手をつなぐ子等の作品情報・感想・評価

「手をつなぐ子等」に投稿された感想・評価

「手をつなぐ子達」観了。知的障害のため何度も学校を変わった少年が、熱心な小学校教師(笠智衆)とクラスメートと出会い、学校が楽しくなるが、そこに札付きの悪童が転校してきたために⋯という話。日本の障害児教育の先駆者である田村一二の原作を、伊丹万作が脚本化(これが遺稿となった)、稲垣浩が監督した昭和23年の作。

1950年代以降、日本の教育は、「お国のための人材資源育成」(「マンパワーポリシー」に象徴されるような)を実現すべく、国家統制下に組み込まれる。だが、それより前の終戦直後には、在野の教育者が模索した自発的で生活に根ざした教育運動(無着成恭に象徴されるような)が、盛り上がりを見せていた。そうした終戦直後の自由な教育のムーブメントに、本作の関係者が位置づけられるのかどうかは知らない。だが、少なくとも、本作には、後の学校教育で幅をきかせることになる、効率優先主義も過剰な競争も職業訓練としての授業も無い。しかも、時代設定が昭和12年なのにそれが無い。昭和初期といえば、明治初期の自由主義的教育が終焉し、国家の統制による国家のため(「殖産興業」「富国強兵」に象徴されるような)の教育が主流(大正自由教育運動を除く)だった時代。なのに劇中ではそんな雰囲気が全く無く、ひたすら伸び伸びとした教育が展開されている。原作が発表されたのが昭和19年なので、単にその内容に従っているだけなのかもしれないが、そうだとしても、戦前の日本であの自由な空気というのは違和感がある。逆の言い方をすれば、目指すべき “理想の教育” が思いっきりフレーム・アップされている。もしかしたら、それは、原作者の強い意図あるいは願望なのかもしれない。そして、終戦直後の日本の教育界に巻き起こったのは、まさに原作者が望んでいたような、理想に燃えた熱意であり、その熱意が本作にも大きく影響しているのだろうと思う。

そして、そうした自由で伸び伸びとした空気と熱意の元でのみ、人間的で豊かな教育は展開しうるのだという本作のメッセージを、理想主義に過ぎると片付けることが出来ないほど、本作は感動的な名品なのである。
青二歳

青二歳の感想・評価

3.6

このレビューはネタバレを含みます

1948年大映。笠智衆若き教師役。舞台は昭和12年(1937)、知的障害児童“特異児童”の物語。えこのイケメン子役長門裕之なの?(・д・。)
さてなんで今作を撮ったんだ大映…?と軽く背景も考えると、大映が映画化した時は養護学校発足したばかりで、笠智衆に言わせているように、"特異児童"の教育の必要性を認知させたい時期。
養護学校は主に戦後に稼働。盲学校・聾啞学校の歴史は私塾・公立校ともに明治時代からあります。そこに身体障害・知的障害児童も含めた体系が整備されていくのは戦後の教育基本法から。
原作の発表は44年なのでまだ彼ら"特異児童"の自立教育についての体系もノウハウもこれからという時なんでしょう。戦前の救護法の方での取組の実績は体系立てられていたかは微妙でしょうし。で、昭和12年の物語としてフィクションの体で問題提起したものというところかなと。GHQ検閲下ですからこの手の啓発映画もね。

それだけでなく、子役たちがとにかく熱演でよかったです。イジメを乗り越えた先の友情とかベタなりに妙な説得力があります。
修身の授業っていいな…笠智衆がやるからかな〜
大映京都、何が楽しいって、遠足で子供らが嵐山に行った時、映画撮影のロケハンに出くわすんですが、こういうメタネタ挿入してくれるの好き。河原で殺陣なんて子供たち喜んだでしょうねえ。
なお撮影は宮川一夫。'44年の"土俵祭"みたいにクローズアップやクレーン等色々試しててすごい楽しそう。遠景はこの頃からかっこいいです。
N

Nの感想・評価

4.0
『生誕110年 女優 杉村春子』にて

 知的障がいのかんちゃんをいじめていた転校生の山金が、かんちゃんとの触れ合いの中でだんだんと純粋になっていく話。
 笠智衆さん演じる彼らの担任が本当に素晴らしかった。かんちゃんや山金を突き放すわけでもなく、手を差し伸べるわけでもなく、ただ見守っていた姿がとても印象的で、教育者とはどうあるべきかについて改めて考えさせられた。
rico

ricoの感想・評価

3.3
阪妻「無法松の一生」が良かったので、稲垣×伊丹万作コンビのこれを観賞。

今で言う所の「特別学級」タイプの子ども、「かんちゃん」をいじめているうちに、クラスのガキ大将「山金」がかんちゃんに感化され純粋になる、というさわやかなお話。(尚且つ、原作はルポルタージュということで実話ベース)
カメラは宮川一夫なのだけども、いかんせんパンしまくっている。