ヴィオレット ある作家の肖像の作品情報・感想・評価

「ヴィオレット ある作家の肖像」に投稿された感想・評価

諒

諒の感想・評価

3.4
作品を作り上げていく毎に心が壊れていっている。
それだけ作品にのめり込んで書き上げていってるのだろう。
ズタズタになっていく彼女がどんな作品を書き上げていくのかが気になって目が離せない。
おぐり

おぐりの感想・評価

4.2
エマちゃんがでてれば おーる 4点以上
もっと 日本に入れて欲しい
ic

icの感想・評価

3.5
苦しい。孤独ということを全面に出す彼女の姿が返って周りを遠去ける。
でも彼女は黙ってられないくらいにストレートに欲求をぶつける。それは不器用と言えどどこか憧れを持つようにも感じられる。ヴォボワァールの考え方からでは受け取って貰えないのなんて目に見えているのに。片思いの相手からの中途半端な優しさ(援助)ほど辛いものはない。優しさは時に残酷に感じる。本当に優しいと言えるのは冷たくすることでもあったりする。同性というのはそこが厄介でもあるのかもしれない。

皮肉な話だ。女性が性について赤裸々に書くという大業を成し遂げたが、彼女の辛い生い立ちがなければそんな小説が世に出ることさえ、増してや時代における女性の立場の進歩さえなかったかもしれない。
愛されないこととは求めるほどに離れていき人間の距離感が孤独を増加させる。お金に飢えているというより、愛に飢えているように見えた。

劇中、女だから、男だからと性別を区別するセリフが多く感じた。時代背景を表しているのか。その割に多くの人がバイセクシャル。
サルトルは最後まで登場しなかったけれど、出てくる登場人物みな今の時代でも有名な人ばかり。芸術のジャンルを問わず付き合える関係で投資したり、応援したり、評価し合う感じがいいなと思ってしまう。
このような作家がいたことを初めて知りました。
話はとても長いのですが、本のように章ごとに区切られているのでわかりやすかった。

エマニュエル・ドゥヴォスの存在感が何しろすごいです。彼女演じるヴィオレット・ルデュックの苦しみが全身から伝わってきました。
激しく愛を求め、自分の出自、母との関係、自分のアイデンティティに深く苦しみ、悩む彼女ですが、そのことを物語に昇華できるということが、生きる救いになっていたと思います。

それを支え続けたのがボーヴォワールですが、感情に流されることなく、常に非常に冷静に彼女の才能を励まし続けているところが印象的でした。
その当時において時代を先取りしていた、女性をありのままに描くルデュックの作品、いつか読んでみたいです。
主人公は私生児として生まれ母親にでさえ愛されたことがない。
それゆえか、いつも誰かに愛を求め続ける。
それが女性でも男性でも、自分を愛してほしいと願う。

それを文章にしろと言われ、文章にし小説を発表する。
しかし、なかなか世の中に受け入れらない。

ますます、自分は誰にも愛されない。
生きている価値もない者だと思い、精神病院にまで入院することとなる。

しかし、自分以外の皆も、1人で生きているということが分かったとき、彼女は1人で生きていけることが分かり、作品が爆発的に売れた。

人は死ぬのは怖い、だが死ぬまでは生きなければならない。
それが分かったのだ。
それを文章にできた彼女は幸せなのかなと思ったりした。
私は、ただ、思うだけだから。
こば

こばの感想・評価

3.0
自身の経験に基づく性を大胆に描いた女性作家ビオレット・ルデュックの半生。
どう評価していいのか…もう一回観たいかと言われたら観なくていいかなーって感じなんだけど、嫌いじゃない。
決して貶すつもりはないけど、初見は「頭のやばいバイのおばさん」という印象。見た目も野暮ったい。ただ、主人公の繊細で複雑な心境の変化に引き込まれ、、、じわじわと来る。最後はとても朗らかで美しい。
映画祭にて。
実在した女性作家の半生。作品と人となりを知らずに観たが、純粋な女性だなあ、と思った次第。感情表現がストレートで仕草や服装がかわいらしい役をエマニュエルが演じてたのがツボ。
「おおげさなんだよ」に啖呵を切ってみせるあたりが彼女の業であり、才気なんだろう。
a

aの感想・評価

-
男女関係なく依存しまくりの体質で、
しかもちょっとヒステリック、
息苦しくないのかなと心配になる。
才能があったから良かったけど、1人だと潰れてたかもしれない。
emily

emilyの感想・評価

3.7

1940年後半パリ、実在した女性作家ビオレット・ルデュックの半生を描く。サルトル、カミュ、ジュネなどに大絶賛され「窒息」を出版するも、自身の性生活を赤裸々につづった物語はなかなか受け入れてもらえず、徐々に心を病んでいくヴィオレット。しかし心の毒をそぎ落とし、プロヴァンスの自然の中で「私生児」の執筆を始める・・

 自身の性生活を赤裸々に綴る。それは彼女が生を保つために重要な作業であった。文章を綴る事で自分を保つ。その人格は今でいうメンヘラそのもので、その才能がなければ誰しもが”できることなら関わりたくない人種”であろう。彼女の性生活は男女の垣根がない。それはどちらかと言うと、人と人との距離の測り方が分からず、誰から構わず依存してしまう性格からきてる。自分自身の存在価値を自分の中に見出す事が出来ず、それを相手に求めてしまうがために、多くの物を求めてしまい、またその態度が自分自身をも追いつめてしまう悪循環に苦しまされる事になる。

 ヴィオレットを演じるのはエマニュエル・ドゥヴォス。つけ鼻をしてその妬みと嫉妬をあらわにした表情が絶品の演技を見せてくれる。また彼女の良き理解者でありながら、一定の距離感を保ちながら常に書くことを強いてきたボーヴォワールを演じるサンドリーヌ・キベルランの中立的な立場はそのまま女性の強さと結び付き、才能を認めながら、彼女を良い意味で追いつめなんとか執筆に向かわせていく。ある意味ボーヴォワールの「とにかく書きなさい」と言う励ましはヴィオレットの執筆人生の大きな支えになったに違いない。

 ヴィオレットはボーヴォワールに執拗に近づき、勝手な被害妄想から理解不能な言動に出るが、それでも見捨てる事はない。それはヴィオレットの才能に惚れているからだ。ヴィオレットは彼女を愛しながら憎み、そしてやはりこんなに憎い愛しい人はいないであろう。書くことは生きる事。書くことでしか自分自身を見いだせない。彼女の書く作業は自身と向き合うことだからだ。書くことで平穏を取り戻し、書くことで自分に戻る。そう生まれながらにして作家以外なりえなかった人物である。暗い室内の中ペンが動く。そこから広がる世界観、自身の記憶をたどる旅の中で、言葉が感情が文字に変換されていく。それは苦しい旅である。しかし自分が自分であるために彼女につっては必要な工程であろう。

 自分が自分らしく生きる事。女性が自分らしく生きること。それはたとえ苦しい過程であっても、自分自身に誇れる生き方のはずだ。
>|