絞死刑の作品情報・感想・評価・動画配信

「絞死刑」に投稿された感想・評価

KSat

KSatの感想・評価

3.1
川喜多映画記念館にて鑑賞。

絞首刑にされても死ななかった在日朝鮮人の青年「R」を巡り、執行に係わった人々が右往左往するコメディ。大島渚の中では面白い方だと思う。

息を吹き返したものの記憶を失ったRに対し、渡辺文雄演じる教育部長をはじめとする大人達は彼の犯行や家庭の様子を再現して見せる。彼らの在日朝鮮人に対する偏見の塊みたいな茶番が延々と続き、とにかく滑稽。今の時代じゃ確実にアウトだろう。

ここまでは完全に舞台のようなノリだが、途中、いきなり街に出てからはかなり面白い。Rの記憶を呼び戻すため、新小岩をはじめとする各所を大勢でまわり、ついに犯行を「再現」してしまう。この無茶苦茶ぶりはなかなか凄い。

しかし、舞台が再び刑場に戻り、小山明子演じるチョゴリを着た「Rの姉」が現れたあたりからちょっと微妙。小山明子がまんま旦那の主張を代弁してる感じで叫び、一気に左翼映画に。

見える者と見えない者がいて実在するのかどうかわからない小山明子の登場から、徐々に、実はRを死刑にしようとする「国家」自体が可視化できず、実在するか怪しいのではないか、という議論に持ち込まれていく。

映画という「可視化」された表現を通して、可視/不可視という観点から国家を考察するという試みはわかるんだけど、日の丸をバックに延々と切り返しが続くのはさすがにしつこすぎる。

面白い部分もあったけど、最終的には映画としての表現追究より思想が勝りすぎている印象。京大出でガリ勉なのはわかるけど、大島は頭を使いすぎ。

あと、朝鮮系の苗字「李」は、RiでもReeでもなく、Leeだから、RじゃなくてLだよね。
R君は死刑執行で死なず、動揺する刑務官たち。
冒頭は死刑に関する真面目な解説映画かと思わせて、ブラックコメディ。

死刑は意識がある上で行われないといけない。
R君は目を覚ますが、自分がR君であることを忘れている。
R君がR君だと意識しないと死刑をもう一度執行できない。
R君が自分を思い出すまで、刑務官たちが必死に事件の再現を行っていく。
テンポよく面白いが、映像を見なくでも音声だけで十分なくらいしゃべり倒していて、演劇コント的な面白さだった。
これ見る日の午前中にちょうど池田晶子のエッセイを読んでいたから、かなりタイムリーなテーマがたくさん入っていた。

教誨師さん(キス魔)を筆頭に演技がちょっとオーバーすぎたから「これ最後までみれるかな・・・」と思ったけど、それが狙いとわかってからは全然問題なかった。こんなこというと怒られるかもしれないけど、ここ「カメ止め」を初めてみたときの感じと一緒だった笑笑

それが同一性の問題から始まり、法の射程範囲まで問題が発展した時にはもう釘付けになっちゃってた。教誨師さんがRの同一性を否定するために「Rじゃない君」とかいう面倒な三人称で話しかけたあとも「君」っていう二人称は使えるのがなんか面白いなと思った。Rではないが君であるところの君って結局は誰なの?という。社会的な、情報としての自己はあくまでも時間的連続性や外見という足場のない合意に基づいているので、それが一度崩れてしまうと、その懐疑はどこまでも底へ落ちていって最終的には「我思うゆえに我あり」としか言えない所にまで辿り着く。
しかもその上にさらに荘子の胡蝶の夢の理論を乗せてくるものだから、ますます自己というものの寄る辺なさが明らかになる。もちろん経験的世界から見れば「そんなのずるいじゃん」って話になるし、全員がその理論を振り回したら一瞬で社会が崩壊するんだけど、それが逆説的に社会的な合意という共同幻想がいかに絶妙なバランスで、見えない足場の上に立っているかを浮き彫りにしてる。

大日本帝国の功罪と民族差別、官僚主義への批判、殺人の是非を経て最終的には「国家」という目に見えないがココにある存在と、国家による殺人がどういう意図で誰の手によって執行されているのか、という所まで切り込んでくるのはすごい。
最後の検事さんのセリフとそのあとの感謝の最後のセリフのところで背筋がゾッとした。「皆さんもありがとうございました。」の意味は2020年現在でも未だ当時のままなんだよなぁ

