「かっちん」の復讐であり、家族の回顧の物語である。カメラの暴力性を用いて、偶然性を無効化することに努めたその先に、新たな現実が立ち上がる。母が「でもな、かっちん」と言葉を紡ぎ始めたその瞬間、ドキュメ…
>>続きを読む家族の前で自分の性的少数者としての告白を再演し、映像として再提示していくという手法自体が、この映画の主題になっている。単なるドキュメンタリーではなく、私的な体験と映画制作が等価に重なり合う映画。
小…
フィクションとノンフィクションが融解する「作品の構造そのもの」と「極私的内容である」という事実がこの映画の切実さの表出=フィルムへの定着のほとんどを引き受けている、というのは過言だろうか。事実、小田…
>>続きを読む「かっち、やめて。」
この言葉は果たして、1のお母さんなのだろうか?それとも2のお母さんなのだろうか?かっちがかっちを演じているのをかっちが捉える。しかし、そのかっちを撮っているかっちはどのかっちな…