心と体との作品情報・感想・評価・動画配信

「心と体と」に投稿された感想・評価

雪山を自由に駆けまわる二頭の鹿、食肉工場で人間に屠殺される無数の牛、その食肉工場で出会って恋に落ちる二人の人。

海外の映画を観るのは、異国情緒に触れたいから。この映画は、異国情緒だけでなく、動物との対比も交えて、人間の心象風景が丁寧に描かれていて、観賞後、ほのかな余韻が残った。

野生の動物が持つ鋭敏な感受性を、人が人間社会で持つことは、マーリアのように周囲の人との間にコミュニケーションの障害を生み、当人は生きづらさを感じてしまう。障害の程度が大きいと、精神疾患という病気のレッテルを貼られる。

マリーアと同じような感受性を持つエンドレは、それを封印(抑圧)して生きてた。マリーアと出会い、抑圧されていた感受性が解放される。夢の中で鹿になった二人は言葉(論理)を介在しない感性のコミュニケーションをとり、そこには何の障害も生じない。

セリフの少ない映画が好きだ。解釈の幅を視聴者に委ねてくれるから。セリフの余白を、映像からインスピレートされた言葉が埋めようとする(=解釈)。そういった意味で、観賞後に、いろんな言葉が湧き上がる映画。◎
アス

アスの感想・評価

5.0
素晴らしい映画だった。
こんな映画が撮りたい。
余計なBGMも一切無くて。
どこで一時停止しても綺麗で。
応援したし、共感したし、ハラハラしたし、
本当に良かった。
幻

幻の感想・評価

4.1
わたしは、昔から性的に触れ合うことが苦手だった。友だちとしてなら躊躇なく、むしろ好んで触れあうことができるのに、それが恋人となるとどうしても指先を絡めることすら上手にできなかった。触れたいと思う自分自身にたいして嫌悪感を抱いてしまうのだ。それは幼いころの記憶がそうしているのかもしれないし、成長していくなかでつくられた『性のみにくさ』というわたしのつよい考えからなのかもしれない。

『触れたいと思う自分が汚れているように感じてしかたないの』とベットの隅でぐしゃぐしゃになって泣き出したわたしに彼は『好きなひとに触れたいと思うことは普通のことだよ、大丈夫だからね。』とやわらかい、わたしの大好きな声でそう言っていた。みんなが当たり前に出来てしまうことひとつひとつが、わたしにはどうしてもむずかしかった。触れたいと思う自分を自然なことだと認めてあげられず、いつも苦しかった。指先が触れるだけで震えてしまうわたしに『幻ちゃんと一緒にいられるだけでしあわせだから、そういうことができなくたって大丈夫だよ』と笑って、躊躇いがちに髪の毛をやさしく撫でてくれた。

わたしたちは不器用だった。はじまりすらたどたどしくて、まるで生まれてはじめて愛を知るみたいに些細なひとつの言動さえ細心の注意を払い、こまやかな気づかいのなかで幸福を味わった。愛を感じるにはからだよりも言葉がいちばんだと信じていたから、鼻先が触れたときは思わず泣き出しそうになったほど。

『あいしてる』と口にするのはむずかしいからわたしたちはそっと唇を重ねるんだ。

言葉で表現しきれない感情があって、言葉で覆い隠す方法もあって、どんな小説家でも100%言語化なんてきっと永遠にできなくて。言葉にできたとして、やっぱり相手に届く確証もない。

愛するって、こういうことなんだろうね。いまにも零れそうなこの感情は表面張力でなんとかとどまっていて、もう1センチでも近づいたら溢れちゃいそう。

わたしたちは不器用だった。別れの夜すらぎこちなくて、きみに出会ってはじめて愛を知ったみたいに、視線を交えるだけで精一杯だった。瞬きするたびに涙が零れた。過去形になった途端輝きだすのはどうしてだろうね。滲んだ視界で見つめたきみは、きっと世界でいちばん綺麗だった。
みる

みるの感想・評価

3.1

このレビューはネタバレを含みます

飽きずに観れたが、私には理解不能。
あとあれだけ出血してても案外平然としているのが気になった。
すー

すーの感想・評価

3.9
心理的に物凄くリアルな作品。最初にマリアがエンドレに気づいて反応するまでとか、敢えて洗面所の関係ない人を写したりとか。マリアみたいに純粋になって、どんな恋でも自信を持って好きと言えるようになりたい。
乳歯

