シークレット・オブ・モンスターのネタバレレビュー・内容・結末

シークレット・オブ・モンスター2015年製作の映画)

THE CHILDHOOD OF A LEADER

上映日:2016年11月25日

製作国:

上映時間:116分

3.1

あらすじ

1918年。ヴェルサイユ条約締結を目的にフランスに送り込まれた米政府高官。彼には、神への深い信仰心をもつ妻と、まるで少女のように美しい息子がいた。しかし、その少年は終始何かに不満を抱え、教会への投石や部屋での籠城など、その不可解な言動の数々に両親は頭を悩ます日々。その周囲の心配をよそに、彼の性格は次第に恐ろしいほど歪み始める―。そして、ようやくヴェルサイユ条約の調印を終えたある夜、ついに彼の中の…

1918年。ヴェルサイユ条約締結を目的にフランスに送り込まれた米政府高官。彼には、神への深い信仰心をもつ妻と、まるで少女のように美しい息子がいた。しかし、その少年は終始何かに不満を抱え、教会への投石や部屋での籠城など、その不可解な言動の数々に両親は頭を悩ます日々。その周囲の心配をよそに、彼の性格は次第に恐ろしいほど歪み始める―。そして、ようやくヴェルサイユ条約の調印を終えたある夜、ついに彼の中の怪物がうめき声を上げる―。20世紀が生んだ最悪の怪物=”独裁者”生誕の謎に迫る至高の心理ミステリー。

「シークレット・オブ・モンスター」に投稿されたネタバレ・内容・結末

「音楽が怖い(凄い)」
「家庭教師がえっち」
「私生児って何や」
ぐらいの感想しかなく見終わってしまったんだけど、私生児の意味を解説しているレビューを読んでからようやくミステリーの意味が分かって「アアアアア(頭抱え)」となりました。何も考えずにぼうっと見すぎていた笑

プレスコットはチャールズとの子供だったのね。それを少年も薄々勘付いていて、でも明確に言語化できるほどのものではなかったからこそ、冒頭での「ママは僕以外の人のことが好きなの?(うろ覚え)」に繋がったりするのだろうな、と思うと少年に憐憫を覚えてしまう。カーチャンを石で殴るとかはやり過ぎだとは思うけど。
音楽が緊迫しててなんか嫌が上に見入ってしまうけど
思ったほどの内容ではなかったです
最後もよく分からない(笑)
背景がベルサイユ条約ってなだけで
ただの家庭崩壊ドラマの様な気もする
両親は絶対お互い浮気しとったやろ
家庭教師が乳首触られて怒ったけど、絶対おとんにその乳首触られてるはずや!
オカンもチャールズ(?)と浮気しとるやん!
ってかあの子はチャールズの子やろ!
その辺の想像は掻き立てられた
そこだけね
それ以外は単調にみたけど…
気分がいい映画ではない
音楽が仰々しくて不気味で不快。内容も時代背景や宗教が絡むので更に難解になっていて、あまり理解出来ず。

親の愛情の欠如は名前を呼ばれないことからも明白で、危険な独裁者の英才教育してるようにすら見えた。
大人たちの内面的な汚さを知ってるプレスコットは、信仰だとか表面的に取り繕う両親には嫌悪感しかなかったのだろうし、居場所も無ければ自己否定される彼が可哀想だった。


ここからは自分なりの想像だが、冒頭の階段を降りてくる場面は、天から舞い降りた天使みたいな印象だったけど、終盤の階段を登って倒れた場面は、その天使が死んだというか昇天したように感じた。そして彼は堕天して悪魔として蘇ったのかな。
石でガツンと殴る場面は、ダビデとゴリアテの話を思い出した。あと、途中の蛇は堕落させる象徴だし、家の壁が剥がれてるのも家族が崩壊しそうな象徴なのかな。
驚かす要素についての効果音がキャンキャンしているし、画面が回るから酔うしで具合の悪くなる映画だった。
前提となる知識が足りないせいか、どのように話を受け取ったら良いのかも分からず、ストーリーについても消化不良。
とりあえず「気難しい子どもを矯正しようとしたが上手くいかず、より一層尖っていった結果こうなりました」という話として処理している。
独裁者の幼少期を描く作品。
少女のような彼が歪んでいくには、あまりにも十分の動機がある。無数の民衆が自己を裏切ったこと。一人では悪魔になれなくても、大勢なら善を忘れられる。想像する余地を残しながら、散りばめられたピースが1つになる時、少年は悪魔になった。監督ブラディ コーベットはすごいことするなぁ。
常に考えながら観なければいけない映画だった。邦題に騙された感ある。ミステリーかと思った。考える余白がたっぷりある映画だから、考察を含めて面白い映画だった。雰囲気良き。
ステイシーマーティンが綺麗なだけで出番が終わってしまい残念。
音楽がscott walker
音楽で煽って中身はそうでもない。
予告が良くできてて
気になって観てみたが
恐くもなく悪ガキの話だった(笑)
とある指導者の幼年期の話。
不安を煽るような音楽にぞわぞわして、見慣れないカメラワークにぞわぞわして(ちょっと画面酔いしました)。OPEDの字幕の出し方も、一瞬前の字幕と後の字幕が重なるというやり方で、これまた不安というか不気味というか。
映画の最後に出てくる会議室(?)が映画の序盤に人のいない映像で挿入されていたのがなんだか気になった。イージーライダーでラストを暗示するようにラストの映像をパッパッと挟み込んでいたと思うけど、そういう暗示みたいなものだったのだろうか。
ストーリーは、そうなるべくしてなったのだろうなと思わせるような内容。特に、信仰心篤くみせかけて堕落している大人を知ってしまったら、何も信じなくなるだろうなぁと。もっと、理解できなさ、みたいなものを推してくるのかと思っていたので、ちょっと意外。
一見無駄な長回しのカットとか、でも何かを暗示しているようにも見えて。いろんな解釈ができそうな気がする。2章の始めあたりの蛇のカットが私はとても気になりました。それから、女の子に間違われるくらいに可憐な少年、髪を切ったら、と言われても嫌だと言っていたのに、ラストの指導者は坊主頭で、そこもなんだか気になって。いろんなところにメタファーとかありそうです。名前がほとんど呼ばれてなかったところなんかも。
ww1終結あたりの話で、途中にはさまる白黒の映像は当時の映像を使っていたのかな。そのリアルさと、最後の架空の独裁国家の様子がちょっとちぐはぐというか、作り物感が強調されていたように思えた。
邦題のシークレット・オブ・モンスター、ちょっと仰々しいタイトルだな、と。でも、モンスターはあの少年なのだろうけど、両親もモンスターだよな…と思ったり。
再び立ち上がるのに必要なものまで奪ったら、人も国もまともな方法では立ち上がれなくなりますよというお話、かな?最後の大人になった彼の姿の意味を理解するのにちょっと時間を要した。アハ体験!
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