BLUE ブルーの作品情報・感想・評価・動画配信

「BLUE ブルー」に投稿された感想・評価

SOU

SOUの感想・評価

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これを映画館で観た人は一生忘れない体験をしたと思う。一緒に誰かと見るとまた不思議な体験。
字幕無しだと一層凄い。
とあるテレビ番組で話題に上がったとのことで。

画面が全編青一色ってことで最早映画じゃないやんという気持ちが強いし、英語わかんなくて字幕無しだと言ってることも理解できないだろと思いつつ、音楽と言葉のリズム感のおかげで結構飽きずに見ていられるのが不思議。

でもこれを遺作にするって、デレク・ジャーマンは最期まで実験映画の監督だったのだなと感服。
映画館で偶然居合わせた人たちとこの時間を共有するのは面白い体験だろーな
かつ

かつの感想・評価

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このレビューはネタバレを含みます

待つという行為について考えた。能動的に待つことは可能なのだろうか。そもそも待つということは行為なのか?私たちはこの青の前で待ち続けてしまう。そこに目的は伴わない。私たちが待つのは青以外の何かが映ることでもこの映画が終わることでもない(もちろん部分的にはそうだけど)。ミクロに捉えればゆっくりと語句毎に区切られる次のワードを私たちは待っている。しかしそれ以上に、ただ漠然と、何も待っていないことによってこそ、待つという行為は完成されたのだと思った。
何か言ってるようで何も言ってません。
コンセプトを見せる作品であって、映画として観たら「あれ?映像は?故障?」が75分続く(笑)
しを

しをの感想・評価

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即興のライブを観てこれ観たの思い出した 内容ぜんぜん覚えてないけどね
Red

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3.5
退屈と決めて掛かったのだけれど思いの外良かった。詩的で雄弁な言葉はイメージを換気させブルーの中にとりどりの色を見つける。盲目体験的な側面は、塗りたくった青ではなく見ている世界へと変化して閉塞的な孤独と不思議な安心感を与える。終盤の言葉がとりわけ心に染み、音とイメージに連れられ迎えた終幕は確かに映画を感じさせるものだった。
mtmt

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3.7
デレク・ジャーマン監督の遺作。製作時、監督はエイズによりほぼ盲目だったとの事。青一色のスクリーンに監督による散文朗読と盟友ターナーの音楽のみで構成された作品。内容は青に対する思い、先に死んだ友の鎮魂、そして自己の死に対する洞察。映像派ジャーマン監督が視力を失った事により生まれた前衛映画。唸らされる。
山田

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5.0
もう何年も前の夏休み、大叔父の見舞いに長野の山奥の病院に行くと、昼間だというのにすでに受付は閉まっており電気もついておらず、病室にいる人々の生活音だけが遠くでかすかに響いていた。やせ細り黒目の輪郭がぼやけた大叔父が姉と私に、俺は死んでいくが今また母胎の中で漂っているような心地よい気分でいるのだと途切れ途切れに話した。彼の言葉に自分の死を重ねて想像したとき、自分でも戸惑うくらいの安堵感が胸に広がった。大叔父とはほとんど関わりがなかったので、そのあと彼が亡くなったとき特段悲しんだわけでもなく記憶も曖昧である。しかしふとした瞬間に当時の、自分の呼吸の音すらうるさく感じるほどの病院の閑さや陽に照らされて煌めく大叔父をぐるぐる巻きにしていた大量のチューブのことを思い出す。たとえばこんな映画を観たときに
噂には聞いていたけれど、始めから終わりまで、本当に青一色でびっくり。
観たVHSには字幕がなかったので、正真正銘のブルーだった。



「青よ、出よ」
「青よ、湧き起これ」
「青よ、立ち昇れ」
「青よ、満ちよ」
目に見える動きはないが、青はただ静かにそこにあるだけではない。

青い思索は、ときに楽園の穏やかさ、ときに異国のあやしさ、ときにディスコの騒がしさを、自在に散策する。
「ブルーには限界も解答も存在しない」

病で失われゆく視覚。
「ブルーは目に見える闇の色」
冷たく死が迫る。
「ぼくらは床を磨き
洗い物をした
いつ終末が訪れてもいいように」

それでも。
最後にたどり着いた、青い海。
すべてをあきらめ、やがて行き果てるのではない。
「静まりかえった海の底に
ぼくらは横たわる」
ブルーは、新しく懐かしい夢を見せるゆりかごの豊かさだ。



静かな夜に観たくなる映画だった。
部屋の片隅で、静かに息をしていていい時間。聴こえるように息をしなくていい時間。

北図書館にて鑑賞。
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