トルーマン・カポーティ 真実のテープのネタバレレビュー・内容・結末

「トルーマン・カポーティ 真実のテープ」に投稿されたネタバレ・内容・結末

大学生の頃、英語の授業で“Breakfast at Tiffany's”(『ティファニーで朝食を』)を読んだことがあるので、前から気になっていた映画。

カポーティは、内心セレブリティをバカにしていたけど、実は逆だったというのが切ない…

“Answered Prayers ”(『叶えられた祈り』)に関して、未完のまま作者が亡くなったというのが通説である。

しかしながら、「実は完成していて、どこかの銀行の金庫に厳重に保管している」と信じている関係者がおり、かポーティの奇矯ぶりを見ていると、確かにそうかもしれない。

何れにせよ久しぶりに彼の作品を読みたくなった。

なお、彼に関する説明は一切なく、いきなり関係者のインタビューから映画が始まるので、鑑賞を予定している人は事前にWikipedia等を使って、彼の経歴や作品について、ある程度調べておくことを勧める。
年齢層高かった

冷血でペリーに対する執着というか、愛着みたいなものはすごく伝わってきたけど、なるほど惚れてたんや

とか

まさかのアラバマ物語とカポーティの関係

みたいに

ほー!ってなる内容は多かったけど

ドキュメンタリー映画としては、普通やったかも

まだ3冊しか読んでないので超絶にわかやけど、これからもっと読んでまた配信されたやつを観ようかなと思いました

彼みたいに、
一般的に言えば弱みになる生い立ちやその他特徴が多くても
その人にしか出せない色みたいなのが強い人が素敵だなぁと思いました
彼が愛するスワンの赤裸々なエピソードを書いたのは、スワンを「母親」と見なしたのではないか?

そしてカポーティ自身は「母親の愛を試す子ども」になったのではないか?

「こんなことを書いても笑って許してくれるよね?僕のことを愛してるよね?僕を見捨てないよね?」この映画を観て、カポーティの切実な問いが聞こえた気がした。

天国で母親と和解していること、スックと楽しそうにクッキーを食べていることを祈る。
「誰もが一度は会いたいと願うが/
一度会えば二度とは会いたくない男」という
キャッチコピーが秀逸すぎて鑑賞。
著作は全て未読で、映画化作品も全て未鑑賞。

本人映像と関係者のコメント、
映像化されたカポーティ作品などをほどよく編集して
一体どんな人物だったのかを探る作品。
探るというより紹介に近いか。

才能ある破滅型のイメージそのままのような
とても派手で少し惨めな生き様がおもしろかった。
悪口言わない人よりも
聞いて楽しい悪口を言える人のほうが好きなので
カポーティに好感が持てた。
映画館でダメ出ししまくって追い出されるエピが
一番気に入った。
映画館で近くの人がこれやってたら大迷惑だが、
自宅鑑賞なら是非聞きたい。

「叶えられた祈り」の騒動で
ほとんどの人がカポーティから離れてしまい、
残ったのはプライベートな話はしていなかった
C.Z.ゲストのみだったという。
……彼女以外のハイソな方々って
ちょっとお気楽すぎやしないか。
ゴシップに詳しい人ってことは、
よそでは自分の話もゴシップとして語られているだろうし、
そもそも作家にいろいろ話すなんて警戒心なさすぎ。
いいネタがあれば書くという業に逆らえない作家のほうが
いい仕事すると思っているので、
話した人たちのほうがちょっと足りない印象。
と同時に、カポーティがなにを狙って
モデルの人物がすぐわかるような書き方をしたのかを
もっと掘り下げて欲しかった。

幼女の母親、
旦那も娘もカポーティのところに行ってしまって
その心境や如何に……。

あと、カポーティ作品の背表紙写真の
ソファを持っているという民族衣装を着た人、
「ライフ・イズ・カラフル!」にも出ていた気がする。
オンライン試写会にて鑑賞。少しネタバレかもしれないのでネタバレ設定にしておく。

特徴的な喋り方と印象的なルックス、そして知的でセンスあふれる文章。『ティファニーで朝食を』と『冷血』しか著作は読んでいないが、フィリップ・シーモア・ホフマンがカポーティを演じた映画も好きだった。

