ロシアン・エレジーの作品情報・感想・評価

ロシアン・エレジー1993年製作の映画)

ELEGY FROM RUSSIA

製作国:

上映時間:68分

3.7

「ロシアン・エレジー」に投稿された感想・評価

中庭

中庭の感想・評価

3.6
匿名の個人が息を引き取る直前に、その確固たるものであった主体が複数性に開かれ、誰のものであるかも判然としない美しい風景が流れ始める。堂々たるフィクション。騙されたように感動を覚える。
BON

BONの感想・評価

-
ソクーロフの連作ドキュメンタリー「エレジー・シリーズ」の7本目にあたり、本作は同年のロッテルダム国際映画祭正式出品、山形国際ドキュメンタリー映画祭審査員特別賞受賞作品。

全ては死から始まり、生とループする。サンクト・ペテルスブルグ郊外、サナトリウムに入院している末期癌患者の今際のきわから、時空を飛び超えロシアの映像や写真の数々が怒涛の如く押し寄せる…。

暗闇の中で浮かび上がる孤独、閉じた瞼、喘ぎ、痙攣した呼吸。やがて看護師に看取られながら死を迎え、巨匠マキシム・ドミートリエフによる帝政ロシア末期の写真や、第一次大戦の東部戦線戦闘の映像、ロシアの自然の光景を往来する。

ソクーロフは人も音も、写真も映像も、生死でさえ、映像に内包されるすべてを平等に扱う。写真は不在・死を映し、戦闘の映像は命が消えていく様子を映す。自然、森、湖畔の静けさの中で、生と未来への希望である赤子が眠る。チャイコフスキーの音楽が静かに奏でられる。

歴史の中で生きる者、死ぬ者。ソクーロフのロシア史への精神的な旅、そして何よりも人間が記憶や周囲の自然に同化していく旅。ソクーロフの作品らしく、モンタージュによって切り取られたイメージは、ポエティックで深い谷に迷い込んだ気持ちになりたまらない…。ボヤけた漆黒がどこか懐かしい。
考えるな感じるんだ。ソクーロフは難解と聞いて強い覚悟でみたのだけれどこれは難しいとかそういう次元ではなかった。むしろ分かりやすいというか難しく考える必要があまりない体感映画。
サナトリウムに入院している末期癌患者が息を引き取るところから始まり、その後は帝政ロシアの末期の写真や第一次大戦の戦闘の映像、ロシアの美しい自然と光を延々と映している。それが全てでそれが美しい。
看護師のような人が患者の手を握って看取り、死後2時間は触れずにそのままにしておかなければならないという。これがその村の風習かソクーロフ独自の演出か分からないけどそれがなんだかとてもいいなと思った。
その時間の間に流れる過去と現在を混じえ戦争と自然が連続する映像は不思議と心地良くて、みおわった後はとても胸がいっぱいになった。豊かな緑生い茂る自然のあとにハゲ頭のアップを挿入するテクにやられる。ソクーロフ。
甲冑

