日本の夜と霧の作品情報・感想・評価

「日本の夜と霧」に投稿された感想・評価

津川雅彦の追悼の意味も込め、最近改めて見てみようと思っていたこの作品を見た。

出番としては津川雅彦よりも渡辺文雄とか戸浦六宏の方が多かったけれども、顔が整っているおかげかイケメンとして一番印象に残った。

作品自体も、台詞の間違いや少しのつっかえを気にせずに長回しで撮る演出は、ちょっと自然主義が過剰にも思えたところもあったけど面白い場面も多かったし(佐藤慶が終盤思わず「体質改善」を「タイゼン」と略してしまった後の表情とか)、リアリズムを履き違えていると半ば唾棄した初回の鑑賞時よりは少なくとも好意的な心持ちで楽しめた。

その上この作品の長回しは前後で照明を演劇のように暗くして繋ぎを滑らかにする工夫がなされていて、それによりヒッチコックのロープのような質感が齎されていた点は中々斬新で面白かった。

安保闘争に関する話は今となっては他人事のようにしか聞こえなかったけど、そんな遠い題材でも十分面白いと思えたということは大島渚の演出や語り口が優れていたという証だったのだろう。
まじでこの時代に生きてたら頭おかしくなってたと思う。理詰めで人を追い詰めることが進歩なのか。
noir

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人物の動きやカメラワークは勿論、台詞を噛むことさえも、この長回しの最中にはリズム取りに思える。ただ、よく見かける「リアルさ」は感じなかったな。台詞、棒読みな上に噛むんだから。

安保闘争時の話だから、時代性を把握してないとなかなか理解し難い内容だったけど、台詞回しとかいかにもって感じで私は好き。
otom

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4.8
久々の鑑賞。追悼 津川雅彦って事で安保闘争に従事する役どころの作品を敢えてチョイスしてみる。表面的には晴れやかな披露宴会場を帰りの会化させる、デモ帰りの起爆男こと津川と若き日の大島組の面々。蓋を開けてみればどいつもこいつもあー言えばこー言う状態で世にも見事な内ゲバ見本市となる。理想実現の為の道筋を誤った末の若者たちの空虚さたるや、暴き立てるのも可哀想な気もしなくはない。うっすら思うのはアレだな、周囲中を敵認定しまくるよりはピースフルなヴァイブスに身を任せたり距離を置く、ある意味麻痺的な状況こそが幸せなのかもしれん。とりあえずお前らは居残りで演技について自己批判せよって感じ。傑作。
羊男

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記録。二週間で撮影して、公開四日で打ち切りで松竹を辞めたという長回し安保映画。エンタメ感覚で観たらただ退屈なだけだった…
liverbird

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3.7
ショット数少ない!!1つのテイクがかなり長くて緊張感がすごい!
結婚式を舞台に、安保闘争をディスカッションするこの映画、理解し難い映画である。

この映画が製作された1960年には小生生まれていない。
こうした政治性の色濃い映画は、当時の時代背景を良く知っていない限り、理解できないのではないだろうか? 
少なくとも、自分には判らない作品だった。

2013年に大島渚監督が亡くなった時に、この映画を振り返った出演者でさえ「出演していた僕たちはド素人であり、セリフの意味も判らず、台本を棒読みであった。
そのため、長回しされていることもあって、セリフにつまったりする俳優もいたが、カメラは止まらず、セリフにつっかえた事が逆にリアリティが出たのかもしれない」と語っており、この映画を理解せずに出演した俳優陣の苦労が窺える談話である。 

したがって、この映画は、1960年当時にリアルタイムで観て、その時代背景を照らし合わせて観ない限りは、理解できたとは言ってはならない作品のように思える。 

自分は、理解し難い映画を判ったふりは出来ない。 
(したがって、評価点数は付けられない。)
ただでさえ大島渚苦手なのに内容にも興味がなかったので地獄
でもいつかレポで言及する日が来るのかもな
アホみたいにかっこいい

俺もこんな時代に生まれて、日本(友人)のために死にたかった


たしかに松竹ヌーヴェルヴァーグという名前は(ニューシネマのルール的に言うと)正式には間違っているが、
名前負けしないくらい物凄いことをやっている

今、この勢いはもう、舞台にしか残っていないような気がする
舞台よ、映画に力を与え給え

今こそヌーヴェルヴァーグという名前を抱えて戦う時が来た
KSat

KSatの感想・評価

2.9
結婚披露宴に政治を持ち込むんじゃねえよバカ野郎、と思わずブチ切れたくなるようなバカバカしい内容。

舞台劇さながらの場面転換や台詞回し、披露宴会場の中と外とを出入りするキャメラ、スコープサイズでパンされて映し出される顔の連続といった、実験的なやり方は最初のうちは面白く、「青春残酷物語」なんかよりよっぽどヌーヴェルヴァーグだな、と思った。

しかし、中盤以降からはもう、説教臭い学生運動下での決別や、やったやらないの暴露大会の噺が延々と続き、ただただ退屈。
しかも、即興演技だか早撮りだか知らんが、役者が台詞を噛んだり言い直したりしているのをいっこうに構わずキャメラが追う、というのを延々とやってるだけなのだ。

特に、津川雅彦が酷い。それにしても、この人はこんな映画に出てるのに最近だとバリバリ右の人だから、わからないものだ。
松竹が上映を打ち切ったのは、政治的な圧力のせいでなく、単純につまらないからでは?