地の群れの作品情報・感想・評価・動画配信

「地の群れ」に投稿された感想・評価

 被差別部落と被爆者が差別をし合う映画。お話としては非常に面白く見応えもある。退屈を感じることはなく、あっという間に見終える事ができた。
 しかし、この映画は差別というリングで行われるプロレスのように感じられた。被爆者も被差別部落の人間もお互いにぶつかる事だけを目的に作られた感じが出ていて不快感が出てしまった。人間の本性を描いているというが、本当にそれを描ききれていると言えるのか。私はそう思えなかった。
 そんな映画だが、最近の社会派を名乗る映画に比べたら信じられないほど面白いし、問題の核心をついていると思う。何故か悔しいのでこのスコア。
🐀🔥🐀🔥🐀🔥🐀🔥🐀🔥
🔥これは戦争の産物ではなく🐀
🐀人間が素から秘めていた物🔥
🔥🐀🔥🐀🔥🐀🔥🐀🔥🐀
長崎県佐世保市で開業医をしている宇南(鈴木瑞穂)は戦前の少年時代に炭坑の朝鮮人の娘を妊娠させた経験がある。
宇南は責任を取らずに逃げ、その後朝鮮人の娘は事故死した。
そんな宇南の医院に被差別部落に住む徳子(紀比呂子)が「暴行を受けた証明書が欲しい」と駆け込んできた。
暴行の詳細を言わない徳子に「証明書は書けない」と追い返す宇南だったが、後にとんでもない事件が起き・・・。

『黒部の太陽』熊井啓監督作品。

朝鮮人被差別部落や原爆による被爆者差別部落など現在でもかなりタブーな題材を扱う作品です。
昔は原爆被害者も差別の対象になるのかと思いましたが、現在でも福島県民への差別問題を報道されると日本人は今も昔も変わらないんですよね。
まぁ色んな国でも人種差別はあるわけなので、自分だけは特別凄いとか思いたいのは人間の性なのかもしれない。

差別問題に加えて暴行やレイプなど人間の醜さや闇の部分をイヤというほど描いてまして、気持ちとしては暗くなる映画です。

でも避けてはいけない話でもあるし、色々考えるうえでは見ておいて損な作品ではないでしょう。
akubi

akubiの感想・評価

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醜い自分が剥き出しにならないように。そんなふうにしか生きられないのだろうか、わたしたちは。そんなはずはないと空を仰いでも、ただ地を這い血を吸うあの鼠たちの画が目の前にやきついている。
なんでも神さまのせいにして、わたしたちは自分だけがかわいい。見て見ぬふりのような無知を纏う日々において、生きているだけで罪なわたしたち。彼の(みんなの)絶望と恐怖ははかりしれないけれどまずは隣に、側にいるひとから愛してみようよと、このどうしようもなさからそんな幽かな想いを、すくいとろうとした。
tenta

tentaの感想・評価

4.3

このレビューはネタバレを含みます

まさか、「黒部の太陽」の監督とは思えない。重苦しく、より社会派で、映像音ともに洗練されている。ベルイマン映画のような深刻な方へと向かう人々。彼らは被爆者差別、部落差別、朝鮮人差別と様々に虐げられている。この題材に正面切って挑み、観客に目をそらさせない力。最後には、その行き場のなさに絶望と怒りが湧いてきた。

 ATGが制作している今作品は、それらしい実験精神に富んだ映像表現が多々見られる。モノクロームで、アスペクトは3:4。だが「黒部の太陽」以上に画面は凝っているように思えた。語りが多いが、それに伏せて映像も雄弁に語る。復興した長崎の映像と被爆者たちの静止画というクロスカットの対比。強姦されるシーンの省略に電車、飛行機、そして倒れた自転車の車輪が止まるという話法(性的な描写を避け、もっぱらその暴力性を際立てた巧みな演出)。また木漏れ日が顔にかかる中をカメラに向かって歩いてきて、会話が途切れるベストタイミングで人物の顔が画面いっぱいに映し出され、フォーカスアウトする計算されたカット。暗闇に投げ捨てられる聖母像の不気味さ(こういった夢幻的な描写はいかにもベルイマンぽい)。どのカットも、その物語を語る意匠がなされている。

 また音が異常に少ない。ある一つの音だけを強調し、他の環境音をバッサリ切ってしまうのは、ブレッソンぽかった。音楽の音数も少ないが、とても映像にマッチした質素な音楽だった。

 語りの映画。話者が画面に登場せずとも続く語り。それゆえに今の話なのか過去の話なのか判然としなかったりするが、これが段々と判明していくから面白い。にしても、彼らの語る内容は鬱屈としており、誰かと話せばたちまち揉めてしまったりうまくいかない。患者の老婆が部落や被曝について話すも、そっけない応答で済ます医者。もはや彼らの日常の話で驚くことはないかのように。この医者は妻ともうまくいかない。医者「俺はそうは言ってない」妻「確かに、そうは言ってないわね(でもそういう意味を含ませて言っているでしょう)」というように。問題は話したところで解決なんかしない、ただそれを観客が耳にしてある種目撃することが重要なのだ。

