“死んだ蜂に刺されたことはあるか?”
“地獄編”では、洪水、子供、戦争、死体、映画、骨、戦国、絵画、爆発、絹、血。それらが意味を結ぶ前に衝突し、燃え、散っていく。戦のモンタージュ。歴史の断面。死のイ…
作品を審級にあてはめるために、そこにうつるものを数えることや手つきをなぞらえることが私たちには許されているし、それだけが表象から、仮構される真相へのまるで祈りのようなアプローチであることも否定しない…
>>続きを読む8月のJLG19
「巨大な破壊力を前に 今こそ革命が必要である
破壊に匹敵する創造力の革命だ
記憶を補強し 夢を明確にし イメージを実体化する」
ボスニア・ヘルツェゴヴィナ紛争の傷跡が街に残る…
今改めて見直すと本作は集大成的な作品にみえる。ゴダールの思想を本人が直接的に語るだけでなく他者が多面的に語るパートを設け、我々の根底の中にある詩について語られているだけでなく、そのパートの前に紛争の…
>>続きを読む三部構成(地獄・煉獄・天国)からなる映像詩。
冒頭の「地獄篇」は戦争や暴力の記録映像をモンタージュで畳みかけ、次の「煉獄篇」ではボスニアのサラエヴォを舞台に、文学・哲学・政治にまつわる対話が展開。
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通算3回目の視聴。アワー・ミュージックは、ダンテの「神曲」を準えて地獄・煉獄・天国の三部で構成されている。だがそこには物語ではなく、語ることの不可能性が据えられている。映画はここで、語るためではなく…
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