カブールのツバメの作品情報・感想・評価・動画配信

「カブールのツバメ」に投稿された感想・評価

KOUSAKA

KOUSAKAの感想・評価

4.0
2021年2月28日、ユーロスペース。『映画批評月間 フランス映画の現在』という企画上映にて鑑賞。

「フランス産アニメにハズレなし」という確信をもって臨みましたが、期待通りの傑作でした。

タリバン勢力の支配下にあったアフガニスタンのカブールが舞台という意味では、アイルランドのアニメーション・スタジオ、カートゥーン・サルーン設立メンバーのノラ・トゥーミー監督の傑作アニメ『ブレッドウィナー』と通じるものがありました。

時代設定が『ブレッドウィナー』は2001年アメリカ同時多発テロ後、今作は1998年でテロ前という違いはあるものの、両作通じて一貫してるのは、とにかくタリバンが怖い・・😱

自分たちと意見を異にする人が現れたら、すぐに銃殺したり公開処刑したりするし、とにかく悪辣でひどい。対「西洋」、対「アメリカ」という主張は痛いほど分かりますが、その思想が先鋭化された結果、その攻撃性が内側に向けて暴走してしまうサマは本当に恐ろしいです。

そんな圧政の中でモノ申すことは、まさに命がけ。それでも自分の国を良くしたい、未来をより良きものにしたいと願う人たちの、強い思いとその行動には、心を打たれずにはいられませんでした😭

顔が完全に隠れるブルカだからこそのトリックを使ったスリリングなシーンなど、映画的な面白さも加わって、社会性やヒューマニズムとの黄金比バランスが完璧な傑作です‼️
タリバン政権下のカブール

ツバメが象徴としているものは一体、、、、、?
難しかった、、、、、
alek

alekの感想・評価

4.0
タリバン政権下のアフガニスタンで起きる悲劇だけど、愛を巡る物語でもあり、ある意味とてもよくあるフランス映画でした。
ソフトタッチの絵と起きている事象のギャップに心を抉られる。
絶望の中で見つけた希望を、守り抜こうとする人たちに心打たれる。
だい

だいの感想・評価

3.5
その場に留まっていればただ撃ち殺されるだけのツバメ。
自由を手に入れる能力が備わっているのに、ね。


宗教という名の下に上官が部下を虐げ、
宗教という名の下に男が女を虐げる。
いったい何のための宗教?

まあ、
男の上官のためなのかな。

支配のために宗教を利用し、
支配を耐えるために宗教に縋る。
デフレスパイラルやん。


「子供たちに正しい歴史を教えたい」

囚人に石を投げて喜び、
これから死刑が行われるグラウンドでサッカーをして楽しみ、
そんな子供たちが大人になるアフガンの未来。

ツバメが留まる理由も、
ないわけではないのだ。
Kae

Kaeの感想・評価

3.5
タリバン政権下のアフガニスタンが舞台。

柔らかいタッチで描かれる、悲しすぎる物語
何か不都合なことがあれば殺して解決するなんて悲しいです。

イスラムの女性がヴェールで体を覆う服装は、
神秘的でもあるけど、女性は何も主張しちゃダメですよって言われてるみたいだから怖い。
mugcup

mugcupの感想・評価

5.0

あぁ、苦しい。
お金もなく言葉も知らない人達が
この国を出てどこで暮らせるというのだろう。

そんな事も分からない私には
この国がおかしいだなんて
言う資格はない。

せめて、目を背けずに見ることしか。
亘

亘の感想・評価

3.8
【自由のない燕たち】
タリバン政権下のアフガニスタン・カブール。圧政の下町は活気を失い人々は自由を失っていた。若い夫婦、モフセンとズナイラは苦しい中でも未来に希望を持っていた。そんなある日2人の喧嘩から悲劇が起こる。そして希望を見失っていた刑務所の看守アティクを巻き込みさらなる悲劇を呼ぶ。