Rが最後に供述した「想像を現実に近づけるために犯罪をした」という供述って、実は死刑が持っている「犯罪という想像を現実に近づけるために執行する」と根本的には同じなのではないだろうか。国家という幻想、法律や犯罪という幻想に経験的な事実を与えることで現実世界のものとする。そうしないと、社会が壊れてしまうから
映画男

映画男の感想・評価

2.0
処刑された囚人の心肺が停止せず、心神喪失、そこから囚人(朝鮮人)に罪の意識を思い出させるために警官たちがあれこれ策を講ずるという設定は面白いがそこから先のコントじみた芝居劇は甚だつまらない、虚しさすら感じた。大袈裟に誇張した芝居をあえて演じることで権力者や国家の犬のアホらしさをうまく皮肉しているかもしれないがそれよりもそんなあからさまな手法で死刑廃止論に一石を投ずる大島のやりかたに憤りを感じる。映画として面白くないし大島渚らしくない。無論それはおれの見方に過ぎない、主観的な意見であるのだが。なんせこの映画、海外でも映画人たちにはすこぶる人気の作品だから。とはいえ理詰めで考える悪くいえば頭でっかちな大島渚にエルンスト・ルビッチみたいなブラックコメディは撮れるわけがない。
遠藤

遠藤の感想・評価

4.0
「RはRになることを試みる」

大島渚による死刑を介した国家への挑発と諦念。手に汗握る緊迫した死刑場が一転、茶番劇場と化す。ほぼ一室でなされるその茶番劇では死刑見届人がまるで何かに操られるかのように立ち代わり動き、喋る。そして、様々なメタファーを含む場面が映し出される。
初大島渚。実況聞いてるかのようなとにかく喋りまくる登場人物たち、もはや映像いらないのではとたまに思うシーンもあったけど、後半すごい考えさせられるというか不思議な話になっていって面白かった。死刑制度から在日朝鮮人問題、犯罪心理までこんなにコメディで描けるのすごい。
ジャケットの感じと違ってブラックコメディ調で楽しい。わいわいギャグ漫画みたいに進んでいくが、重いテーマが徐々に突きつけられてきて、じわじわ首を絞められるような気持ちに。
国家、とはなんだろう。
国家というものに殺された革命家たちも犯罪者としてたくさんいたよね、国家に個人は立ち向かえない仕組みなんだよなぁとか色々考えてしまう。死刑について深く考えたことなかったなぁ。
Hiromasa

Hiromasaの感想・評価

3.0
たまたま昨日友達から「黒沢清ってどこが面白いの?」と訊かれていろいろ考えていたが、この『絞死刑』は『散歩する侵略者』に影響を与えた作品じゃないかと思った。要するにRは宇宙人であり、その周りで実は言語化できない「概念」が空回りするというコメディだと思う。ただそうなると、Rの独白を「真実」であるかのように見せかける結末はつまらないんじゃないかと思った。
あきた

あきたの感想・評価

2.9
Rのカメラ目線が怖いと思うのは、死刑制度に向き合ったことがないから
masa

masaの感想・評価

3.8
最初の入りは、死刑場の中をリアルにナレーションし、これからどんなに重い展開が待っているのかとブルーになったが、その後ガラッと変わり可笑しい展開を盛り込み笑わせてくれた。

タイトルやジャケの感じ、取り上げているテーマはシリアスで重い感じだが、意外とコミカルであった。

1958年の小松川事件がモデル。
在日朝鮮人死刑囚"R"は強姦致死等の罪で絞首刑に処せられた。
しかし信じられないことに絞縄にぶら下がったRの脈はいつまで経っても停止せず、処刑は失敗する。
縄を解かれたRは刑務官たちの努力の末に漸く意識を取り戻すが、処刑の衝撃で記憶を失い心神喪失となってしまっていた。
刑事訴訟法により、刑の言い渡しを受けた者が心神喪失状態にあるときには執行を停止しなければならない。
刑務官たちは再執行のために彼に記憶と罪の意識を取り戻させようと躍起になるが…

忠実に再現したという死刑場はなんともリアル。
タブーの死刑制度の問題や在日朝鮮人差別の問題、貧困を背景とした犯罪を取り上げ、観ているもの心に問いかける。

これが実際に起きた事件だと思うと、ほんと驚愕。これだけの題材を見事にエンターテイメントに仕上げている。見事としか言えない。
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