安城家の舞踏會の作品情報・感想・評価

安城家の舞踏會1947年製作の映画)

製作国:

上映時間:89分

ジャンル:

3.7

「安城家の舞踏會」に投稿された感想・評価

かす

かすの感想・評価

3.0
ヨーロッパで死ぬほどされ尽くされているいわゆる定番な話題を日本の貴族制度廃止に重ねた脚本には驚かされた。
この映画の中で重要なのは誰も死なないことではないか。
日本的な感覚。
ヨーロッパの没貴族者は必ずと言っていいほど誰か死ぬ。
その誰かは決まって女であるわけだがこの映画では死にそうな女は誰も出ては来ない。
日本的(というか新藤兼人的なのか)な女は強い男は弱いという感覚が少し邪魔かもしれない。
しかしこの映画は走り出したプロレタリアを追いかける没落したブルジョアジーが砂浜を転げまわり宝石という資本を落とし追いかけるというシーンで終わっているのでその後はどうでもいい。
もの凄い傑作!!

2014年1月11日、鑑賞。

華族制度が廃止された昭和22年に公開されたこの映画、華族制度廃止後の約4~5ヶ月後の封切というタイムリーな作品である。

華族制度廃止に伴う元華族の没落を描いたこの映画、物凄い傑作。

物語を追っての記載はここではしないが、素晴らしい映像美をいくつか列挙する。
〇安城家が華族時代に雇われていた元運転手が(安城家の娘(入江たか子)に)「昭子様、その貴族の心をお捨て下さい。私と結婚して下さい。」と言うと、昭子は運転手の前から走り去り、昭子は酒を鏡にぶつけるのだが、ここで鏡をしたたる酒で昭子の姿が曇るシーンは素晴らしい!

〇安城家の父と(元)妾の結婚を祝してから、ベッドに横たわる正彦(森雅之)を見下ろす小間使いの菊(幾野道子)が正彦を見下ろす不気味な顔は、菊の顔への照明の当て方が素晴らしいので、不気味さが際立っている!

〇安城家の父が自殺するのではないか、と観客にも思わせるシーンでの斜めの構図も見事である!

などなど、素晴らしいところを挙げたらキリが無いほどの大傑作。
華族制度廃止の翌年の映画。
今までの生活が続けられなくなり、ついに屋敷を手放すことになってしまった名門安城家。没落華族が最後にみる一時の夢として舞踏会を催すのだが、そこで様々な思惑が交錯するというもの。
家族のなかでも、こうなってしまったからにはなるべくはやくに順応しましょう派(次女)と、まぁなるようになるんじゃねえの派(長男)と、拙者絶対に働きたくないでござる派(父・長女)で割れている。
登場人物ひとりひとりの心の機微を丁寧に描きながら、時代とともに否応もなく変わってゆく富めるものたちの力関係を残酷なまでに描き出して見せた脚本と演出が見事。
原節子の立ち居振舞いはもちろん絶品だが、彼女の話す日本語がすこぶる美しい。庶民が言うとギャグになってしまうであろう「ごきげんよう」だとか「ごめんあそばせ」など、正しい上流社会の言葉遣いを常日頃から口にているかのような自然さで演じてみせるお姿は、私の目にはもったいないくらいの気品に満ちている。
舞踏会なので音楽にのせたダンスパーティが見せ場となるのだが、客人を招き入れる広間はボウル・ルームと言うには些か狭く、洋風の邸宅とはいっても日本家屋の域をでない構造なので、外国映画の舞踏会のような優雅なダンスシーンでないのは悔やまれる。
気位の高い出戻りの長女が、元運転手だった男のプロポーズを受け、首飾りもハイヒールも投げ出して浜辺で後を追うシーンが好きだし、森雅之のニヒルを気取って女を泣かせるクズっぷりはここまでくると清々しい。
47年という古さもあり、音質画質ともに粗いが、モノクロ映画を幾つか観たことがあれば気にならないだろう。
初)ヴィスコンティの作品を思い出してしまった…ヴィスコンティ作品の薄味版かな?(出来事だけかいつまんで人物描写が薄くドロドロ感も薄い…)と思う。でも当時の作品にしては刺激的なものだったと思うし、戦後の庶民の生活を描いた作品は沢山観たけど貴族のものは新鮮だった…森サンって芸達者だなぁ~
原節子の視線が楽しかったし、スイッチ入った後の森雅之の顔がカッコいい。

人が沢山いるのはやっぱりいいな。
「開館10周年特別企画 神保町シアター総選挙2017」(森雅之特集)
@神保町シアター
あ

あの感想・評価

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貫頭衣着てても原節子は白い鶴のように美しかった
森雅之の登場の仕方もかっこよかった
後半の演出ヤバすぎて目が離せなかった。コメディだよね?めちゃ笑った
521号

521号の感想・評価

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だうんとんあびー

拍手する人を見下ろす景色に卒倒しそうになる
人とはつくづく奇妙で面白い生きもの
戦争後、華族制度は廃止された。
映画はその没落貴族の舞踏会をクライマックスに一族の苦悩と模索を描く。
ある者は昔を捨てきれず、ある者は捨て鉢な態度に終始する中、原節子扮する娘は、今は財を成している元運転手を頼ろうとする。
時代の変転を境に逆転する人間関係を冷徹に描く吉村公三郎の演出と新藤兼人の脚本がすばらしい。
森雅之の自暴自棄、神田隆の純情(後年こんな役柄は演じてない)など見所あり。
森雅之の憎めないクズっぷりと原節子の美しさが愛おしくてたまに見ますが昔の邦画のすごさを実感できる作品ではないかと。思ってしまうのです。

あらすじがないので私なりの言葉で簡単にご紹介いたします。

農地改革で資産をほとんど失い、さらには華族制の廃止で精神的にもダメージを受けた安城家(伯爵家)の人々は、ついに借金のカタとして自宅さえも失ってしまうという日の前夜、最後の舞踏会を開きます。最初はバラバラだった家族の心がその舞踏会での出来事を通してやがてひとつになっていく、というわけではないようなあるような微妙な感じなのだけれど、最後はそれぞれが新しい時代・人が平等な時代に対してそれぞれの折り合いをつけていく…

邦画なのに全編通して伯爵家の洋館が舞台だというのがぶっとんでていいのです。セットの出来ばえも当時の洋画にひけを取らないものでしたし、社交ダンスの場面も完成度高くてびびるくらいでした。

とはいえやはり最高に印象深いのは、私の中の邦画3大名優のうちのふたり、原節子と森雅之なわけです。

洋館にいる原節子のスペシャル感、ハンパないです。やはりあの方には木造住宅の階段を登らせてはいけません。伯爵家の洋館のらせん階段やバルコニーが似合うのです。

森雅之のピュアで知的なクズっぷりもハンパなく見応えありました。この方はいろんな名作でいろんなタイプの憎めないクズを演じてらっしゃいますが、私はこの作品のクズっぷりが一番好きです。
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