 医者。そういった意味で彼のその職業は、皮肉にも誰も癒してはいない。朝鮮人を妊娠させて去った自身の過去、強姦された女に診断書を書かなかったこと、妻の妊娠を薬を混ぜて堕ろさせたこと、被爆者であることを隠す患者を問い詰めるなど。彼はどす黒いほどに罪を抱えるが、彼は世間一般を代表しているにすぎない。特にその当時の男性の女性への接し方が出ている(「黒部の太陽」では描かれなかった男尊女卑がしっかり描かれている)。しかしまたそんな彼も長崎原爆後被爆地を焼けた父を探していた悲劇を持つ。これと同じ例で、徳子を犯した男、宮地は「海塔新田」という被爆者の多い部落出身の男だ(調べたら架空の部落でした)。ケロイドで肌がただれて、その血は被曝しているから腐っていると言われ、世間に嫌われている。徳子もまた「エタ」の部落であり、最終的に徳子の母が海塔新田に乗り込んで罵るシーンでは、まさに弱いものがさらに弱いものを叩く構図が出来上がってしまう。徳子の「エタ」部落であることを言いふらすと脅す卑怯さの宮地は、自身の身分のせいで女性に生涯接せないと思っている。誰を責められるんだ・・・こんな中で。劇中何度か挟まる米軍基地の映像は、これらの罪を米国へとあてつけているように見える。やや強引だし、全てがアメリカの責任ではない、ただこんな原爆を落とした国への怒りが見える。アメリカの飛行機が撒いた謳い文句として「原子爆弾、人類のために落とした花束よ、キリスト様も文句なし」がショックでした。

 出口はないのか。幾度か挟まれる生きたまま焼かれるネズミの映像の強烈さ。彼らはその箱で焼け死ぬ。まだ生きているものも傷を残して。そして箱からでれないままである。この映画のラスト、津山信夫は徳子の母を殺した罪によって徳子の部落の者に終われる。通りかかった医者は彼らを呼び止めるが、誰も止められない(またしても誰も助けられないのだ)。津山は綺麗に建てられた集合住宅、団地を駆け回る。住人がにこやかに見つめるその表情は異化効果を起こして不気味に映る。そんな彼は倒れることもなく走り続けると、あのネズミのカットが割り込んで幕を閉じる。走る彼の先に出口はないのか。津山は徳子への恋愛感情と、部落の家族意識の間に揺れていた。しかし、ここでは愛は勝てなかった。それでも、彼らのような存在が、何の偏見もなく愛するという行為が、希望的に見えたのだった。太陽族なんかに代表される無軌道な若者の自由恋愛は、それだけで社会の希望だったのかもしれない。

 レッドパージの中追い詰められた共産党員の話や、キリスト教不信の話など他にも様々な問題があった。共産党員の話とかは用語なんかも難しくまだわからなかった点も多め。朝鮮の話も個人名がごっちゃだったのでまた見返したい。あと前作「黒部の太陽」は、やはり三船&石原色が濃く、監督自身の本領は発揮されていなかったと推測する。
部落差別。被爆者差別。朝鮮人差別。謂れなく一つ場所に押し込まれ出ることの能わぬ人々。それぞれの行き場のない憤懣の矛先は別の理由で差別されている者へと向かってしまう。被差別者とて人の根っこは同じ。差別される苦悩を知っているのに、同じく虐げられた人を見れば下に見て止まぬのだ。人の心にある闇。その場所はそんな心のありようによって吹き溜まりと化す。這い出せない。彼らを遠くへ押しやり見ないようにして、差別は建前上ないものとされる。それが社会の実情だ。差別の所在は目に見えないから特定するのが難しい。差別心は当事者間でだけ伝わり合う。当事者以外にはそれはないのと同じにされてしまう。だからこの問題はいつまでも解決しない。
akihiko810

akihiko810の感想・評価

4.1
gyaoで視聴。「黒部の太陽」の熊井啓監督。
原作は「全身小説家」の井上光晴。
差別が差別を生み出す「差別の重層性」を鋭くえぐる重厚な傑作。

宇南は朝鮮人の少女を妊娠させ、少女の姉宰子にその責任を追及された。「俺は知らんよ」と否定し、宇南は炭坑を去った。それからかなりの時が経ち、医者となった宇南は佐世保で診療所を開いていた。その患者の一人に明らかに原爆病と思われる少女がいた。しかし、その娘の母光子は、差別を恐れて頑なに自分は被爆していないと言い張る。ある日、被差別部落に住む徳子が診察所に「強姦の証明書を書いてほしい」とやってきた。それがきっかけとなり、宇南自らの黒い過去が脳裏に甦る。さらには二つの集落の間で長年くすぶっていた怨念と憎悪が炎上し、思わぬ悲劇へと向かっていく…

部落差別、原爆症差別、朝鮮人差別、炭坑労働、強姦事件、米軍基地、共産党員、キリスト教不信といったありとあらゆる問題を重層的に描いた作品。
こんな重苦しい邦画が存在していたのか、というのがまずショック。
映画のはじめと最後に、共食いするネズミが焼き殺されるショットが挿入されるが、それがこの映画と、差別/被差別の人間たちの象徴となっている。
ただし、この作品はとにかく「重層的で重厚な内容」に特化した作品であって「映画としての面白さ」なら、たとえば「(秘)色情めす市場」の方に軍配が上がる。

