アジアの嵐の作品情報・感想・評価

「アジアの嵐」に投稿された感想・評価

No.43[小さな嵐がやがて巨悪の大樹をなぎ倒すが如く] 48点

サイレント映画を期待したのだが、なぜかサウンド版を見ていた。サウンドありきで作られたわけではない映画をサウンド付きで見る時の感情ってこんな感じなのね。でも元はサイレントだから#SilentFilmOdysseyに入れとく。

1920年代のモンゴル。主人公アモゴランは病床に伏す父から銀狐の毛皮を預かり、それを市場に持っていったところ悪徳白人商人ヒューズに買い叩かれる。これにブチギレたアモゴランは騒ぎを起こして追われる身となり、山に逃れてソビエトのパルチザンと出会い参加する。やがてイギリス軍に捕えられたアモゴランはチンギス・ハンの末裔であると判明し、傀儡政権の長として迎えられるが、目の前でパルチザン時代の同志を殺されて蜂起を決意する。

最終的にはモンゴル人の民族自決を謳った作品であるのだが、アモゴランがブチギレるまでかなりの時間棒立ちしてるのは非常に気になるところ。外モンゴルのおける諸外国特にアメリカとイギリスの搾取を描いており、いかにもソビエト的な資本主義を悪とする主張も薄っすら見える。そして何よりも謎なのが、主人公の名前がサイレント版ではバイルなのにサウンド版ではアモゴランになっているということ。なんで?モンゴル詳しくないから誰か教えて。

クレショフ工房の一番弟子だったエイゼンシュテインと異なり、同じ門下生でもプドフキンはショットの積み重ねによって一貫性のある映像の持続性を目指すモンタージュ理論を構築していった。それは本作品でも兵士のモンタージュや蜂起及び嵐のモンタージュに現れている。ただ、本作品に限って見てみてれば三大巨匠と言われた残りのエイゼンシュテインとドヴジェンコより映像の迫力は劣っている。

結局の所、緊張感とエネルギーのないエイゼンシュテインという印象を受け、緊張感とエネルギーで画を保たせていたエイゼンシュテインからそれらを抜いたら何が残るのかという疑問に帰着する。だから全体として弛緩しきっており、凡作という評価を下さざるを得ない。

イギリス軍の偉い人がブチギレてる時に後光が指す&煙出るのいいね。もうその場面しか覚えてないわ。
chinechan

chinechanの感想・評価

4.5
いや~素晴らしい〇
モンゴルの草原と、なによりトライバルなラマ教の祭典が最高です。
お面をつけた人たちが踊って、周りを見たことない楽器を使う人々が囲む。

パパから譲り受けた一級品の銀狐の毛皮を英国人に市場で買い叩かれたモンゴル人が、怒ってパルチザンに入って抵抗したり、ひょんなことからチンギスハンの末裔として祀りあげられたりします。
白人による弾圧が結局民族解放運動を盛り上げてしまいます。

白人至上主義が強くて強くて。
あまりに白人万歳だったために、オリジナル版は英国にとって都合が悪く、50分近くカットされたようです。

1928年という時代にソ連で作られたと考えると、興味深いものがあります。
これは傑作‼
チンギス・ハンの子孫の主人公(劇中通して立ってるだけでほぼなにもしない)を傀儡政権として祭り上げる鬼畜米英。
ラスト、「偉大なる先祖の血を呼び起こせ‼」と巨大な文字で出る中間字幕と高速モンタージュのMixが熱すぎ!

中盤にラマ教の儀式のドキュメンタリー映画みたくなるのと、この時代の映画にしちゃあ手術シーンが生々しくてグロいのが良かった❗
セルゲイ・エイゼンシュテインは演者に素人を起用する事でプロパガンダを成立させた。プドフキンは演技重視から役者を起用したのだが……作品によっては、それが裏目に出る事もある。