ボブおじさん

野獣死すべしのボブおじさんのレビュー・感想・評価

野獣死すべし(1980年製作の映画)
3.8
戦地を渡り歩いた通信社の元カメラマンが、翻訳の仕事に身を隠しながら、一匹の野獣となって、管理社会の安穏とした生活に犯罪で挑む姿を描く。「蘇える金狼」(1979年)に続く、松田優作主演、大藪春彦原作、村川透監督によるハードボイルド映画。

主人公の伊達邦彦は、大藪春彦のファンにとどまらず、日本のハードボイルド小説の中でもかなり名の通った架空の人物だ。

公開当時は原作者の大藪春彦ファンからは松田優作演じる主人公伊達邦彦が原作と違いすぎていると不評だった。年齢や職業の違いもあるが、松田の役づくりも影響しているのだろう。

それは松田が監督が指示もしていないのに、勝手に10キロも減量して、おまけに上下の奥歯4本を抜き、貧相に痩せこけて現場に現れたからだ。

おそらく松田は脚本を読み込み、伊達邦彦がカメラマンとしてアンゴラ・レバノン・インドシナ・ウガンダの地獄のような戦場で完全にメンタルをやられた〝抜け殻〟のような存在と理解したのではないだろうか?

戦地という〝悪夢〟を渡り歩くうちに、彼の精神はすっかり狂ってしまい、野獣と化した。狂気を携え戻ってきた日本は、彼にとっては刺激も高揚感もない、つまらない世界に見えたのだろう。

通常、役者は監督が思い描く人物像を忠実に再現することが求められる。だが松田優作という役者は、時にそれを飛び越えてくる。使う側としては実に厄介な役者だ。

松田はこの時30歳前後だが、この年齢でここまで自分を押し通せるのは、相当な自信と覚悟(役を降ろされるリスク)があるからだろう。

原作者や原作ファンの批判を浴びながら、松田は自分が思い描く〝この映画の中の〟伊達邦彦を演じ切った。自分はそれを評価したい。

室田日出男、根岸季衣、佐藤慶、岩城滉一、風間杜夫、安岡力也など名の通った役者が出ている中、松田の相棒を演じ、これが出世作となった鹿賀丈史の悪役ぶりも見逃せない。



〈リップ・ヴァン・ウィンクルの寓話〉
猟に出た主人公リップが山中で奇妙なオランダ人の一団に酒をふるまわれて寝込んでしまい、目を覚まして山を下りると20年も経っていて、世の中がすっかり変わってしまっていたという話。