群衆の作品情報・感想・評価・動画配信

「群衆」に投稿された感想・評価

「死ぬほどのことなら生きてやり直して」

邦題も原題と同じ『ジョン・ドゥー』でいいのに。
『スミス都へ行く』『素晴らしき哉人生』と同じ。
中盤がデビッド・フィンチャー『マンク』の元ネタかと思うくらい似てた。
傑作『スミス都へ行く』の次にスミスと同じ政治テーマを別視点で捉えた、スミスと同じ破壊力を持った傑作。邦題を『ジョンみんなに会う』とかじゃなく『群衆』と強調したことでより際どく複雑な作品になってると感じる。国民をなめるなバカにするなという言葉はよく見聞きするけど、悪党権力者というのは群衆の釣られやすい性質をよく解ってるはずで、実際群れてるだけの衆だとバカにされても仕方ない。それでも群衆の可能性を示して終わるあたりはフランク・キャプラの厳しさと優しさ。つまり祈り。ビシッと政治映画なのにちゃんと娯楽作なハリウッド伝統芸の源流はこの辺か?バカ政治家の生みの親はバカ国民なのだとビシッと受け止め、まずバカ俺から改めるしかないな、うわ果てしないなと思った次第。
To34

To34の感想・評価

3.8
政治家と民衆。
映画を通してフランク・キャプラ監督が伝えたいメッセージがなんだったのか、この作品を見たらよく分かる。
ラストにノートン社長へ放った男性の台詞に全てが込められてる。
隣人を愛することが出来たら、その気持ちが世界中の人たちの中に育まれれば苦しむ人たちが少なくなる。ペイ・フォワードと思想的には似てるけどこの作品はかなり政治より。
メッシ

メッシの感想・評価

3.8
新聞記者が書いた記事の架空の人物に仕立て上げられた男の、全米を巻き込んだ運動。

一部の富裕層などに政治利用される一市民。貧富の差、搾取の構造などの社会問題が軸になっている点が今日の世界的な問題を予見しているかのようでとても80年近く前の映画に見えない。

80年経っても何一つ進歩していない、とも考えられるが。。

ジョンドウの理念は現代で例えるとSDGsにも似ていてタイムリーだし共感出来る。

ゲイリークーパーが珍しく不器用な男を演じているが、バッチリ合っている、
せっ

せっの感想・評価

4.0
今作は良い活動をしてる人を捏造してるけど、これってヒトラーとかトランプみたいなそういう大衆の不満を煽るような考えの人を編出すのにも有効で、そこが怖い。
john

johnの感想・評価

3.4
新聞に書かれていることが嘘だとしたら、何を信じていいかわからない。
群衆の心理を操ろうとする政治家の発言や新聞記事で思うように流されてはいけいない、というストーリーは面白い。
首の腹いせに書いた記事がこんな大事になるなんて、小さな事でもしていい事と悪い事がある。
ラストはもう一つの結末の方を見てみたかった。
「MEET JOHN DOE」こちらもなかなかいいタイトル。
かず

かずの感想・評価

2.7
嘘で始まった運動にマスコミや群衆がどんどん熱狂的になって爆発してしまうって話。

いや〜よくあるよな、こーゆうこと。政治でも宗教でも。
信じてたからこそ裏切られるとmad max😡になるよな〜。
JFK

JFKの感想・評価

4.3
トランプ敗退の大統領選挙を思い起こさせる。ある勢力とマスコミ、それに大衆が結びついた時、いい悪いに関わらず危険兆候

いつものキャプラものとは違うタッチだがマシンガントークのバーバラスタンウィクは綺麗だし、味のあるウォルターブレナンとのハーモニカや、エア野球も必見。
エドワードアーノルドの声も渋くてぴったりの役だった。

このレビューはネタバレを含みます

フランクキャプラ監督にハズレ無し。
 新聞社をクビになりかけたアン記者は、ジョンドー(名無しの権兵衛に近い名前)という失業者がいて、政治批判の目的でクリスマスイブに市庁舎から飛び降りるという手紙がとどいたというでっち上げの記事を載せる。すると、記事が世間の話題をよんだため、編集長は「こうなったらジョンドーを演じる男を今から雇い、クリスマスイブに自殺させよう」という計画をアン記者とたてて、ゲーリークーパー演じるウィラビーが多数の候補者から採用される。ウィラビーがアンの書いた原稿をラジオで読みあげ、世間はジョンドークラブを次々と立ち上げるというムーブメントにまでなってしまい、お互いを好きになり良心の呵責を感じ始めたアン記者とウィラビー、そして、エンディングは1万5千人もの群衆の前で「ジョンドーは偽物だ」という暴露記事がばら撒かれ、群衆は一転、それまで称賛していたジョンドーに罵声を浴びせ意思を投げてしまう、そして投身自殺を予言したクリスマスイブがやってくるのだが、、、という非常に群衆の狂気が凶器になることを昭和16年に描いた寓話的な映画。

このレビューはネタバレを含みます

(以下5/6に書いたものですが、のちに『群衆』という邦訳に疑問を持った結果、正反対の印象になりました。「note」にも書いてますhttps://note.com/mikoyokoyama/n/ncc0f6b1f4d0a 2021/5/17追記)

「抗議の人ジョン・ドー」は、新聞記者アンも、職探しで来たウィロビーも、もともとは彼らの生活のために作り上げた架空の人物。それでも、「隣人を愛せ」というメッセージは、人々のみならず仕組んだ本人たちも魅了していく。
その展開が素晴らしかっただけに、「嘘をついて人々を魅了した」という点が、丁寧に回収されなかったのには消化不良である。「大衆の力をなめるな」というセリフは、それはそうなのだが、怒ったままの人も多くいたはずなのに、それを無視している。「感動譚」にするために雑にしてしまったなぁ、という印象。
>|