浜の朝日の嘘つきどもとのネタバレレビュー・内容・結末

「浜の朝日の嘘つきどもと」に投稿されたネタバレ・内容・結末

『#浜の朝日の噓つきどもと』(2021/日)
劇場にて。ドラマ版未鑑賞。結論から書くと「終盤に追いつかれて引き分けに終わったサッカーの試合」のようなモヤモヤが残る作品でした。まあまあいい感じだったのに、終わり方が残念だったと云いますか。

あらすじ。長い歴史を誇る映画館「朝日座」。しかし昨今の窮状から、支配人の森田(柳家喬太郎)が閉館の準備を進めていると、茂木莉子(高畑充希)を名乗る女性が現れ、閉館を強硬に反対する。彼女は創業者の親せきだというが、創業者の孫である森田にはまるで覚えがなかった。

感想。茂木莉子の勢いに、閉館に忸怩たる思いを抱えていた森田も映画館存続へのラストチャンスを決心する…と続いていく。ただ、存続に向けた活動は特別なものはなく、至極オーソドックスな手法ばかり。この映画は映画館の再建策のあれこれと並行して、「茂木莉子は、朝日座再建になぜこれほどの熱意を持っているのか?」という謎を中心に進んでいく。

予告編でも明らかにされているので書きますが、本当の名前は浜野あさひ、実はこの映画館とはまったく無関係。高校時代の恩師に頼まれて来ただけの人物だと分かる。

浜野あさひの人生と、根底に生まれた信条といえる意志。その意志が映画館再建の熱意に繋がっていることを明らかにする中盤。街の事情まで絡め、映画館存続は果たして良き選択なのか? まで突きつけてラストへ進む。

そしてラスト。帳尻合わせな展開と延々と心情を話す締めが、とにかく好きじゃなくて。こういう終わり方だと、そもそも主人公はどこで寝泊まりしているのかとか、眼をつぶっていた設定の甘さも気になりはじめまして。終わり方以外は好きなんですけどね。

ただ主演の高畑充希さんは大活躍で、高校生から社会人まで演じ分け、柳家喬太郎とは落語のようなテンポで会話し、大久保佳代子とは演技を感じさせない自然な会話で進める。コメディもシリアスもヒロインらしい表情も決められる。さすが現役最強主演女優でした。とりあえずネタバレなし感想はオシマイ。


『#浜の朝日の噓つきどもと』ネタバレ感想。
映画館再建という表面の物語の奥にあるのは、「血のつながり」と「思いのつながり」という二つの絆の話。

主人公は高校時代、東日本大震災と原発事故による家庭環境の変化で、家族からも友人たちからも距離を置かれ、孤立してしまう。彼女の人生において、家族という血のつながりは有益どころか有害であったわけです。

そんな苦境を救ってくれたのが恩師。彼女は学業だけでなく後の人生の道筋に「映画」という光を差してくれた人生の大恩人。恩師もまた家族とは距離を置かれている人で、主人公に肩入れする心情もあったのだと思います。二人は教師と教え子という関係から、年の離れた友人へと関係を変化させていく。つまり思いでつながっている二人。

主人公は恩人の頼みとはいえ、映画館の再建にひとかたならぬ熱意を燃やしているのは、多くの人々の「思い」で、今日まで続いてきた映画館を存続させたいという気持ちが強いからだと思います。しかし存続活動は大きな壁にぶちあたり、ついにながらく疎遠であった会社の経営者でもある父親を訪ねる。「血のつながり」を頼ったわけです。

しかし「久しぶりに会いに来た理由は金だろう」と父に問われると、一言もなく引き下がるしかなかった。そのとおりだったから。しかし主人公は「血のつながった人だからこその思い」に気づいていなかった。父親にも娘に辛い人生を送らせてしまったという忸怩たる思いがあり、朝日座はかつて妻と訪れたこともある映画館だった。だから再建に資金を提供してくれて、映画館存続のラストピースになるわけです。

事あるごとに「血のつながりなんか役に立たない」という主人公ですが、「血のつながり」と「思いのつながり」は対立軸ではなくどちらも大切なもの。そして「血のつながり」と「思いのつながり」で組みあがっているのが地域社会というもの。それがこの作品のテーマなんだと思います。

福島中央テレビ開局50周年記念作品であるこの作品、東日本大震災、原発問題、そして現在のコロナ禍での苦境にあるなか、「血のつながり」と「思いのつながり」で出来ている地域社会で、色んなことを再建していこうよという思いがこめられた映画なんだと思います。この点は本当に素晴らしい。

ただ結末が好きじゃないどころか白けてしまったのは、最初は再建に協力的だった地域の住民が、新施設建設の企業に説得されて態度を一変して冷淡になり、さらに最後には地元の不動産屋に説得されて、再度手のひらを返す点。

賛成派や反対派が増減するというレベルではなく、洗脳を繰り返されているのかというくらいの0か100かの極端さ。もう地域の住民が「物語の都合に奉仕するだけの存在」になっている。