乳歯の感想・評価

4.0

このレビューはネタバレを含みます

獣の肉を断つ食肉処理場という舞台と、獣として自由に生きる夢。また、身体が不自由な男と、コミュニケーションが不得手な女。それぞれの対比が静謐かつ鮮烈に生きていてよかったです。終盤でヒロインが切った腕が、男が動かせないほうの腕と同じ側というのが示唆的でいいですね。風呂場で流れた血を拭き取るのも序盤の食肉処理場のシーンを彷彿とさせて、舞台とストーリーテリングの噛み合わせがうまいな〜と唸りました。
麦酒

麦酒の感想・評価

5.0
なんて美しいものを撮るんだ…。
自分の制御できない心と体にひたすら誠実に向き合うヒロインと、諦観をもって静かに生きる隻腕の男。
二人を救うものの尊さが、言葉を用いずに表現されていた。
nono

nonoの感想・評価

-
美しいんだけど、生き物の死も流れる血もまだ直視できない若造なもので…じっくりと観ることができなかった。

それでも綺麗な映画だった。
Canape

Canapeの感想・評価

3.7
腕に障害を持つ男と心に障害がある女の夢のお話。ままならない体、無意識に歩く心、現実の世界で生きることは決して楽ではない、でも夢の中ならー。同じ夢を見て、夢の中で戯れる、森と鹿の美しさ。心のままに体を動かせる、野生の本能で感じる、生きることの自由さ。誰かを不本意に傷つけたとしても、一番傷付いているのは本人だということを周りはわからないかもしれない。葛藤して苦しんだ先に見つけた愛の形や人の優しさに、苦い人生の中の宝物のような瞬間を見ました。寓話のようでありながら、こんな見せ方もあるんだなぁって。現実を突きつけ、共に歩んでいく愛の形がとてもよかった。
ハンガリーの女性監督が撮った幻視(げんし)のような映画に、1人の日本人男性である僕がどうしてこんなにも懐かしさを抱くのだろう? 幼い頃からアメリカ映画に慣れ親しんできたため、普段はあまり意識することのないこの不思議さに思いを沈めながら観ました。

ハンガリー語を聞くのはこれが初めてで、僕の耳には部分的にドイツ語やロシア語が溶け合っているように感じられ、たぶん映像に引っ張られたこともあって土の香りがするような素敵な音韻でした。食べ物は海を持たない国に多く見受けられるように野菜の煮込みが多く、ライスもよく登場していて興味深く思います。

監督はイルディコー・エニェディという人。色彩も構図も行き過ぎないように趣味良くまとめている感じがして、カット割りにはリズムがあって気持ちよく観られました。そのため牛が屠殺され血を流し解体されていく精肉加工所の生々しさと、2人の男女が同じ夢(2頭の鹿)を見る幻想性が説得力のある詩的映像として伝わってきます。

あらためて構成力の大切さを思います。たぶん構成力がなければ、妄想映像にしかならなかっただろうと思います。たとえば現代詩と呼ばれるものは定型をはずしていくものだと思うのですが、詩の特性にはあるパターンをもたせることが挙げられるでしょうし(音数を制限したり韻を踏むなども含め)、そうした意味での詩的な構成力が宿っていたように感じます。

それにしても野生鹿2頭(雄と雌)の夢のシーンには、美しさというよりはその愛おしさにため息が出ました。降りしきる雪の木立、冴えた水の流れ、黒々とした土と枯れ草、チャーミングな鼻息。大好きな人が冬の日にはく白い息に、胸が震えたことを思い出します。

劇中ではっきりとは描かれていないものの、おそらく色々あったすえに離婚してそれでも寂しさのなかを望んで生きる初老の男と、コミュニティ障害を抱えながら生きる30歳過ぎの女が夢のほとりで出会う。ともに同じ夢を見ることの象徴性はそれほど純度の高いものではありませんが、それでも鹿に表れる体格差や男女の年齢差なども含め、大人がどこかで優しく夢見ているようなシチュエーションのように思います。

また性に対する男女の感覚の違いが様々なシーンに散りばめてあり、男と男、女と女、女と男のやりとりなどが煩(うるさ)くならない程度にうまく配置されています。これも構成力だろうと思います。

特に何かを深く描いたような映画ではないのですが、映像の肌合いのようなものが折に触れてふと蘇ってきそうでした。僕がもしも高校生で思い切って好きな子を誘うときにこの映画が上映してたら、すごく嬉しいだろうなと思います。
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