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二重生活2016年製作の映画)

上映日:2016年06月25日

製作国:

上映時間:126分

3.4

あらすじ

「二重生活」に投稿された感想・評価

あまり語りたくない映画。
感じたことを自分だけのものに、しておきたい。
ソフィ・カル 『本当の話』
「貴方にとって私はなんだったのか、私は永遠に知らない」

全てが尾行遂行者の目線で語られるわけでもない、新感覚なわけでもない。
つまらないサラリーマンがしょうもない不倫をする様子をただ追うだけで真新しいものは何もない。そしてそれを人は満たされない存在だから仕方ないんだと肯定し始める眼差しもどうしようもない。

ハネケの隠された記憶っぽいショットもどうしても陳腐に見えてしまう。
全てを説明してないので観た後にも色々考察の余地がある映画。
中々良かった。
miki

mikiの感想・評価

3.0
初日舞台挨拶へ行ってきた。
門脇麦ちゃんの声が聞きやすくて好き…
Imari

Imariの感想・評価

3.3
面白かった。
哲学的尾行。なんだか難しいのかなって思ってたけど、案外理解できた。人間誰しも二重生活を送ってるんだろうなと思った。カメラワークも演出も独特な感じ。ラストシーンは意味深。
いつ尾行が気付かれるかハラハラしながら観ていました。
論文の為とはいえ、人を尾行する神経が分からない。

それにしても間近で見たキャストの皆さんは素敵でした。
二重生活を四字の熟語で表現すると
門脇さんは「多人観欲」たくさんの方に観て欲しい。

長谷川さんは「超門脇麦」門脇麦さんがたくさん詰まっているという事でしょうか?

管田さんは「良寝真下」撮影でも良く寝たというくらいにリラックスしていたとの事らしい。

フランキーさんは「今到不解」到着したばかりの時にいきなり四字の熟語と言われて、理解不能だったとの事。
クソほどつまらない映画。
尾行の見せ方が下手くそすぎて萎える。
石坂を尾行する珠を更に尾行しているような、それでいて珠自身になっているような気分になる作品。それは尾行を通して珠が対象者にのめり込んでいったのと同じ事を、観客たる私も体験していたからなんだろうな。

特に、それまで観察者だった珠が石坂から見られる立場になる追い駆けっこシーンでは、彼女と一緒に焦り怯えた。他人の目を意識していない状態も含めて、ある人間の行動を一方的に覗けるという意味では、映画やドラマって尾行に近いのかもなあ。

個人的に長谷川博己さんの芝居掛かった感じが他の演者さんから浮いている気がした
アメブロを更新しました。 『「二重生活」誰もが一人の自分で無く、いくつもの面を持って生活している。』
⇒https://twitter.com/yukigame/status/745644262885253120
emily

emilyの感想・評価

4.0
大学院の哲学科に通うタマは、教授から「哲学的尾行」を勧められ、近所に住む石坂を尾行し始める。一軒家に娘と妻と暮らす、一見幸せそうに見える石坂の裏の顔を見る事になる。タマ自身は恋人に気を使いながら、見かけは円満な日々を送っていた。石坂の秘密の部分が明らかになっていくと、どんどん感情移入していく。

小池真理子の原作をもとに大胆に脚色された、ジャンルを超え独特の世界観を奏でる作品。

主人公タマ(門脇麦)の尾行の目と同じ角度で、まるでドキュメンタリーのようなカメラワークに、観客も同じように尾行してる気分を味わえる。もちろんその目には感情ものってくるし、揺れるカメラに心情の揺れを感じられる。

理由なき尾行が、対象のもう一つの顔を見る事で、のめり込んで行く。客観的な尾行のはずが、気づいたら感情移入しており、尾行の対象が咄嗟の判断で変わったり、やたら近寄り過ぎたり、そこに感情が交わり、尾行に楽しみを覚えてくるのは、観客も同じなのだ。

対象にバレてしまったとき、石坂の取る行動は、全てを見られた恥ずかしさより、それによる開放的な自分を出せる方が強い。タマとお酒を飲んで、野獣のように激しく求め合う姿は本来の人間の有り様のぶつかり合いである。

尾行相手が教授に変わると、さらに物語は深さを増してくる。本来の自分と、舞台で演じる自分、それから妻役を演じる、という三重生活により、本当の自分がどれなのか、それ自体も演技なのか、観客を翻弄してくる。

誰しもが自分を演じる俳優である。尾行されるときに見えるのは、偽りのない自分の姿だ。人のそれを見るのは楽しいだけでなく、そこに共感と自分自身を見るのだ。誰にでもある建前ではなく、本音の自分。そうして自分自身も誰かに見張られているということ。

観客が石坂を尾行するタマを監視しているように。映画の中の監視カメラも監視の層に深みをもたせ、よりリアルに世界の複雑さを物語っている。
そうやって大きなものに監視され、見張られているのだ。

何重もの自分を演じることで、人と繋がり、一瞬の温もりを求め生きている。苦しみや悲しみが多い世界だからこそ、その一瞬に価値を見出せるのだ。