことがちょっとした重要なことで、今日は暑いみたいな話をして、メインで写っている人の後ろにいる風景と化してる人たち(こちらはおそらくほんとうに演出なしにその場にたまたま居合わせた人たち、、なのか?)も同じように日常を過ごしていて、
そこにある圧倒的な日常感にめちゃくちゃ癒されてしまった(自分もそこに居合わせているような気分になってしまった)けど、
たしかに映画好きの人がふつうのときに鼻の穴を膨らませてなにかものすごくありがたい?映画を見る心構えでお金を払って映画館でこの映画を椅子に座って120分見たら途中でフヘーとなってしまうのかも、しれない。

私は適当に見れるというかいわゆるおもしろさのないものがすき(作り込まれたおもしろい作品にもすきなものはたくさんあるけど)な傾向があるからぜんぜん楽しめたというか、なんていうか「楽しませてもらおう!」とか「気持ちよくなろう!」みたいな気持ちが映画に対してぜんぜんないときがある気がする。

面白がらせてくる映画は面白くないと「面白くない!」となるハメになるけど、べつに面白がらせてこない映画はそういうところとはちがう安心感がある。こんなことを書いたら作った人に怒られそうだけど
秋と冬のみ鑑賞。自分も部活の冬合宿でこれとほぼ同じことをやろうとしていた。ファインダーを覗くの禁止という手があったのか、なるほど。この手の映像作品はマンネリズムでこそ生きると思ってるから断然秋の方がいいと思った。なるべく地面に置かない方がいい気もする。でかい画面では見たくない。こういう作品を一緒にノリで撮れる友達が欲しい。。。
ネット

ネットの感想・評価

5.0
三脚もフィルムの時間制限もない代わりに、音はあるリュミエール映画。
夏編はほとんど見逃してしまい残念(観測した限りでは夏編が一番評判が良い)だが、めっちゃくちゃ面白い。『THE COCKPIT』とタメ張れるレベルの面白さ。現代映画の理想形。
秋編が一番面白い。

とにかく気持ちがいい。
夏編は最後の方しか見れず。音が割とクリアーに聞こえる分、空間に点在する各コミュニティ(キャストたちのいるところ、そこから外れたところにいる仲間たち、ゲロッパ流してる人々?、野球少年たちetc.)の音が聞こえるのが気持ちいい。キャッチボールの音!
秋編。グダり青春&チルアウトムービー。あの文化的コミュニティ、凄く憧れる。デッサン→ベランダから見える街→「テキトーに絵を描く/ギターを弾くってどういうこと?」という問い→FaceTimeでラップ中継の流れ、マジで最高。
冬編。失踪&ミステリー映画。画面暗いわよくわからないわでちょいダレる。「何を探してるの?」「言えない」圧倒的不穏。
春編。これは単純に面白いものが撮れなかっただけのように思う。シチュエーション的に人々の反応が撮れないからか。みんなヨガやってるだけ、ただひたすら子供がかわいいだけ。
ビデ美

ビデ美の感想・評価

1.0
コレを良しとするならば、子供が撮ってもお年寄りが撮っても何でもアリになっちゃうよ。
「春夏秋冬を30分ずつノーカットで撮る」なぜあの30分を切り取ったのか…構図がバッチリ合う事がほとんどないし、「ここ!」と思った瞬間でもすぐどっか行っちゃうし、、ブレ過ぎて酔うし、、雑談もとても聞いてられるものではない、、

まだ定点カメラで30分の方が意味があったようにも思えるけど。。
とにかく合わなかったなぁ。
日頃映画でみている「それらしい画面・それらしい音」が全然ない。
では今見ているこの映画は「それらしくなく」作られたものであって、そこにはやっぱり作為や意図がある。
去年「夏篇」だけイベントでみていたんだけど、「夏篇」がいちばんその意図を楽しめたように思う。
混乱させられることへの興奮を味わう一方で、画面の揺れやノイズが不得意なのもあって、「無作為のための作為」を120分みるのはしんどいものがあった。
正直言って「秋」の終わりくらいから目を開けていられないくらい画面酔いしたし、音も強すぎて耳を手で塞いで聴いてた。
夏篇がいちばんよかった。それを超えたものが後の季節には見出せず、ただ長いだけに感じてしまったが、あらゆる表現者は観て損はないと思う。色々可能性を感じることができる。カメラが地面に吸い付く瞬間が好きだった。点数は付けづらい。
masaakib