珍しいアフガニスタンを舞台にしたアニメーション作品。絵はペタッとした水彩画タッチでリアル感は少ないし描くものも少なめ。でもだからこそストーリーに集中できるし、リアル感少なめの絵だからこそ見られる内容だろう。特に石打の刑のシーンはアニメーションだからこそのシーン。それから本作はアフガニスタンの人々の暮らしやタリバンの支配について知ることができる貴重な作品。女性のチャドリは中東諸国のチャドル以上に身動きがとりにくそうだし、タリバン側にチャドリを着た女性が銃を持っていることは新たな発見だった。

カブールはタリバン政権に支配されてから一変した。街の片隅に座る老人が思い出すのは、カブールがもっと自由だった時代。街中には活気があり劇場はにぎわっていた。そして女性も出歩けて人々は歌ったりもしていた。しかし今では爆撃で建物は崩れ去り、活気は失われた。そして何より人々の自由が失われた。女性は外ではチャドリを着なければならず自由に出歩けなくなった。演劇や映画は禁止されて娯楽の代わりとなったのが公開処刑。市民に石打に加担させたり処刑を見せたりするのだ。水彩画の柔らかい雰囲気とは正反対の世界である。

モフセンとズナイラは、そんな中でも将来に希望をもって暮らしていた。彼らは大学で教育を受けていたために自由な発想をもっていた。特にモフセンは地下で自由教育を行うことを考えていたし、ズナイラもそんなモフセンを応援するつもりでいた。しかし2人の生活はある日変わってしまう。2人で外出した日、モフセンはチャドリ越しにズナイラにちょっかいを出す。それがタリバンの男たちに見つかりズナイラは罰を受ける。「すべての男が憎い」と苛立つズナイラは、ついモフセンを突き飛ばしてしまうのだ。

一方刑務所の看守アティクは、希望を失っていた。タリバン政権下の娯楽のない日常で、妻は病で余命が短く、自信は刑務所の前で見張りをするだけ。何の変りもない生活で勤務態度も良くなかった。そんな彼に転機が訪れる。死刑囚ズナイラが刑務所にやってくるのだ。初めはズナイラを好奇の目で見ていたが、ズナイラを逃がすために奔走することになる。
アティクの心変わりは、タリバン幹部たちの実情を見たことが原因だろう。市民を厳しく弾圧し男女関係には厳しい一方で、自分たちは女性たちと遊んでいる。さらにはズナイラの処刑を娯楽として市民のガス抜き程度にしか考えていないのだ。

アティクの奔走はいつしか妻を巻き込むことになる。余命わずかな妻が自らを差し出そうとする姿も心が痛むが、妻がアティクにかける言葉にも諦念が感じられて切ない。それにアティクは妻のことをそれほど気にかけていなかった様子なのに、作戦実行の日トラックに乗せられてからは妻ばかり見ている。それまで希望を持ってなかったアティクはズナイラ救出という希望を見つけた。しかし身近な大切な人を見失っていたのだ。

そして処刑シーン。アティクが妻の後を追うのは、それまで没交渉だった夫婦が最後にして関係修復したようで悲しい皮肉。それとは対照的に空に飛ぶ燕たちは希望を示していた。ズナイラはどうにかこの後も逃げ延びてほしいと願わずにはいられない。

印象に残ったシーン:アティクが妻を見つめるシーン。燕が飛ぶシーン。
汐

汐の感想・評価

3.5
青い死装束
光の表現すき。子供も一緒になって石を投げていたのがなんとも…ああいう事が日常になってるのかな。
ん…,,゚Д゚)🗯んNO——ゥッ!!!!💦✨タリバンの思想≠国民の総意。🕌イスラム教を誤解しちゃダメ…でも。大きな隔たりを感じまつ(正解もない⤵️✨🇫🇷仏製作(劇中もフランス語💬)📽✨🎨水彩画風の作画と相まり🇦🇫アフガニスタンを描いた作品としては非常に取っ付きやすしきよし👬🏻(※個人の意見でつ✨きっと忘れない一作

【🇫🇷 カンヌ映画祭(ある視点作品賞)など各賞各部門6ノミネート】
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