恋の作品情報・感想・評価

「恋」に投稿された感想・評価

Takumi

Takumiの感想・評価

5.0
ジョセフ・ロージー71年作。上流階級のお屋敷にお呼ばれされた男の子レオが小作人の男とお屋敷の令嬢との間を仲介するという話。イングランド・ノーフォーク州のロケーションが素晴らしい。衣装、美術も凄い。まるで絵画のような、とはまさにこの事。英国田園物。根拠まるでなしだがネオアコ好きは必見。
序盤の階段のショットからしてヤバい。ラストは何故か西村昭五郎の『希望ヶ丘夫人』を思い出した。(子供が親のセックスを見てしまう場面がある。)
あととにかくアランベイツがクソイケメン。『恋する女たち』観たときよりも魅力的だった。
蹂躙

蹂躙の感想・評価

4.0
レオの感情が表情にあまり出ないからか、大人の社交に揉まれるシーンか友達にからかわれるシーンが多いからか、ほかの人が言うようなレオのトラウマを汲み取れなかった。なので、呪術のシーンや「die!」のシーンに飛躍を感じてしまった。まあ自分の読解力がないのだろう。「車輪の下」のうさぎかなんかをめった切りにする部分を思い出した。(あれには飛躍を感じないけど)

カメラワークがとにかく芸術的。ズームインアウト、JカットLカットが多くて新鮮だった。ずっとみていたい。
20170224
短いですが、後年の場面が業の深さを何倍にもしてて本当滅入っちゃいますね。老いてなお身勝手丸出し発言のJクリスティに対するMレッドグレイヴの微表情がつらい。
ninjiro

ninjiroの感想・評価

3.7
過去は異国に等しく、全てが今とは別物

ヴィクトリア朝時代の名残を残すノーフォークの広大な農地を地主として治めるモーズリー家は、保有するその莫大な資産により豪奢な邸宅に住み、幾人もの使用人を養い、傍目には疑いなく何不自由なく暮らす富裕層であるものの、満ち足りた環境が故に齎される倦怠の余りに未だ足りない僅かなものへの執着に取り憑かれた魔物たちである。
優雅にして他に呻吟するものなどないが故に、裏を返せば尚更にその闇は深い。
一家の一人娘マリオンは一家の所有する農地の小作人に過ぎない男・テッドの野生に執着し、母親は一家に足りない爵位に執着し、子爵・ヒューと娘マリオンの滞りない婚姻を願ってやまない。

物語の骨組み自体は「身分違いの許されぬ恋」という古来より使い古されたロマンティックなモチーフをベースとしているが、そこに一家の末っ子マーカスの友人として夏休みの間ゲストとして招かれた幼き主人公・レオがマリオンに恋心を抱き、その純真がそうした使い古しの物語がいよいよと進行して行く中で幾人もの大人の思惑に思うように利用され、ズタズタに切り刻まれる様子が交わることで、その印象は全く異質なものとなる。

物語上、本来優雅である筈の上流階級の日常は毎日が重苦しい倦怠の雲の下にあるように描かれ、一夏の短い期間にも毎朝のように「さて、では今日は何をしましょうか?」という暇潰しの模索から始まり、自分より身分の卑しい者に対してここぞとばかりに自らの空しき存在意義を顕示し、その排他的な本質を隠して寛容であろうとする滑稽な醜さが執拗に描かれる。

支配層に対しての皮肉だけではない。
被支配層に属するテッドも、レオがマリオンに対して抱く好意を明らかに認識しているにも関わらず、その好意を己の欲の為に徹底的に利用する。

全ての批判の矛先は、他者がその内心に抱く想いに対する無関心へと向けられている。

報われぬ恋とは当に呪いである。
あからさまな呪い、祈祷には予め捧ぐべき生贄や供物があるように、失うべくして失い、傷つくこと無くして得るものは無い。
それと知りつつ報われぬ恋をするものは、生涯に渡って未昇華の想いとの付き合いを強いられる。
本作で示される恋は、恋と呼ぶには余りにそれを抱く主観に施す手段なく、余りにその手札は汚れ過ぎた。
恋という感情に挑むにはある程度、勝てる見込みのあるカードが必要なのだ。
wkm

wkmの感想・評価

3.0
誕生日会のシーン。祝ってるはずの人々の佇まいが人形そのもので闇が深かった。乗れそうでいて乗れなかったのがなんなのか掴み切れてない。
憧れのジュリー・クリスティと追いかけっこして後ろから羽交い締めにされるもっとも甘美なシーンの後に訪れる悲劇と更に暗示される生涯に渡るトラウマ。一度メッセンジャーを断った際の豹変ぶりも含め容赦なさよ。みんな自分が大事。素晴らし。
t

tの感想・評価

3.8
友人の姉に淡い恋心を抱く少年が、皮肉にも恋文の「配達人」に任命され、大人の恋愛世界を垣間見る。
近景/遠景の切り替え、次のシーンへ繋ぐ際の音の処理法がとても良い。牧歌的な画面に終始不安が影を落とす。
ミシェル・ルグランの音楽は些か過剰。