アクト・オブ・キリング オリジナル全長版の作品情報・感想・評価

アクト・オブ・キリング オリジナル全長版2012年製作の映画)

The Act of Killing

製作国:

上映時間:166分

3.9

「アクト・オブ・キリング オリジナル全長版」に投稿された感想・評価

まずは、この映画の舞台となるインドネシアの現代史をざっくりと…

第二次世界戦後、オランダ領にあったインドネシアをスカルノが国家としての独立を達成し、同国の初代大統領となる。
しかし、革命によって生み出された軍部が独立した形で残され、かつての日本のように、徐々にその力を増大させていく。
1960年代初頭、軍部の暴走を恐れたスカルノは労働者層、つまり組合や共産主義者を取り込み、それを支持基盤とする政策に打ってでる。
事件が起きたのは1965年9月30日、深夜。
6人の陸軍の高級将校が政権転覆を図っいるとして大統領親衛隊長率いる部隊に殺される。
6人の高級将校を失った陸軍を掌握したのは7番目の地位に甘んじていたスハルト少将だった(スカルノのとスハルトと、字ズラが似ていてややこしいが…)。

軍部は6人の将校が共産主義の思想の下クーデターを企てた、と公式発表すると共に共産主義者狩りを始める。
矛先は共産主義者を取り込んだスカルノ大統領にも及び彼は亡命を余儀なくされる。
その際、命からがらスカルノに付き添い国を出た者の中に第三夫人、デヴィ・スカルノの姿もあった。
この”9月30日の政変”はインドネシアの赤化を懸念した米英がスハルトと組んで仕掛けたカウンタークーデターとして今現在のコンセンサスとして位置付けられている。

スハルトが行なった共産主義者狩りは酸鼻を極め、貧乏というだけでアカだ、と殺された者、中国人というだけで殺された華僑…
とにかく、何でもかんでも見境なく虐殺しまくったのである。
その数は100万人とも200万人とも言われている…

…アメリカのドキュメンタリー作家、ジョシュア・オッペンハイマーはこのナチスによるホロコーストに匹敵するジェノサイドを世に知らしめるべく映画製作にとりかかります。
まずは被害者である、共産主義者のレッテルを貼られた生き残りの人々に取材を申し入れるが、未だ右派独裁政権が支配するこの国で発言をすることは危険極まる行為であり、誰もが口をつぐむなか、途方に暮れたオッペンハイマーはある逆転の発想を思い立つんですね。
そう、被害者ではなく、なんと当時の加害者を取材するというのです。
彼らは嬉々として当時の武勇伝を語り出します。
1000人以上殺したというおじいちゃん。人懐っこい物腰の好々爺然としたこのおじいちゃん、孫がアヒルの子を虐めているのを見て「生き物は大切にしなきゃいけないよ」と優しくたしなめているその同じ口で「人間を効率良く殺すには針金を使うのさ、こういう風にな。」と実演までしてくれる。

一体これはなんなんだ[m:75]

日常の裂け目から突如として現れる全く次元を異にするもの。それは初めて「ゆきゆきて神軍」を観たときの感覚と同質のものだ。
シュールとしか言いようのない居心地の悪さと衝撃。
このアン・ワルという名のおじいちゃん曰く、せっかく撮影隊がきているんだから当時の”英雄行為”を映画製作という形で再現してみないか、と提案する。
手作りのセットを組み、俳優気取りで拷問場面を演じる彼らの奇っ怪さは桁外れだ。見るに堪えないを超えてある種、感動すら覚えてしまう。

ロールプレイという心理療法がある。与えられた役割を演じることによって物事への客観性を高め、自分では気付かなかった課題や問題点を掘り起こし、新しい自己の発見を目的とするものだ。
オッペンハイマー監督が多くの面接を経てアン・ワル(写真:孫に囲まれている真ん中でにこやかに笑ってる人)というこの好々爺を主軸に据えたのは慧眼と言えるだろう。
この映画では”悪”の諸相が重層的に各々の登場人物のパーソナルによって描き尽くされていくが、アン・ワルにはそのどれにも属さないある種の”糊代”が垣間見られたのだと思う。
当時の状況を追体験することで図らずもロールプレイ療法を施されてしまった彼は、徐々に徐々にその立ち振る舞いが微妙に変わっていく。
そして”拷問される側”を演じた時、何かが音を立てて崩れ落ちる音を俺は張り詰めた画面の中で確かに聞いた。

後は是非、この映画を観て確認して頂きたい。この衝撃を表現する言葉を俺は知らない。
彼は今、地獄の門を開き、そこに足を一歩踏み入れた。絶望というだけでは足りない”何か”。
しかし、それこそが暗闇の中に微かに微かに、微かに残された人間の尊厳なのだ。究極の絶望の中にしか見いだせない希望。あまりにも悲しすぎるではないか。

「アクト・オブ・キリング」は切り口がまだまだある多層的な構造を持つ作品ですが今回はテーマを一つに絞って書きました。
どれほどのポテンシャルをはらんだ作品かは、一度、観て頂ければ納得されることと思います。

追記:当時、日本政府はスハルトに政治的に(具体的には金銭的に)支援していた。その時政権を取っていた佐藤栄作は後にノーベル平和賞を授与される。