さらにスーパー銭湯計画には「別の一等地を紹介するから」という、計画をほぼゼロからやり直さざるを得ない、一体何年オープンを遅らせるつもりだという非常識な提案で納得してもらったという結末。はっきりと「映画館存続で話を終わらせるためだけの都合」を見せつけられるわけです。

この作品の一番大事な根っこである「思いのつながり」を、最後の最後に「出来の悪い作り事」で解決してしまった。つまり最後に「映画館の再建なんて、現実には無理です。作り話です」と云ってしまったも同然なわけです。この作品の素晴らしいテーマとラストに至るまでの面白さにそぐわない、雑な終わらせ方がただただ残念でした。ネタバレ感想もオシマイ。
こんなに映画好きがいるんだから、映画館が無くなる心配はないなと思えた映画。

予告編で田舎の映画館を建て直すというストーリーと、終わったと言う支配人に「まだ始まっちゃいねーよ」と言うキッズ・リターンのくだりで一気に観たくなり視聴。
脇を固めるキャストが豪華な中、主要人物の先生役に大久保佳代子を起用してるのはどうなの?という思いで観たが、先生のキャラにハマってるし素晴らしい采配。先生の最期の言葉はこれまでの先生を見てたら容易に想像できる一言をそのまま言われたので笑った。竹原ピストルはいつ出てくるかと期待してたらラストのちょい役だったので肩透かし感笑。
登場人物は皆震災やコロナの被害者で、それでもそれぞれ信念を持って生きている人達だから観ていて暗い気持ちにはならない。ご都合主義的なハッピーエンドで終わるのも、この映画には合ってるように感じる。
本作を観て映画館の存在意義について少し考えさせられた。よく経営難の映画館に対して、今はネットで安価にいくらでも映画が観られる時代だからしょうがないという意見を耳にするけど、それは最近普及してきたネット配信にみんな浮気気味なだけであって、映画館自体を必要としてない訳ではないと思う。映画館で観る映画は作品の内容だけじゃなく、家じゃ味わえない音響や大画面、ポジショニングがわからなくなってくる椅子や暗闇で見えない周囲の人の気配と感じるストレスも全部ひっくるめたものだから。同じ映画を映画館で観たのと家で観たのとで印象が変わるのはそういった非日常による差だと思う。銭湯だって家に風呂がない時代よりは利用者は減っただろうけど、家で当たり前に風呂に入る現代でも無くなってはいない。それは銭湯という非日常の空間がみんな好きだから。映画館で過ごす数時間の非日常が好きな人は確かにいて、ネット配信登録者数が頭打ちになったころには朝日座のようなミニシアターが脚光を浴びるターンだって来るかもしれない。
映画館へ強い思い入れを主人公が持っているのはわかりましたが、あの映画館は結局地域の人達にとってどういう存在だったんですかね。
その辺が充分描かれていなかったような気がするので、最後のいきなり寄付が集まって大団円という終わり方もちょっと複雑な気持ちになりました。
今後も安定して経営していけるんでしょうか。
コロナで映画館打撃受けてるって言ってるのにマスクしてない、地元住民の態度掌返しすぎとか気になるところは色々あるけど、大好き!

いつも通ってる名画座と支配人さんのことを思い出した。高校生の時、1人で恐る恐る行った名画座で、沢山の素敵な映画を観たし、沢山の映画仲間ができた。自分にとって名画座とは『出会いの場』。分かってたけど当たり前すぎて気にもとめていなかったことを思い出させてくれた映画。名画座に通い始めてもうすぐ一年経つ今、この映画を観れてよかった。シネマ神戸で観てたらもっと好きになれたかも。

高畑充希はもちろん、大久保佳代子が良かった。
2021/10/29

朝日座を舞台にした本作

数年前までシネコンとミニシアターの違いもわからなかった私ですが、様々なご縁があり地元の名画座でお仕事させていただき、早2年が経とうとしている

100年続く名画座である朝日座が大好きな劇場と重なった

コロナ禍により好きなものがずっとそこにあることは当たり前ではない、を強く実感したけれど
映画館もそのひとつ。
配信サービスが充実し、劇場に通う人も少なくなってきた
それでも愛される名画座
私はスローペースではあるけれどたまにお仕事させていただいている劇場が大好き。


朝日座の支配人森田も劇場が大好きで思い入れがあるからこそ、決死の思いで映画館を閉館することを選んだのだ
けれど突然茂木莉子、と名乗る女性により、やはり自分はこの場所を守りたいのだと再確認する

映画じゃ人を救えない
森田が呟いていたけれど…

茂木莉子、こと浜野あさひ
彼女は辛かった時期、田中先生との出会いにより映画に救われ、生きてみようと思った、そんな人生だってある

クラウドファンディングや街の人の助けはやはり劇場にとっては大きい。
テレビで取り上げられたり口コミから広がったり。
やれることは全部やる!
諦める、なんて言葉を知らないみたいにあさひは果敢に挑んでいく
その姿に鼓舞される森田と周りの人たち

