エンドレス・ポエトリーの作品情報・感想・評価

「エンドレス・ポエトリー」に投稿された感想・評価

mのEmo

mのEmoの感想・評価

4.5
ひさびさにどツボな映画だった
はじまりからひきつけられちゃう
うわ、これすきだわ!ってなる

そしてストーリーもめちゃくちゃ観やすい!
なにもかもが効果的でくすぐられる!
お面とか素敵やん?
パネルなのも素敵やん?
めっちゃ謳歌するやん?
ビールぬるそーまずそー
最後には、すごくいいものをみた!浄化された!ラッキー!ってなるけど
ヒトにはちょーっと薦めにくいから
ここにレビューできてよかった。まる
iago

iagoの感想・評価

5.0
時々舞台を観てる感覚になるんだけどホドロフスキーがこの作品を"映画"として残してくれたことが嬉しい。歳とか関係なくホドロフスキー自身が前に進むために必要な映画だったと思う。私も進める。
シニカルなコメディ🤡✨かと思ったら監督自身の自叙伝であり✏️全ての観客への人間賛歌🌞✨素晴らしくシュールなアート作品(18+)🎬お子様はNG🚼溢れ出るどころか『怒涛の🌊』色彩🌈デザイン・表現に圧倒されまつ(;゚;Д;゚;.:💦気になったら観て損はないと思いま👍🏻✨

タイトル通り感情表現の台詞は主に詩。さらには歌劇・人形劇・モノローグ・ダンス…と不定形ながら小難しくなくて平易🧡✨まるで舞台やサーカス🎪を観劇しているよう
honobon

honobonの感想・評価

4.2
なんだこれ。冒頭からの演出方法にやられ、ミュージカルぽくはないけど歌うのかよ!などなどそれだけでも引き込まれる。
「多様」な人たちが出演しながらも、劇のように進む。自叙伝の物語でありながらも現実のように思えない良さ。リアリティのダンスは見ていないけども機会があったら見る。
deadcalm

deadcalmの感想・評価

4.4
表現していないと死ぬタイプの表現者というのがいて、ホドロフスキーはその先端にいる人なんだと思う。

現役とはいえ87歳(本作公開時)でさすがに晩年としか言いようのない年齢に入った彼が一家総出で作った半自伝的作品。

いろいろ監督らしい芸術がバクハツした強すぎる表現や超個性的な登場人物たちも見どころだけど、この映画の本質はほぼラストシーンが全てだと思っている。あのシーンを観ればわかるけれど、この作品はアレハンドロ・ホドロフスキーが70年前の若き自分に宛てて贈るメッセージであり、そのメッセージは以下の二点だ:

(1) 若いときに家と親を捨ててまで選んだ道を振り返って、今のホドロフスキーが「その選択は正しかったよ」という肯定。過去の選択への「あれで良かったのか?」という未練を断ち切り、ひいては現在にいたる自らの全人生を肯定的に総括する、人生のポジティブなレトロスペクティブ。

(2) また同時に、おそらくはそのときに父親と作ってしまった確執が後年ずっと悔やまれていたのだろう、「進みたい道を選ぶことを許さなかった父親のことも認めてやってほしかった」という一点のシミのような後悔。

これらは何というか、表現自体のトリッキーさとは裏腹に実に「ふつう」というか、親に敷かれたレールと心からやりたいことが同じじゃなかったすべての人々に大なり小なり当てはまるおそろしく普遍的なメッセージなので、当てはまる人はこの超個人的な作品を是非とも観てやってほしい。これは老ホドロフスキーが自分自身の魂を救うために撮った「終活」のような作品だけれど、もしかしたらあなたの苦悩も和らげたり、背中を押してくれたりするかもしれない。
S

