ボウリング・フォー・コロンバインの作品情報・感想・評価

「ボウリング・フォー・コロンバイン」に投稿された感想・評価

この120分間。
僕が生きる何万時間という中の 120分間。
そのたった120分間という短い時間の中で、
マイケルムーアという男が大嫌いになった。

鑑賞前、
近藤の印象しかなかったマイケルムーア。

鑑賞後、
10本のフィンガーに入るほど嫌いな男に大変貌した。


内容とかではなく、

喋り口調
回りくどい言い方
口だけで 結局何もしてないところ
正義なことをやってる俺を見ろ 的なドヤ顔
子供の写真を見せてる時の憎たらしい顔
銃を構えてる時の澄まし顔

がうざい。


映画がどうこうではない。

ただ単に マイケルムーアという男が
僕の嫌いな部類の人間だっただけである。


一生観ねぇ。
銃は正義なのか否か。

マイケル・ムーアも批判は、あるも、こうゆう人も必要だと思う。
とまと

とまとの感想・評価

3.2
ディベートっていう競技やってるんだけどそれの古典の議題が銃の禁止でいつも考えてる、、
カナダも銃狂いの大国で、だけど銃による殺傷事件が問題じゃないなら銃よりやっぱ社会構造の問題よね


ムーアさん面白くていいんだけどたまにすぎるよ。

south parkの製作者コロンバイン高校出身とか知らなかった
サウスパークの製作者 マリリン・マンソンのインタビュー アニメのアメリカの歴史を振り返るは必見 見るとアメリカという国と人々の見方が180度変わる。もはや銃だけの問題じゃないいろんな闇が見えてきてすごい。
花

花の感想・評価

4.0
感想というより記録。

姉にすすめられて観ました。
幽遊白書に出て来る殺人鬼が言った「オレの親も兄弟も公務員をしている。結局腐っていたのはオレだけ。誰のせいでもない、オレの脳だけだ」というのはずっと持っていた思いと重なること
先日ラスベガスで起きた銃乱射事件の加害者の弟がインタビューで「本当に信じられない、怖いのはそこなんだよ、おれが知ってる兄はカジノで1000ドルの寿司を振舞ってくれるような人なんだ、何が起きたのか分からない、兄の脳に腫瘍でも見つかることを祈ってる」(みたいなニュアンスで)と言っていたこと
コロンバインとは別のインタビューで「あなたの歌を聴いて自殺する若者が増えています、どう思いますか?」という質問にマリリン・マンソンが「そんなバカ死んで当然だ」と答えたこと
つまりその人それぞれの性質は初めから内包されていて全てはそういうことだと思うんだ、例えばマンソンの歌を聴いて自殺した若者は彼の歌を聴かなくても自殺するんだよ、という話をしたら急ぎこのドキュメンタリーを観ろと言われて。

何がよかったってマイケル・ムーアはただ単にアメリカの銃社会を皮肉ってるわけでも批判してるわけでもなく、アメリカには何がある?何がない?アメリカでは多くの人が銃で死ぬ(隣国のカナダは年間二桁なのにアメリカでは一万人超え)が他の国との違いは何?って奔走している。この人はアメリカを愛してるんだなと感じられた点。
マリリン・マンソンのコロンバインに関するインタビューも観れてよかった。前に三浦しをんのエッセイで読んで印象に残っていたので。彼はいい大人だった。
「コロンバインの生徒やあの人々に話すとしたら何と言う?」
「何もだ 黙って彼らの話を聞く それが大事だ」

カナダに行きたい気持ちが掻き立てられたけれどどこに住んでても家の鍵は閉めたいと思ってしまうな…この「自衛」もカナダ国民にとっては不要のものなのか。
NRAの会長が言った「アメリカの暴力の歴史は深い、ロシアや日本より浅いが」にはビクっとしました。
また観よう。