にしても、たまにこんな作品を無料で配信してくださるgyaoには頭が上がらない(普段は駄作中心なのに…)
菩薩

菩薩の感想・評価

4.5
「日本人なら」なんてフレーズが飛び出してくる度に「日本人」とは何かとの問いにぶち当たるが、自分が思う「日本人」の姿はまさにこれであるし、こう言う作品を気持ちよくスルーして行くのもまた「日本人」らしい姿ではないかと思う。何も寓話的では無くかつ過去の出来事としてくくるべくも無く、同じ様な差別構造がしかも同じ核を元にして生み出されてしまった事実を知らぬとは言わせないし、レイシズムやセカンドレイプに関しても同じ、歴史は繰り返すとの残酷過ぎる事実を痛感する。動物愛護精神に富む人はタイトルバックで停止ボタンを押すだろうし、そうでなくても途中途中挿入されるショッキングな「傷跡」に目を背けるだろうし、なんとかして最後まで見通す事が出来たとしても繰り返される惨劇に鑑賞自体を後悔するかもしれない。ただあれこそが「日本人」の姿だと思うし、豊かな生活を享受する一方で、もがき苦しむドブネズミ達を嘲笑うとの図式は、こんな世相だからこそより一層身近に感じられるのではないだろうか。北林谷栄vs宇野重吉の恐ろし過ぎる切り返しバトル、暗闇から石を投げ続ける匿名の攻撃性、陰惨な作中に咲く一輪の花こと紀比呂子、SASUKEの反り立つ壁の元ネタ、それを超える事が出来ても「日本人」が攻略すべきファイナルステージは遥か先にある。米軍機は今日も空を飛ぶ。
当時のインディペント映画の香りは十二分にする。
豚のシーンは今村昌平監督の「豚と軍艦」を思い出した。

伝えたい内容が痛いほど伝わるが、描き方があまりにも不器用。
ステレオタイプのキャラクター。
ダイレクトに全て説明してしまい、物語の深みや広がりがない。
観てるこちらが説教されているような気分になる。
yuuuk

yuuukの感想・評価

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冒頭のニワトリ一匹に多数のネズミが襲いかかるシーンがあるが、物凄いオープニングを飾るが最後に残った🐀は?

浦上天主堂イエズス会の修道女をやたらと追い回すのから始まり婦女暴行を取り上げ犯人扱いされた知り合いがでっち上げられている事実を告げる

朝鮮部落住宅(同和部落)と被爆者部落(海塔新田(かいとうしんでん)と呼ばれる部落)の対立していた。戸島炭鉱or宇部炭鉱
佐世保海軍公社徴用工員(海賊、海の893)働いていた
女性は表向き被曝してないのに被曝しているのでは告げられ原爆被害者の母親は食べ物からの内部被曝してたのでは?
闇市で買った物を食べていたらあり得る

平和に過ごしましょう〜の女性のカルト的な台詞には疑問が?
表向き平和にといい戦争をしていたのは何処の誰ですか?昭和天皇でしょ!
言葉巧みに騙すからなぁ
でっち上げ戦争して長崎広島に人体実験用の地上起爆をしておいて
だったら核兵器廃絶に何故署名しないのかな🤔
平和、平和って言ってる割に国民に対して何してくれました?国のトップの皆さん、そして天カスさん生活苦、借金漬けにして苦しめているのは何処のどいつですかねー😡

何故長崎に原爆を地上起爆したのか?
この地は人喰いイエズス会と🇬🇧BBAザベススパイのグラバーが住んでいたグラバー邸がある長崎市にある

何故英國東インド会社グラバー邸の近くに起爆せず少し外れた浦上天主堂で起爆させた。それは昭和天皇命令で行った人体実験
そこに起爆させたら人喰いもペドフィリア の幼児性愛や婦女性愛も出来ないとなるだけのこと

グラバー園近くの大浦天主堂は海のそばにあるのか?その意味は子供達を誘拐して暴行した後イエズス会のあるバチカン市国に船で連れて行く為

日本は、英国国籍の昭和天皇が仕切る893(海賊)イギリス領の植民地で朝鮮人、中国人、日本人の炭鉱などでの強制労働があった時代

これらの事を隠蔽していますね
被曝差別を表にしてその差別している煽動者は、誰でしょうねー
白人至上主義者の政治屋と天カスでないの?
あんたらが差別してんだろうよー

強制労働で働きに来ている朝鮮人(民衆)が国の政策に騙されて来たと言うのも多かった。そして、この映画で描かれているのはその部落差別と言うか罵り合いの分断工作が強いのに肝心な天カスに関しての事やグラバー邸が近いのに一切触れない

監督熊井啓は、他作品見ても肝心な事は描かない天皇側カバール人間が創る作品で
センセーショナルに表現しているって言う割には大した事ない
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