だれのものでもないチェレの作品情報・感想・評価

「だれのものでもないチェレ」に投稿された感想・評価

シスコ

シスコの感想・評価

3.0
1979年4月
神保町岩波ホ-ルにて鑑賞。

独立映画センター配給作品。
ササ

ササの感想・評価

5.0
ひどい話。ひどい話すぎて、優しいおじいさんのことも最初は少しだけ疑ってしまった。その分辛かった。ただでさえ辛い結末なのに。
ネム

ネムの感想・評価

-
固いパンで身体を殴られてる感じ、それに悪寒、藁の焦げた匂いがしてきそうだった
冒頭から違和感を感じてしまう牛を追う裸の子供。

元気だとしても…おや?男の子じゃなくて女の子?
え〜っ!女の子ならパンツぐらい…
しかも、トウモロコシ畑だから葉っぱ鋭利だし〜切れちゃうじゃん!

そう言えば私も農家だったんで、子供の頃はトウモロコシで人形作って遊んだっけ〜貧乏くさっ!

話を戻すと、そんな裸の少女が家に帰ると、他の子供は皆服を着てるのです。
何故?

はい…チェレと呼ばれているその少女だけは、養子だったのです。
みなしごを引き取るとお金が支給されるので、その金目当てに引き取り、散々道具のようにこき使うのです。

可哀想なチェレ…折檻として、焼けた石を握らされたりもします。
堪らず逃げ出したものの、また酷い農家に引き取られ、更に厳しい毎日を送ることになってしまうのです。

こりゃ〜酷いですね。(ノ_・。)
1930年代のハンガリーではこんなことが行われていたんですね。

原作はほぼ事実を基に書かれているそうですから、映画も結末を除くとほぼ事実ということになりますね。
みなしごの子供達には過酷な時代だったのですね。(╥﹏╥)
剛

剛の感想・評価

3.9
ここまで徹底的に不幸だと同情の余地も湧いてきませんでした。ついこの間まで実際にチェレの様な子はいたという事実。そして現在も同じように捨てられる子供がいる現実。何かラップの様なレビューになってしまいましたが、見ておいて損はない作品です。但し、映画好きの中でもバッドエンド耐性がない人に薦めるのは危険です。生気を持っていかれます笑
ここにはおまえのものなんて、何もない、、

冒頭、素っ裸の小さな女の子が草原で牛を追う、一見のどかなシーンから映画は始まります。

彼女は服を汚したのかな?川か池で泳いでた?と思ったのですが、家に帰っても服を着る様子がない。他にも子供がいるがみんな服を着てる。あれ、おかしいな?と思ったら、どうやら彼女だけ実子ではなく、施設からもらわれた子。それにしても、服も与えてもらえないとは!
この始まりからいやな予感はしたが、そこからの養母養父の彼女への仕打ちといったら、酷過ぎる。ここで養母が彼女に言うひと言が最初の言葉です。
ある時、さすがに耐えられなくなって家を出るんですが、7歳ぐらいの子がひとりで生きていけるはずもなく、また施設へ入り他所の家に貰われていく。どうやら、施設から引き取るとお金をもらえるらしい。だから引き取る方も、養女にしたいわけでなく、お金と労働力欲しさなんです。まさに、奴隷です。
今度の家も悲惨です。とにかく鬼ママがすさまじい。

もうこれ以上書けない、、チェレの運命があまりに過酷すぎて、、。

1930年頃のハンガリーが舞台。当時、ハンガリーは第一次世界大戦に負けて、国は悲惨な状況にあったらしい。だから、国自体が貧しく、子供の、それも孤児の人権どころではなかったようです。だから、彼女のような子供はたくさんいたそうです。

なんとも救いのない映画ですが、今もチェレのような子供が、この世界ではたくさんいるのでは、と思うと、目を背けていてはいけないとも思います。

チェレを演じた少女は、これがデビュー作とのことですが、とにかく素晴らしかったです。
「井森美幸16歳、まだ誰のものでもありません」とはワケが違う。レオタードを着られることがなんて幸せなんだろうと、思えてしまう。
☆☆☆☆

旧文芸坐

2010年2月17日 シネマ・アンジェリカ
emily

emilyの感想・評価

4.1
 1930年代のハンガリー。孤児の7歳の女の子チェレは養子に出され、お金のために引き取られた家族に裸のままこき使われ、虐待され、耐え忍ぶだけの日々だった。ある日使用人の老人と出会い、人の優しさに触れる。しかし現実はさらに厳しくのしかかってくる。

 広大な牧場の自然美をしっかり捉え、裸で走り回る子供の楽しそうな姿がある。しかし現状は厳しく、裸であるのは服を与えられないからであり、やせ細って少年のように見えるのは食事も与えられないからである。過酷なチェレの現状を綴りながらも、どこかに希望を残す。それはまだ子供であることと、母親がいつか迎えにくると信じていることだ。鳥の群れがきれいな形を作って空を飛ぶ。牛の群れ、鶏の群れ、動物たちの群れを何度と繰り返して描写する。まるでチェレもその群れの一員のような、何をどうあがいても家族として受け入れられる事はなく、動物でお金を生み出し、家族のために働く道具でしかない。過酷な現実も壮大な自然美と、それでも無邪気な笑顔を見せるチェレの姿におおらかに包まれ、動物たちのふれあい、老人とのふれあい、花とのふれあいにより、浮き彫りになってくるのは、彼女のピュアで穢れのない心である。

 動物たちに好かれる。それは彼女が動物たちと無意識に対等に向き合い、愛しているからであろう。しかしそのピュアな心が大人を惑わす。穢れてしまった大人たちはそのピュアだけの心を信じる事ができない。ただ母親に会いたい。それだけなのだ。告げ口をされるのではないかという一抹の不安はチェレの知らないところで育っていき後半は静かにサスペンスフルな展開へと誘う。純粋な子供の心は特に大人たちには凶器となるのだ。そのまっすぐな心を信じられないのはそれだけ自分自身がけがれているからである。

 彼女が選んだラストの煌々と燃え上がるオレンジの火がダイナミックな中に繊細さを残し、冒頭へつながるオレンジの夕日に溶けていく。それは彼女の心を映すように勇敢で美しいのだ。そうして何もなかったかのように明日はやってくるのだろう。そう観客すら今作を観て衝撃を受けても、日々の中に埋もれて行ってしまうであろう。それは残酷でいたたまれない仕打ちの数々であるが、それ以上にチェレの心の美しさと強さの方が際立っている。
Qudan

Qudanの感想・評価

3.5
子供への虐待を扱った作品は、気持ちの芯の部分を揺さぶってくるのでキツイ。
が、ハンガリーの牧歌的な風景とチェレの可愛らしさによって陰鬱さが和らいでいる。

「だれのものでもないチェレ」という邦題が非常に良く、ラストシーンと相まって、切なさと希望の両方を上手く表現している。
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