モード家の一夜の作品情報・感想・評価

「モード家の一夜」に投稿された感想・評価

pika

pikaの感想・評価

5.0
台詞なく主人公の日々の行動を淡々とカッティングしていくオープニングだけでも面白いが喋りだすと尚の事最高。
インテリな独身男が14年ぶりに再会してベラベラと生き方にパスカルの哲学とキリスト教の宗教観を引用して自分語りをしてるんだが、そんな遠回しにべしゃらなくてもいいのに、というくらい中身はシンプル且つ独身ならではのアルアル話で、表層上の会話とその下で粛々と行われている男女の駆け引きなど脚本がうますぎるしそれだけに留まらずそれらを映画的な見応えに直結させてしまう演出力が至高。
火を借りるというのをアイコンにしてしまったり、シンプルな人間関係だからこそ惹き立つさり気なく散りばめられた演出が見事。
男女の出会いと狭い世界の恋模様ってだけでこんなにも延々と見てられる魅力を作り上げられるロメールの凄さたるや。あと10回は見たいくらい惚れた。
sonozy

sonozyの感想・評価

4.0
1969年:「六つの教訓話 / Six Moral Tales」の第3話(モノクロ)
英題: My Night at Maud's
全米映画批評家協会賞・脚本賞、ニューヨーク映画批評家協会賞・脚本賞

フランスの町、クレルモンの冬。
主人公はジャン=ルイ・トランティニャン(34歳独身・技術者)
彼は敬虔なカトリック信者で日曜日のミサで見かける金髪のフランソワーズ(22歳の学生)に惹かれている。

偶然14年ぶりに再会した旧友ヴィダル(大学教授)の紹介で会う、最近離婚したという女医モードの家での微妙な一夜を経て、
彼はフランソワーズにアプローチするが、彼女が最近別れた恋人(不倫だった)の事ですぐには受け入れてもらえない。

そして5年後。彼とフランソワーズは海岸で偶然モードに出会い、モードとフランソワーズの意外な関係に気付くことになる・・・

トランティニャンの道徳的、自制的なキャラクターや、
ヴィダル、モードとの、パスカル思想、数学、宗教観、恋愛論、結婚観などの議論など、会話劇という印象が強いです。
フランス人のイメージ通りですが、日常会話でのこういうトークバトル、知的だなぁ。(私はまったく出来ません。笑;)
イカ墨

イカ墨の感想・評価

3.8

このレビューはネタバレを含みます

う〜ん。おもしろかった。
パスカルをめぐる哲学的なモノローグはよく理解出来なくて序盤は、ちと退屈だったんだけど、じわじわおもしろくなってくるいい映画だった。
ほんと些細な行動というか判断が運命を左右する感じが、愛って偶発的なんだなあとしみじみする。
込み入った男女は案外どうでもよくて、今が幸せならそれでよくない?っていう感じも好き。
324

324の感想・評価

3.8
会話より応酬という印象に近い言葉のラリー。自分が放つ言葉が呪詛となりかねない怖さ。期待しすぎた感がある。前期の作品を初めて観たが、あっけらかんとした後期のものの方が好きだ。
papikO

papikOの感想・評価

-
恋に悩んだり、愛することに悩んだり、
そういう時の表情って、めちゃくちゃ深刻になったり、めちゃくちゃキラキラしていて。人間ってここまで信じられて、愚かになれるんだな、と思った…。
ロメールの命日ということで何か見たいなと思っていたところ、確かこの映画を録画したDVDがあったはずと記憶していたら案の定だったので久々に鑑賞。

ほとんどただ室内で男女が談義してるだけなのに見入ってしまうのが相変わらず不思議だけど、それを成し遂げてしまうのがロメールの凄いところか。

終盤の雪が舞い散るシーンも室内との対比もあって開放感を覚えて実に印象に残る。

ロメール作品は基本カラーの方が映えるのかなと思うけど、このモノクロが齎す寒々しい雰囲気も素晴らしい。
問答無用のロメールベスト。
ロメールなら金欠映画として傑作『獅子座』も捨てがたい。
冒頭のストーカー行為から、ショットだけでみせる演出力に唸らされる。哲学的っぽい屁理屈みたいな会話をするのも好みだし笑、ラストのお互い全てを理解してなお黙ってるっていう終わり方の切れ味には驚嘆した。最高。
寂々兵

寂々兵の感想・評価

4.1
ベッドという圧倒的な境界を挟んで、自己陶酔した男とエリート女医が夜通し恋愛談義をするなんて最高に決まってるじゃないですか
いずみ

いずみの感想・評価

4.8

このレビューはネタバレを含みます

大傑作。ロメールベスト。獅子座もロメールのモノクロものだったが明らかに本作の方が素晴らしい。モノクロが映える最高。
私=主人公の男が14年ぶりに同級生とお互い初めてのカフェで再会する。ヴェンダと長年の「親友」だという女、モードの家にヴェンダとともに夜遅くに訪ねる。そこでモードとヴェンダと長い長い会話する。科学者パスカルの話、私の恋愛話、お互いのこと。時にはその会話はぶつかり合う。ヴェンダは途中で帰る。そして微妙なはっきりしない間違いがモード家で起こる。私はモードと一夜を共にしたあと別れ、日曜礼拝の教会で一目惚れをした女性をまた見かけ、あなたと知り合いたいという口実とともに彼女の家に転がり込む…。あらすじはここまでにして。とりあえず最初の司祭と大聖堂の迫力あるショット、私が一目惚れした女を車で追うパリの路地風景が入り組んでいて観客もその中に引きずり込むショットの連続。窓から見る雪降るモード家のマンションからの眺め。本屋を人々が出入りするショット。パリの路地場を行き交う人々。雪の中でフランソワーズとキスしようと抱く二人を映したショット…。数え切れないほど、というか全てのショットに懐疑的な感情を抱いて=信じられないほど完璧な構図。ストーリーはそれほど複雑ではなくむしろシンプル。これが同じヌーヴェルヴァーグ時代を作ったゴダールとの違いである。会話がひたすら続く会話劇なのだが、哲学的なパスカルの恋愛の特徴や人物像を会話に交えてそれが彼らのこれからの恋愛の行方を暗示しているようで脱帽。ロメールの天才っぷり。私、はほんとに面倒くさくてはっきりしなくて自分に酔っている男。彼も劇中のセリフで女には道徳を教えてもらってるといっていたがまさにその通り。ロメールが描く男は自己陶酔していてる。それに対してロメールの女性像はいつも寂しさとそれを隠そうととする女の比喩…を描く。ラスト、冒頭の司祭に比べて寄りの構図で映し出されるその違い。二人が目と目でお互いを求め合ったあの場所はより彼らの「もの」にされたのだと感じた。恋愛に一見興味がなく、そんな自分に自己陶酔してる男。寂しい女。美しさの中にある秘密を隠そうとする女。そんな男女の特徴は古典的ハリウッド映画の現代性が欠けていたのをぎらぎらと主張した作品でもある。時々、礼拝堂にいる子供がカメラを見ているような感じがしたのはやはり意図的なのか?あまりにもリアリズム的なヌーヴェルヴァーグ。しかし古典的な設定というか、映画の娯楽性を失ってはいないし映画の美学、娯楽、印象派絵画的な画面を何一つ失っていない。ロメールベストです。
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