Sの感想・評価

4.0
「それを手放して
新たに感じなさい
今を生きなさい」

お母さんからアレハンドロへの別れのことばに勇気付けられる。
青山

青山の感想・評価

4.2

いやぁ、優しくて強い、傑作です。

前作『リアリティのダンス』のラストシーンからそのまま繋がる第2幕。
ホドロフスキーの少年期を描いた前作から続き、本作は青年期の物語。

故郷の町からサンディエゴへ移ったホドロフスキー家。
アレハンドロはある日従兄弟に連れられて芸術家たちが共同生活する家を訪れる。型にとらわれない彼らを見て、アレハンドロは詩人として覚醒する......。



幼少期を描いた前作はどうしても両親をはじめとする周囲の人たちに対して受動的だったために壮絶な感じがしましたが、本作では自分で好き勝手に行動できるようになった分、彼の"普通さ"が際立ったように思います。
とはいえあのホドロフスキーですからこれでもかと奇行に走りはするのですが、それは全て自らの信じる"詩"のため。結局彼が人と違うのは自分を曲げないこと、考えをひたすらに突き詰めていくこと、それだけ。それ以外はもう、何でも話し合える友達に出会い、恋をされたりしたりして傷つけたり傷つけられたりしながらも人との関わり合いの中で生きていく......そんな、驚くほど真っ当な青春ムービーになっているのです。

もちろん、そんな真っ当な青春ムービーの筋立てを、時に舞台劇のような、時に前衛アートのような独特の実験的映像でやってるのでホドロフスキーらしい珍妙映画にもなっていて、ヘンテコを楽しみにしてる人にも大満足。

さらに、終盤に至ると本作はただの青春ムービーではない、人生賛歌へと変貌を遂げるのです。
まずラストの父親との決別のシーンでのアレハンドロの言葉、あれは過去の苦しみの肯定であり、全てひっくるめて過去があったから今がある、さらに敷衍すれば今があるから未来があるとも言えるわけです。
そして、その未来すらも、青年期のホドロフスキー(演じるのは息子のアダン)に語りかける現在のホドロフスキー(本人役)の、「老いることは荷物を降ろして解放に向かうことだ」的な(見たときメモらなかったのでめちゃ意訳ですが)言葉で肯定してしまっているのです。
つまり、この映画は過去・現在・未来を引っくるめて人生そのもの丸ごと全部の肯定なのであります!!いやぁ、びっくりですよ。こんなに優しい映画は観たことがありません。最後の方はずっと泣いてましたよ。

そして骨と肉のカーニバル。鑑賞前にジャケ写でこの絵面を見て「なんじゃぁこりゃあ」と思っちまいましたが、見終わってみるとそれが生きることなんだと納得しました。
「意味などない。ただ生きるのだ」「人生は美しい」「人生はゲームだ。最悪のことも笑ってしまおう」
などなど、言い古された言葉でもありますが、これだけの説得力のある物語で言われることですうっと染み入ってきました。

この自叙伝シリーズは5部作構想らしいですが、ここまで完成しきった作品を作ってしまってから次はどうするんだろうと思っちまいます。てか88歳なのにあと3本も撮るつもりなのか強えな。
というわけで、今後もホドロフスキー先生の動向に期待ですにゃん。
翔太

翔太の感想・評価

4.0
あらゆるものを学び、ラスト完全に親離れをし旅立つ主人公に感動した、
この映画もありのままに生きて良いんだっていうメッセージが詰まっていた。

青春・シュール・ロマンティック全てがバランスが良く混ざってるアートな作品でした。
開明獣

開明獣の感想・評価

1.8
「読者が難解と思うような作品を書いたとすれば、それは作者が失敗したということです」

今は亡きブエノスアイレスの大賢者、ホルヘ・ルイス・ボルヘスは「書物」と題された講演にてこう述べている。

相手に観られる、聴かれる、もしくは読まれることを前提にした作品を娯楽作品とするならば、相手の認識を前提にしないで純粋に表現することだけを抽出したものを芸術作品と呼んでも差し障りはないだろう。この定義にのっとったからといって、それぞれの作品がそれぞれの分野で成功するとは限らないし、また、この両分野は時として交わることはあっても、不可分ということでもない。時に娯楽作品としても芸術作品としても成り立つものもあるだろうし、どちらとしてと成り立ってないもこともあろう。