甲冑の感想・評価

3.5
ドキュメンタリー連作「エレジー・シリーズ」というのがあるそうでこれは7本目の1993年作。旧体制が終わりエリツィン大統領の時代。作品は、監督の20世紀のロシア史観というべき内容。映像はサンクトペテルブルク郊外にあるサナトリウムに入院している末期癌患者の現在に、20世紀初頭帝政ロシアの末期、第一次大戦時の過去の写真が重なる。末期癌患者の女性は、自分の病は罪から来るという話や、福音書の話を看取る男(息子?)にする。このシーンは『セカンド・サークル』の父親が死ぬシーンも彷彿。
20数年ぶりに、商業映画の枠、西洋的文化の形、としての映画を気にすること無く、最も己の精神に忠実に、気のおもむくままに自由に筆を運んでるように見える、最も親日家といえるだろう側面も持つ、フィルムもビデオ(デジタル)も同じ如意毛筆のニュアンスで使いこなす、稀有で貴重で他分野のアーティストにも胸を張れる、唯一の映像作家の、当時私が観れてた範囲での、最高作を再見す。当時は、華々しく喧伝された’92のレンフィルム祭上映作(ここより、ソクロフブームが暫く沸騰し続けた)が、’80年代終盤から上映され始めていた初期紹介作品群に比べ、少しだけ期待はずれだったので、やっとこの人の本来の作風、それも頂点に接したと熱狂した。自己の深奥の眠っていたような最もプリミティブな何かを呼び起こすような、自分がなんであるかをイメージしてくれる、いやフォルム化してくれるような、貴重なある意味自分だけの、理想の映画、映画の理想といえるもので、似た想いを受け取った映画は限られている。『ざくろの色』『幼年期の情景』『爆音』『河(’51)』『エイジ・オブ・イノセンス』『弦走』『郊遊』。
実は消去したのだが、消す前のこのスペースには誰が見ても映画の中の映画という作品をリストアップしていた。というのは上映が終わり、明るくなると左隣の席の人がその更に左の人、しかもおそらく全く面識のない人に、真顔で「これって映画? こんなのあるんですかねぇ。」と押さえきれず疑問を投げ掛けていたからで、聞かれた人も何も答えず立ち去ったが、私は少し冷水をブッかけられた気がして、こちらを向いたら、一般的高名作を挙げてこれらとなんら変わりない名画中の名画ですよ、という準備を瞬間したのだった。本作の前後、会員で何を何本観ても定額という環境で『1987』『バッド・ジーニアス』という今の人気作を見て、代表的な歴史観or生活感を、求められる模範的スタイルで描いてて、秀れてるし面白いし勉強させられるし、快感・手ごたえも充分あるけど、何か違うと思ったばかりだった。
確かにここにあるは今挙げた人気作に比べても、ゴミか屑のようなものばかりで、しかも内容・関連性もなく羅列されてるだけだ。唯一クラシックが時おり美しく流れるが、多くは年輩の下層の女らの会話というよりしゃべくる声、かすかな風音・雷鳴・寝息、簡単にのっけた砲声の積極意味のない音声のニュアンス。暗いとき多く(刻々明るさが変わり拡げる)物の輪郭すら定かでなく、色彩も沈んだブルー~グリーン、淡いオレンジ~ブラウンが微かに感じとれる位でいまどきどころかニ原色時代のカラーにもとる感、そればかりか傷も多く劣化した20C初めのモノクロ記録フィルムの長い援用。なんとも一見取材・採集の手間を省いた安易な造りなのだが、それ・フィルムを扱う手つき・見つめ・掘り起こし自体が、その細心さ・優しさ・仕上げによって、かけがえのない真の世界そのものに変貌してゆく。『トム~』のジェイコブスや『~自画像』のゴダールに似たスタンスだが、より作為は感じられなくしてある(単純でもスノウあたりにはしっかりしたコンセプトがある)。
写るは、暗闇から見えてくる(死人の)手、老いた病人(の縮こまりや汗のたまった喉のへこみ)、草地と小さくもくねった川、その背後の林か森、少し浮き上がった細い中央を横切る小道、それらを被う雲の多い空と時折の雷光、そよぐ草と川辺のシダの密生、池にところどころはってる薄い氷。そして引用される旧いスチルに写ってるは、川原の広めの剥き出しめの土、時代によって変わる川原の家の立て込みの数や教会、船着き場と小舟上の人々、カメラに表情を送る座って密に集まってる地域の女や男ら、高い木の並木路、第一次大戦時か歩兵らと大小の砲筒、その発射と森への落下・被害ら。そして当時の動くムービーとしては、半ば瓦礫の残った街を歩きくる将校ら。
しかし、シダや長丈草の描写等が重ねて捉えられてくなかに鶴が一瞬見え隠れし、ゆっくりした多くは僅かめのパンニング(と戻り)だが、池の薄氷張りや後方の林をやや例外的に長めに捉え戻るなかに赤ん坊の肌と着付け・そしてカメラレンズ自体に写り込んだ光芒の穏やかだが偶然的なちからを持つ極めて印象的な明るいオレンジの暖色・生気が入ってくる。なにか、あり得づ息づいてるような、隣り合ったカット間のありかたも感じてもくる。(引用スチルに関し特に)寄り(に見える拡大切取り)・90゚変やどんでんの返しや(位置や時間的)対応(のあたかも緩いデクパージュの存在、フィルムを裏返した?)の手つきや、ディゾルブやF・Oのやさしく自然なリズム。それらは、映像という生命の誕生を感じさせる。カメラとフィルムの、プリミティブな人と世界の出会いと関係をそのままに表したかのような微細な鼓動・震え・触感を手にできる瞬間に巡り会ってゆく、身近な日常と奥深い荘厳さが溶け合うのを感じてゆくうちに。表現かどうかの限界の関わり創るという行為、現されたもの、が最大の力をくれる。
個人的な、この作家への感銘のピークは、本作と続くビデオ作品『精神の声』あたりで、以降は自己を引き上げ拡げてくれる、歴史・紛争・血縁・文化に少しスライドした題材で、レベルの同列・維持はあっても、のり越えには届いてない気がする。
ryosuke