masaakibの感想・評価

3.8
カメラが回りっぱなしなので、登場人物が持っているときと、置かれたときの映像の切り替わり具合がおもしろい。
『季節の記憶(仮)』只石博紀監督を最終日前日に見てきた。先に言うと、秋の後半あたりから酔ってしまい、冬はチラチラとしか見られなかった。また、上映後の監督との質疑応答で質問させていただけた。事前情報まったくなしで見に行ったので、とんちんかんな質問になってしまったが、詳しく答えていただけたので嬉しかった。
というのも、私はてっきりこの映画が、何も知らない人にカメラを適当に持たせて撮影したドキュメンタリー寄りの作品(見てないがリヴァイアサンのような)だと思っていたが違っていた。なので、監督の「テイク」という言葉が出てきたときに面食らってしまった。しかし、NGにしたテイクがどのようなものだったのか教えていただいき、この映画の本質に少し近づくことができたように思う。

先程わたしが騙されたように、この映画は、冬に特に表れているようなフェイクドキュメンタリーだ。夏などはカメラを適当に持ち歩きバーベキューを楽しむ若者たちというフィクションが巧妙に作られており、そこがひとつのリアリズムを形成していてる。そしてこのあと書くが、それは映像的な奇跡の演出に一役買っている(夏編から最初に始まる)。

さて、この映画のフェイク性に関しては映画の一番最初のシーン(?)にしっかりと表れている。まず役者と演技指導する監督が出てきて、役者が画面にまっすぐおさまっている。私たちはこの画面をオフショットのように感じる、演技が終わり、撤収が始まっても画面は終わらず、思っていたカメラと視線が分離する。非常に示唆的なシーンだ。またタイトルの「記憶」という言葉も非常に良く選ばれているように思う。

ところで、この映画のいくつかの瞬間を私は非常に美しいと思った。そしてそれに関して、カメラを操作する人物が変わるというコンセプトは、さして重要な事ではないのではないかと思う。重要なのは、カメラがランダム(カメラマンのランダムではなく、手持ちのランダム)に暴力的に持ち運ばれ、それはまさに、身体を削がれ、目玉だけなり持ち運ばれているような感覚、混沌の映像の中に目玉をポイと投げ出され(それを実現するのは大きなスクリーンの映画の暴力によって、この映画が大きなスピーカーの音の暴力であるように)そしてそこからカメラが置かれたり、何かを奇跡的にとらえることで、混沌の中から水面へと上がって息を吸った時の開放感ように、我々は混沌の中にいたからこそ、とんでもなく普通の画面をとんでもなく美しいと思えるのではないか。赤ん坊が隙間から覗くこと、男女が2人並んで画面におさまっていることすら奇跡のように美しい。
さて、先程書いたように、これら奇跡は、二重に作られ、強化され、演出されている。1つはフィクションによって。1つは身体によって。ここがこの映画を複雑に厄介にしているように思える。その厄介さとは制作者のある種の不安のように思える。一番最初のシーンや、偶然の音楽やナンバープレートの1(選択)のダサさを喋らせる事の不安。また、なによりも、フィクションを選択することの不安に表れている。そしてこの不安こそがこの作品を特別なものにしているように思えた。
ところで、感想を書かせていただいたが、これらは夏編に焦点をかなり当てた感想かと思う。というのも、夏編が最初で体力もあるし、いちばんフェイクへの覚悟が強いからだ。冬編は今考えればはっきりとフェイクドキュメンタリー寄り、春編などはどちらかといえば練習したチームのダンスのような何かを感じた。『季節の記憶(仮)』は一筋縄ではいかない。語るべき作品だ。そして何よりも映画的である、それはなぜなら、映画が奇跡を演出してきたからだ。もう上映は終わりのようだが、いつか上映される時は是非。覚悟を決めて前の方の席で!
ba

baの感想・評価

5.0
キャストがファインダーを覗かずに撮ったノーカット映像30分が夏秋冬春の順で4本。
手振れがひどく、持ち運ぶときなんてほとんどカメラであることが気にされてないくらい雑で、カメラ内蔵マイクで録られたんだろう音もかなり悪い(春、子どもの声があんなに耳を刺すように聴こえることがあるのか)。でも飽きずに観れてしまうのは何でだろうな。
ひとがすごく近くで撮られている状態からカメラの位置が変わって遠くから撮られたときに、こういう感じにひとがいたんだ、と思う。
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