世界に冠たる巨匠の高評価の作品に対して、思い切って低い点をつけているのは、あくまでパーソナルで主観的な視点からに過ぎないし、この作品をハナクソほども貶めることにはならないだろう。ただ、私には芸術作品たらんとするあざとさが鼻についてしまってダメであった。残念である。

似た傾向にある作品は、悉くダメで、例えば、リューベンス・オストルンド監督の「スクエア 思いやりの聖域」、トム・フォード監督「ノクターナル・アニマルズ」、ヨルゴス・ランティモス監督「聖なる鹿殺し」なども見事に討ち死に組である。もしくは人間の裏面や醜さを、これみよがしに見せつけて、どうだこんな表現見たことないだろう系もアウトで、デイビット・フィンチャーとか、ミヒャエル・ハネケも酷評してしまう傾向ある。翻って好みなのは、エミール・クストリッツァ、ジュゼッペ・トルナトーレ、ボブ・ゼメキス、クリント・イーストウッド、是枝裕和で、何度騙されようが、最後の最後まで人間を信じる系の描写をする人達、アートとは無縁にひたすら娯楽とは何かを追求する人達が好みのようだ。なので、このレビューもそういったバイアスがかかっていることは否めない。

カルロス・フェンテス、フリオ・コルサータル、バルガス・リョサ、ガブリエル・ガルシア=マルケスなど、ノーベル賞受賞作家も多く輩出している南米は、幻想と現実を曖昧な境界で包むマジック・リアリズム的な手法が得意だが、ホドロフスキー出身のチリには、ロベルト・ボラーニョという作家・詩人がいる。マジック・リアリズムとは違って乾いたリアリズムに根ざした作風のボラーニョは、ホドロフスキーよりも年下だが、既に鬼籍に入っている。そのボラーニョが敬愛したのが、チリのノーベル賞文学賞を受賞した国民的詩人のパブロ・ネルーダである。詩が大切なモチーフになっている本作品で、ホドロフスキーはそのネルーダを徹底的に揶揄しこきおろしている。既存のアイコンなど信じるなと言いたかったのだろうが、永遠不滅の命を持つ詩を自ら否定している矛盾を孕んでいる。ボラーニョがこの映画を観たら同じく嘆息するに違いない。

既に70年代からいたるところで行われてきた実験的な手法を繰り返している様は、黴の生えた陳腐な様式を箪笥の奥から引っ張り出してきたようであり、シュールレアリズムと呼ぶにはあまりにも生臭く、稚拙な演出が鑑賞を苦痛なものとしてくれた作品であった。核となるメッセージは、ボヤけていて、問題提起にすらなっていない。芸術とは理解を求めるものではなくても、理解されえなくては意味がない。製作者の自慰行為にしか映らなかったのは、私自身の鑑識眼が歪んでいるせいなのかもしれない。

この作品への100年後の評価を観ることが出来たらと思う。後世の人たちはどう観るのか。果たせぬ夢ながら、そんなことすら思わせてくれたのは、この監督の意図するところだったのだろうか・・・。
がく

がくの感想・評価

3.8
前作、『リアリティのダンス』の完全な続編だった。つまりホドロフスキーの自伝映画。今作では本格的に芸術の道に進む。

前作はイマイチだったけど、今作はよかった!!しっかりストーリーがある分見やすい。ホドロフスキーの魅力は減ってしまうかもしれないけど。

詩人だったホドロフスキーがここからどんな経緯で『エル・トポ』を撮るのか気になる。また続編はあるのだろうか。年齢的に厳しい?
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