本作は、生前の彼を知る人々によるインタビューで構成されている。作家仲間、編集者、友人たち。孤独な生い立ちから鮮烈なデビューまでのストーリーも興味深いが、やはり惹きつけられるのはニューヨーク社交界の寵児としてのカポーティんの姿だ。

お気に入りの社交界の花たちを「スワン」と呼び、彼女たちと連れ立って行動する”人たらし”の天才。ゲイであることをカミングアウトしているカポーティは、見た目からして明らかにゲイとわかるために日々小さな困難に直面しているのだが、それを軽やかに受け流して生きているように見える。しかし、その心の中あったものは……と、過去映像とエピソードからどんどん深堀していく感じは、ミステリー映画のようでもあり、『市民ケーン』のようでもある。

カポーティというひとりの人間だけを扱ったドキュメンタリーなのに、映画が進めば進むほど彼の姿は大きく見えるのに、彼の周りにあるガラスの膜のようなものがどんどん厚くなっていくような気がした。

社交界の主役となった日々、何年にもわたる『冷血』のための取材中の葛藤や取材後の不可解な心理状況、『冷血』成功後の伝説的な仮面舞踏会、その頃のテレビ出演時の華やかでチャーミングな姿、また晩年に社交界の裏側を描き追放されるきっかけとなった『叶えられた祈り』(未完)にまつわる行動……そのどれもが不可解で、固く閉ざされた真実がどんどん見えなくなっていく。

しかし、彼が最も愛したという「スワン」の1人の写真は多くのことを物語っていた。彼女の顔は、彼の人生の中で重要な意味を持つある人物に似ていると私は思った。そして、最後に出てくるあるアイテム。『市民ケーン』の”ROSE BUD”のように、そのアイテムは深く胸に突き刺さった。カポーティの真実はやはりわからないけれど、そのアイテムが存在する意味を想像すると……どうしようもなく切なくなる。

本作を鑑賞するにあたって、少なくとも『冷血』は読んでいる方がいい気がする。対象と少し距離を取った語り口と、社交界を席巻した教養ある人々や、数々の作家たちの口から出てくる豊かな表現に惹きつけられるドキュメンタリーだった。
大学の授業で出会った『遠い声、遠い部屋』に感激し、その教授には卒業まで師事したわけだが、その出会いにはつくづく一生感謝するだろう、

自分のコンプレックスを持っている、自覚している人はある意味強く、それでいてとても脆く繊細なのだとカポーティの姿を通して感じる
当時の業界の様子が興味深く、人間としての基準、階級の差異をまざまざと感じた、、そこにいてもカポーティはどこか染まりきらないようにしていたのか、必死に自己を確立しようともがいていたのか、"痩せても枯れても作家" か、、

周囲の人から見たカポーティ、で、ドキュメントとしては圧倒的に物足りなく、、真実 は、どこにもないような人のようにも感じたし、真実のテープ という副題は少し大袈なような
ホフマンの『カポーティ』の方が見応えがあった、そしてやはり作品を読むのが必至
ただ、作家カポーティを解き明かすというよりも、「叶えられた祈り」に焦点が置かれていたようにも感じ、そこで今公開されたということは、漠然とした虚無の中享楽に明け暮れるような、本当に必要な議論がなされていないような、自己がどんどん埋もれていってしまうような発展を遂げてきたこの世になにか投げかける意味もあるのだろうか、
1950~60年代のNY社交界最高すぎた。カポーティの友人のミューズたちが美しすぎて、それ見れただけでもこのドキュメンタリーの価値あった。『冷血』出版記念のプラザホテルボールルームの仮面パーティーのおシャレオツ度ったら、60年代ファッション最高だ。
「仮面をつけている間は誰とでも話ができるんだ」的なことおっしゃってましたが、ハロウィンとかパーティーのドレスアップとかコスプレとかの楽しさって、そこですよね。そこ。

作家になるまでの生育歴の特異性、母親がティファニーで朝食をまんまだった、LGBTと当時の時代背景と一気に見れて納得。
当時は女性は大学行くにも苦労してたわけで、美を磨いて金持ちと結婚することがサクセスだったのか?『ティファニーで朝食を』ちゃんと読んでないけど、そういう時代背景なんですか。しかしですね、朝からフルメイクする高まりは、何事にも代え難し、自分勝負最高。

