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「闇の中の音楽」に投稿された感想・評価

勝手にイングマール・ベルイマン監督作品「3本立て」
2015年12月5日、鑑賞。

本日は、「夢の中の人生」&「インド行きの船」に続いて、この映画、勝手にイングマール・ベルイマン監督特集をしている。三本立て(笑)

この映画、ベルイマン監督の長編4作目であるが、ベルイマンの特徴である『幻想的なシーン』と『大胆なヌード』が初登場した記念碑的な作品であった。


機関銃の射撃練習所で、ある兵士が子犬を助けようとしたところ、銃弾を受けて転がり落ちる。
そして、「眼のドアップ」~「兵士の男を泥沼に立たせて、泥の中から複数の手が、彼を引きずり込もうとする場面」~「魚など複数映像の合成」などから成る『幻想シーン』が素晴らしい!!
この幻想シーンは、撃たれた兵士ベングトが盲目になる病室で見た夢のようである。

そして、イングリッドという娘の父親の葬儀でオルガンを弾くベングト。
イングリッドがロウソクを持って部屋の中を歩くシーンでは、「光の使い方」が素晴らしかった。
そうした夜のシーンに続いて、朝のシーンでは、イングリッドが起こされるやいなや、なんと素っ裸になって水浴びする場面が登場。大胆すぎてビックリした。

ベングトはイングリッドと互いに好意を寄せあうが、ベングトが「使用人のイングリッド」なる女性に対して失礼極まりない発言を聞いたイングリッドは出て行ってしまう。学校に戻ったのだった。
「しかし、なんという愚鈍な男なんだろう」という気がする。

ひとりになったベングトは、音楽院のテストを受けるが不合格、レストランのピアニスト、ピアノ調律人などしながら過ごしていた。
学生たちと一緒に居るイングリッドに再会したベングトは、ようやく「自分の発言がイングリッドを傷つけたこと」を知り、謝罪する。
ただ、イングリッドとその彼氏と3人で居る時に、ベンクトが癇癪を起こすあたりは、「また、いきなり機嫌が悪くなる男だなぁ~」と、見ていて非常に感じ悪過ぎ。

盲人になって心がひねくれたような描写はよろしくないと思う。


ところどころ映像表現が素晴らしいところはあるのだが、物語と主人公の振舞いによる感じ悪さが、映画の余韻を悪くしている気がする。
惜しい作品である。
pika

pikaの感想・評価

4.0
オープニングにて病院で死の淵を彷徨っているシーンは後のベルイマン節の一端を感じられる幻想的なシークエンスになっていて、未完成ながらもさすがのセンスの良さにゾクゾクする。
事故で視力を失い婚約者に去られ、視界も未来も全く見えなくなった青年のドラマで、盲目というアイコンを元に闇を表現した照明演出が素晴らしく、暗闇の中に浮かび上がる光や敢えて顔に影を落とし距離感を表現する演出など、心情表現が美しく見事。

盲目の障がい者としての生活や人間関係は劇的な誇張がなく自然なリアリズムで描かれていて、人を信用できなかったり一人前に扱われなかったりと、仕事や隣人との関係などの辛辣な問題が日常のものとして積み重なり、能力への偏見や社会生活の難しさに自分らしく生きることを制限され、終いには卑屈になってしまう、というような精神的な変化をライトに描写していて非常に巧み。

主人公の苦しみを疑似体験する観客にとって、暗闇の中で唯一眩い光を放つヒロインの輝きはドラマ的にも画面的にも清涼剤のような緩急を生んでいて、純真な笑顔や優しさ溢れる気遣いにカタルシスを得る。

ブツ切りな展開や意表を突く音楽など、監督4作目であるがゆえの荒削りというより他の人の手が入ったんじゃないかと思わしき演出はあるけど、いきなり素っ裸になるヒロインやグンナールさんの出演、ストーリーに直接関係がなくても画的に抑揚を生む小粋な演出まで、センスの良さは端々に現れていて素晴らしい。
卒業を超えたわ。その最終的な男女2人の方向が。

でも時代性と価値観のコンテクストで語るのに無理があると思えるほどのオリジナリティも感じる。

月光を弾くシーンが良かった。
フラれて爆音で悲しむシーンも笑えて良かった
ダグラス・サークにも全く引けを取らない上質なメロドラマ。
結果的に、最も敬愛している監督ベルイマンにとってはこれだけの作品がほんの通過点でしかなかったことに驚かされるでしょう②

大好きな作品の一つなので、所有ビデオで何度も鑑賞しています。
御紹介したいシーン満載の中から一つだけ。

主人公(ベングト)はとある理由で盲目のピアニストに…

別の男性と付き合っていて(これには事情あり)もなお初恋の人であるベングトを愛し続けている女性(イングリット)が、
町のダンスパーティーに出かける前にベングトの家に立ち寄るシーン。
ベングトがノックターンを弾いているところに、窓の外から声をかけるイングリット。

「ベングト!」
『やぁ、元気?』
「元気よ。話したくない?」
…何日か前に、口論している。
『話したいさ。この前は悪かったね…ダンスだろ?』
「パーティーに行く途中よ。その前にまず…」
『何だ?』
「あなたに見せたくて」ベングト微笑む。
『いい香りだ。きれいだろうな。ドレスは何色?』
「ブルー」
『忘れな草の色?』
「キキョウ色よ。髪に雛菊を。変かしら?」この際、ベングトの手を取り雛菊に触れさせる。
『きっと似合うよ。僕も…』
「一緒にこない?」
『無理だよ。』
「来て。あなたはきっと誰よりも踊りが上手よ」
『その信頼を壊したくない。途中まで送るよ。』

イングリットは真っ先にお洒落した自分の姿を
ベングト見てもらいたいわけです。
そこには何のためらいもありません。
彼が盲目であることを全く気にしてはいないのです。
それは他のシーンでもわかります。
モノクロ作品なので、色に関しては私たちも盲目なわけで、
ベングト同様ハッとしますが、イングリットの健気で純粋な思いに
すぐに自然と微笑んでしまい、キキョウ色のドレスを思い浮かべてみるのです。
あまりにも自然なやり取りに
ベングトも一瞬、自分が盲目であってイングリットには彼氏もいるということを忘れ、我に返る…

文章だけではこのシーンの肝である絶妙な間の取り方をお伝えすることが出来ませんが、とにかくこういった非常に繊細な演出が基盤にあっての、
皆さんがご存知の少々難解と評されるベルイマンなわけです。
もう一つ特筆したいのが、夢のシークエンスを挿入することによって深層心理に感覚的に存在しているものを浮き彫りにする手法を初めて使用した作品であること。

ただ、初期作品をご覧になっている方には、中期から後期の作品群を観てもさほど難解さを感じないと思うのですがいかがなものでしょうか。

☆★☆マイ・ゼッタリング☆★☆(*´з`)