このレビューはネタバレを含みます

マソソソマソソソが想像以上にクレバーで驚いた。しっかりと現実を見定めてるから世界に歌が響いてるのか。
恐怖を煽るニュースを流すテレビ局の件はナイトクローラーを思い出す。あれ誇張してるだろと思ってたけど実際にバイオレンスなニュースが多いんだなぁ。正直なところ銃殺人が多いのは所持率高いからだろうなと安直な考え持ってたから、カナダの所持率の高さと銃殺人の少なさは意外だった。米国の人間不信構造は厄介。
特典で日本の銃殺事件の少なさに驚愕してたけど、銃なんてアウトレイジな人しか持ってないよ…。認識を改めることが多い映画だった。
メディアによって煽られる恐怖心。途中のアニメーションがすごくわかりやすくて感動した。
学校の授業とかで観た方が良い映画な気がする。

何でアメリカ社会は銃と他者に対しての恐怖感から抜け出せないか、という話。
他の人のレビューにある通り、エレファントと一緒に観るべき映画
 観よう観ようと思っていて、やっと見た。

 コロンバイン高校で起きた、生徒二人による銃乱射事件を受け、銃社会であるアメリカの問題に、様々な角度から切り込んでいくドキュメンタリー。
  
 銃規制反対派、全米ライフル協会などの主張を基に、それらを一つ一つ反証するように、根拠を重ねていく。また、銃が用いられ起きた悲劇の裏側を分析し、貧困の問題など事件、事故につながっていくその他の要因にも光を当て問題を訴える。

 世界各国の銃が用いられた事件の年間発生件数の比較が出るのだが、ヨーロッパで三桁。日本で二桁。アメリカはなんと五桁にも上る。人口比率とか、銃の所持数における比率とか細かい議論も無くはないんだろうけど、それらを吹き飛ばす、まさに桁の違う数字。その数字にさすがに驚くと言うか、引くと言うか、そりゃ問題だわって感じ。

 複雑で、簡単に因果関係の答えが出る問題も出ないのだけど、銃が悪いのか、人が悪いのか、と言う議論がある。銃所持擁護派の主要な論拠の、論法の一つでもあるが、銃そのものが悪いわけでなく、それを悪用してしまう人が悪いのだ、と言う主張がある。
 それをまるで裏付けてしまうかの様なカナダの事例が印象的。数千万の人口に対して、数百万挺の銃が出回っていながら、極端に発砲事件の少ないカナダ。治安もよく、アメリカデトロイトと川を挟んだカナダの街、ウィンザーでは、人々は家に鍵を掛けないほど。
 銃があっても事件は起きない。では、人が悪いのか。
 しかし、その疑念も、また倒錯し、そんな人々から自らの身を守るため銃は持たねばならないと言う主張に回収されていく、出口のない論理。

 映画のラストは、ラスボス、全米ライフル協会の会長へのインタビューなのだが、議論は平行線、途中言葉に詰まる所が出てきた後は最終的に強引に議論を切り上げて退席と言う展開。いわゆる、論破と言う形だ。
 ストーリーとしてみれば、マイケルムーアと言う主人公が、様々な武器(検証結果、取材結果、データ)を手にし、ラストダンジョンへと挑む。ラスボスに対し、ファクトを突き付け倒すと言う展開だろう。見ていて、いささか痛快ですらある。
 しかし、現実問題として、問題は何も解決しない。単に、対話の窓口が閉ざされたと言うだけの話で、おそらく、今日も明日も全米ライフル協会の主張は続くし、銃は規制されない。

 問題の啓蒙として、この作品は多くのハッとさせられる事実を教えてくれるが、問題の解決としては、筋道を照らしてくれるとは思えない。

 はたから見れば、ある程度答えの方向は見えている様な問題でも、当事者達の積み重なった思い入れやイデオロギーに雁字搦めになっていると言う事はある。
 アメリカの銃規制は日本の皇室の問題と似ていると言う言説を聴いたことがある。ともに、合理的な説明では解決に導くことは出来ない。そして、共通するのは「国生みの神話」と言う事であり、ナショナリズムの根幹に半ば信仰の様なものとして根差している所だろう。近世に人工的に造られた国家として、アメリカが歴史を希求していると言うのはよく言われる話だ。
 データを提示して、正論まくしたてて、論破して終わりじゃない。その先の寄り添いにまで行かないと、この溝は永遠に埋まらず、そしてその溝が年間1万数千人を飲み込み続けていくのだろうな、と感じた。
あ

あの感想・評価

4.0
みんなカナダに住めばいいと思う。
隣同士なのに全然ちがうのはその民族そのものの血とか歴史なんだろうな~
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