1960年代、NYは輝く街(虚構の)で、思いっきり謳歌されてたカポーティさんの絢爛たるパリピ人生が垣間見れて、うっとり。そして、時代は変わる。自分は老ける。一瞬の輝きが、はかなく、美しい。

村上春樹さんが、いくつかの作品を翻訳されてるのもわかる。グレートギャツビーみ、ある。栄枯盛衰の栄と盛部分が好きだ。
5ドル札にアイロンをかけるような世界で、本当の愛を見つけるのは至難の技だろう。
知性と文才があり、独自のセンスと歪んだ思考の持ち主カポーティ。
社交界や上流階級に身を置くことによって、自己肯定感を高めていたのかなと感じる。
彼はLGBT、ノンフィクション小説、リアリティ番組など多くのものの先駆者だった。

「みんな自分を面白がるし魅了されもするが、愛してはくれない」と本人が語るように、派手な世界や富裕層や権力者との交流は、1人でいるより孤独を感じるものかも。
誰でもない人が1番幸せなんだろうなと思わされる。

若い頃に美少年として扱われていたとは知らなかった。
個性的なヴィジュアルと発想力行動力のに魅力があったというイメージ。
暴露本を出した時点で誰のことも信頼していなかったと思われたし、誰からも信用されなくなった。
結局、彼に自分のことを話さなかった人しか残らなかった。

養子のケイト・ハリントンに、毎日ジャーナルを書くように言っていたくだりで、自己評価や自己肯定を常にしていくことは実は大切なんだな、と思わされた。
私はもう自分に興味がなさすぎて、アイデンティティすら失っているのかもしれない。

どんな才能があっても、世に言う成功をおさめた人も、大抵の末路がクスリなのが残念すぎる。
それがありがちな結果として認識しているので、世界的に有名になってトップクラスにいる人が、クスリで身を滅ぼさず、精神も安定していると、とても尊敬してしまう。
オンライン試写会にて。

カポーティの生い立ちとその文学への反映についても、よくまとめ上げられているドキュメンタリーだと思う。
全編を通しておしゃれなドキュメンタリーだった。

どこまでがカポーティがハイソサエティに応じて演じたカポーティなのか、どこまでが、本当のカポーティ自身なのか

ハイソサエティに対する見解や、そこを追放されたのちにディスコに入り浸るなど、自由奔放のようであって、どこかずっと窮屈に見える。

ラストのジンジャーブレッドクッキーに関するエピソードで、彼は養子に向かって「本当の自分を見失わない」ために日記を書かせる。彼にとってのジンジャーブレッドクッキーは彼が何者であったか、彼がどこからきたのかを彼自身に思い出させる重要なアイテムだったように思う。
オンライン試写で。
彼の人となりがしれたのが面白かった。
とても魅力的な人物だったのだろうな。
ここまで芸能の世界、社交界で成り上がったのだから。

感想はまた改めて。
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以下、感想。

オンライン試写にて。

カポーティって名前は度々耳に入るけど、どういう人物なのか正直わからなくて、人物像を知るのには良い映画だった。

『ティファニーで朝食を』の作家で、オードリー・ヘップバーンの主演映画化され、当時の代表的なセレブリティで、誌面を賑わせていた。
『冷血』ではノンフィクションというジャンルを生み出し、大ヒット。
そして待望の新作『叶えられた祈り』が発売されることなく、生涯を終えた。

物語はカポーティの映像や肉声、残されている映像と、カポーティを知っている友人やパートナー等によって語られる。

また、ベイブ・ペイリー等を筆頭に、スワンという美しい女性達と懇意になったパーティーや社交界へと足を踏み入れた目的が、上の未完となった著作を執筆するためだったのか、そう思われてもしょうがないため、総スカンをくらい、酒と薬におぼれ、59歳で亡くなった。36年前のこと。

今は亡き(ほんと悲しいけど)フィリップ・シーモア・ホフマンが演じた『カポーティ』を観ようと思う。
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