大量虐殺で「殺した」側の当時の状況を再演するドキュメンタリー
市場で普通に恐喝してるのとか見ると加害者側は英雄とされてるってか未だにジャイアン的な感じでビビられてるって感じに見えた
俺は大体どっち…
世にも稀な「殺した側」の密着に成功したドキュメンタリー。キャラクターの濃さと映像の多彩さが素晴らしい。
自国民の大虐殺という圧倒的な大罪を犯しておきながら、胸を張ってヘラヘラ笑いながら日常を生きる…
こんなドキュメンタリー映画があってよいのだろうか。
自分が行った虐殺を演じて客観視することによって、後悔や罪悪感が生まれたのなら、この作品の意味があるのだろうか。
大量虐殺を行って英雄となり、地位…
このレビューはネタバレを含みます
残虐性が是とされる社会なのか、プロパガンダのため英雄として振舞わなければならないのかといったことを想像しながら観ていたがともすれば「食人族」的な焼き討ちシーンでの野蛮に見えてることを気にする言動、「…
>>続きを読む「あまり知られていない歴史的事実を啓蒙する」という大きな意義と切り分けて考えて良いならば、どうしても作品の企画それ自体にクエスチョンが浮かんでしまう。
「大量虐殺者に過去の行いを演じさせる」という…
このレビューはネタバレを含みます
映画「日本鬼子」と映画スタイルが似ているときいて鑑賞。
連日で観たので比較しつつの鑑賞となった。
日本の方は加害者の語りのみだったが、インドネシアのこれは、語りだけではなくアクトもある。
終盤、被…
ラストシーンはそこに至るまで当時の再現を演じるということを見せられていたからか、本当に何かを思い吐き気を催しているのか、もしくは演じているのか。
自分はどちらなのかわからず、アプローチの巧みさが光っ…
生まれた場所・環境だけでこんなにも生き方が変わっていいわけがない。
最後の嗚咽のシーンは人間に戻ったと考えていいのか、それとも殺された人達の呪いなのか。
どこまでも演技なのかもしれないが…。
主…
殺人の演技
そもそも「演じる」とは何か?
日々の生活の中で、多かれ少なかれ我々は皆自分の役割を演じながら生きている。
ではそれは嘘なのかというと、もちろんそんなことはなくて、演じているキャラク…
© Final Cut for Real Aps, Piraya Film AS and Novaya Zemlya LTD, 2012