強引すぎる気もするけれど
それはやはり恩師の田中先生のおかげでもあって
2人で初めて見た映画
先生が失恋するたびに見る映画
先生の彼氏と三人で見た映画

その時の体調に合わせて取り入れる映画って一種の薬みたいなものなのかも

けらけら笑うバオくんと泣きながら見ている2人の姿が印象的だった

フィルム映画って半分は暗闇を見ていて残像現象で感動しているから映画好きは根暗が多いのかもね。
…やけに納得してしまった。
残像現象に何回も助けられて生きているなあ…
コロナにより、生活が大きく変わった人に対してもやさしくて、根暗な自分までもたくさん肯定してくれました。


当劇場も、二本立てやらないかな〜…なんて。
高畑充希さんの
眉間のしわの
演技が記憶に残った。

する後悔と
しない後悔問題

やっときゃよかった
死ぬ時にたくさん思わないように
したいね。
全編にわたって涙が止まらなかった。

大久保さんがすごく良かった!
大久保さんの最期の言葉をよくよく考えてみたら、次第に自分もツボっていった。

コロナ禍に映画館の存在意義を見つめ直すというだけで感極まる。
たしかに映画では空腹は満たされないけど、それで救われる人もいるわけで。
映画好きの一人であることを、嬉しくも、誇りにも思えた。なんだか居場所を感じられたし、同じ映画好きの方々と繋がってると感じられて、すごく幸せに思えた。

これを観た15分後くらいに『サマーフィルムにのって』の上映があり、観ようか迷ったが、大久保さんが言ってた感動の相殺?を思い出して素直にやめた。

大久保さんに何かしらの賞が贈られると確信してます。
震災から10年、コロナ禍で時代は変わる。中心市街地にたくさんあった映画館も残すはあと1つ。コロナ禍で閉館になってしまうんじゃないかと毎月ドキドキしながら見に行っていた映画館。そこでこれを見た。

家のこと、仕事のこと、家族、友達とのあれこれ。諸々でやさぐれた時に逃げ込むのは映画館で、茂木莉子こと浜野あさひ(高畑充希)がいっていたように、残像映像に慰められて、あともうちょっとがんばろうかという気にさせてくれたのは映画。映画好きにはたまらないこの映画をここで見られてよかった。私的には今年一番かも。

震災から10年。そしてコロナ禍。福島県南相馬のつぶれそうな映画館をなんとか建て直そうとすったもんだする話。キャストがドンピシャで、飄々としつつも暖かい先生役の大久保佳代子が最高。脇に大和田伸也や吉行和子が出ていたのがびっくりだった。

映画をはじめ、文化や芸術では飯は食えないし、究極的には生きていけないというのはもっともなこと。でも、文化や芸術が生きる希望や力になるんだとこのコロナ禍でしみじみ感じた。映画で人は救えないとおっさんはいっていたが、最終的に映画を介して救われた命もあった。それがあさひ。

泣いて笑えるこの映画を見て、また明日からちょっと頑張れるかなと思った。
映画と映画館への愛が詰まっていて、震災から立ち直ることや地方・家族の在り方や難しさを考えさせられて、やっぱり映画が好き!となる話だった。私も半分暗闇なのにそこから生きる気力をもらえる根暗なので…。

今まで素敵な教師もいたけど自分にとってはトラウマの方が大きいので、もし高校生で茉莉子先生に出会ってたら違う人生だったかなと思ったら冒頭から思いがけず涙が出てきた。
終始会話のテンポが良いしみんな口が悪いけど温かくて、久々に笑いと涙が混在する映画を見た気がする。先生が亡くなった後の病室の明るい空気に先生の魅力が詰まっていた。

莉子ちゃんの"震災がなかったら私も家族が大好きで血の繋がりが一番だと考える人だったと思う"という言葉が見終えた後も心にずーんと刺さっている。
自宅にTVがあり、ネットや配信で映画が見放題のご時世に、映画しかやってない施設で上映時間をあわせて映画を観るだけというのは、かなり贅沢な時間の使い方な昨今。映画館に救われ、通っている身としてはとても良い作品だったし、凄く台詞に気を使っている様に感じた。

高畑みつきと柳家喬太郎師匠の掛け合いがとても良く「おい、じじい!」や「なんだ小娘!」と口は悪いのだが、話し方なのかキャラなのかあまり嫌な感じにならず、逆に笑いにしてくれていた。柳家喬太郎師匠は本当に嫌みのないカラッとした感じの人で、口の悪さも愛嬌に感じるのだから流石だと思う。パンフを読むと、俳優ではない自分にオファーが来たという事は『こういうおじさんが良いのだろうな』と自然体で演じたとの事。こういう人柄なのかね。大久保さんの先生は、ご本人のキャラに上手くのせたな…という感じ。演技としては最初はちょっとぎこちなく見えるたが、国立大をでて社会人を経験した土壌があってか先生らしさもあったし、プライベートで男性にだらしがないという芸人としてのキャラも綺麗にはめ込んでいたのでとても自然体にみえた。ラストの二本立てについてのこのクレームの入れ方で笑いを取れるのはこの人らしいなと思った。

ただ、親や遺産は分からんでもないが、450万の半数が埋る町の人の寄付は現実味がなかったかな。 閉館するのを惜しむ声があるなら分かるが、ないからこうなっている訳で。
>|

あなたにおすすめの記事