ryosukeの感想・評価

2.5
35mm
帝政ロシア時代の静止画の連続のパートは流石に退屈過ぎてかなりウトウトしてしまい、ソクーロフ先生勘弁してくださいという気分になってしまった。観客の方とか見ちゃったよ。流石にみんなソワソワしている感じだったが、集中して見ている人たちは凄いな。一日に三本ソクーロフ見て三本目がこれっていうのがアカンかったかもな。
第一次世界大戦の映像は何の変哲もないストックショットなのだが、動いているというだけで静止画よりは見ていられるので動画って凄いなとか思った。というより戦争が強いのかな。ストックショットからサラッと新しく撮った映像に接続される。
ソクーロフ自身が撮った現在の自然描写は自然光の変化の過程も捉えられており、美しかったりもするのだが... 「太陽」と同様、鶴が登場。好きなのかな。
Lalka

Lalkaの感想・評価

3.1
初鑑賞のエレジー・シリーズです(他にドキュメンタリー観てるけど含まれないはず)。

スコアが低めの理由ですが、この時期のソクーロフの劇映画を思い浮かべてみると記録映画としての違いが感じられないからです。ドキュメンタリーなのか?と思えてしまう。はっきり言って例の脱色は美しく蕩けてしまう箇所が部分的にある。

また、個人的に感じたこととして音響がフィールド・レコーディングの音楽についている映像と想像すると、取り分け色彩の褪せた写真の部分や森との相性は抜群であると思う。

赤ちゃんかわいいなあ。
菩薩

菩薩の感想・評価

3.5
ソクーロフ版『ラ・ジュテ』、という訳ではもちろんなく、ソクーロフが「生と死」をテーマに撮ればこうなるのだろう。全く意味分からなかった、と言うかそもそもなんの説明もないから理解のしようも無いのだが、ソクーロフ鑑賞20本目ともなると流石ソクーロフだなぁとか逆に関心しちゃうから危ない。生は死の延長線上にあり、生における眠りの延長線上、永遠なる眠りこそが死である、ってまぁ当たり前の人間の一生と、過去100年余りのロシアの歴史をと同一化させたとでも言ったところだろうか。老人の死と赤児の眠り、あんな風に手を握られながら死ねるのであれば、人間の最期としては本望ではなかろうか。ハゲ頭のドアップはエグいが。
flyone

flyoneの感想・評価

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素晴らしさに驚いた。風にたわむ背の高い樹木、大地に揺らぐ木漏れ日。ここには、美しい光、美しい影、美しい風、美しい緑、美しい白がある。
Roland

Rolandの感想・評価

3.0
途方も無いショットの連続、その上澄み液を啜りながら絶えず「dreams for sleep」への欲望に駆られること...
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