ジンジャーとフレッドの作品情報・感想・評価

「ジンジャーとフレッド」に投稿された感想・評価

真面目とも不真面目ともつかない人々が出て来る中、ジュリエッタ演ずるアステアだけは生真面目にリハーサルしようとしたり演技を全うしようとする姿が逆に滑稽で愛おしい。
そして、マストロヤンニ演ずるピッポがアステアを見つめる目が切ない…
自分の映画の常連俳優を並べて、こういう郷愁溢れる作品を遺作として撮ったなんてフェリーニやるなあ!と思ったらまだ遺作じゃなかった。

それにしてもジュリエッタは60を過ぎてもチャーミングで毅然としていて素敵だ。私もこんな風に歳をとりたい。
とし

としの感想・評価

4.2
フェリーニ監督自身がテレビを良しとしてなかったのか、アメリアとピッポがテレビの芸を良いものとしてなかった設定なのかわかりかねるがテレビ中毒に気をつけてくださいなど痛烈にディスっている。 フェリーニ自身もテレビの事はよくわかってないのだろうが、映されているのはテレビというよりもサーカスや舞台の様な空間だった。 ジュリエッタ・マシーナとマルチェロ・マストロヤンニというフェリーニ常連役者が年老いた芸人役を演じることよって哀愁を感じることができる。
画面の奇妙さとか毳毳しさとか、まさに良くも悪くもフェリーニがジンジャー・ロジャースとフレッド・アステア(の物真似)をモチーフに撮った80年代のイタリア映画って感じの作品。

面白いかどうかってのは微妙ながら、随所から漂う哀愁もあり嫌いにはなれない。
natsuko

natsukoの感想・評価

4.5
一世風靡したモノマネコンビが一夜限りの復活。
フェリーニ作品初期のストーリーの見易さと中期の幻想的な世界が丁度良くミックスされていた。
フェリーニ常連マストロヤンニとフェリーニ奥様マシーナのコンビとなると、もはやキャスティング含め集大成のような作品。
全盛期の若い2人を観てきたので急に老いたマシーナとマストロヤンニはけっこう心にツーンとくる。
だけどジュリエッタマシーナの演技や雰囲気がこの頃から30年前のカビリアの夜から全く変わってないのが泣ける。
ストーリーはほんわか温かく、ラストの哀愁ぶりは流石。
色々感慨深い作品。大好き

アメリアが”ピッポ”って呼ぶときの発音がクセになる好き。
ジンジャーとフレッドという芸名で人気を博したコンビが番組出演の為、30年振りに再会
番組出演者と同乗するもどうやら風変りなメンツ…
フェリーニ後期のへんてこな雰囲気と初期の物語性がバランス良く混ざってて変な感じ(どっちかに振り切れてる映画しか見たことない)
年とってもジュリエッタマシーナ変わりなくてびっくり。
二人とも年取ってるからダンスシーンはヒヤヒヤ…大掛かりなフリがなくて良かった…
最後の哀愁たるや。
nekoneko

nekonekoの感想・評価

3.6
「30年ぶりに一夜限りのコンビが復活!💃」

かつてもの真似芸人として一世を風靡した「ジンジャーとフレッド」(コンビ名)
30年ぶりにTV番組📺(クリスマスショー🎄)出演することになり…2人はやっと再会を果たしますが…😅

会場に集まった芸人達がシュールすぎっ笑
クリスマスじゃなくてハロウィン🎃のよう笑🎉✨✨

シーンにさまざまなTV番組やCM?が映されているのが疎外感と風刺を感じさせます🍂

「テレビがなんだ!そんなにテレビが好きならオレを見ろ!」

さぁ!いよいよ出番!って時にステージに立ったアメリアとピッポの老コンビ

…アクシデントで舞台に残された2人…
アメリアの本音にキュン💓としちゃいました

新しい時代を感じさせるラスト…

私にはオトナ感が否めない映画
また年を重ねたら観たい…

髪も薄くなり皺が増えてもキラキラした日々にトキメク💓お婆ちゃん👵になりたいなぁ…
孫が2人いても踊れる可愛いお婆ちゃん👵
(私はダンスはできないけれど)

2人で年を重ねたご夫婦が観たらまた違ったとらえ方の作品になりますね✨

追記
テレビに映された食べ物が全部マズそうだった笑
ショー出演者の豪華な✨衣装が楽しめます
……さ…30年…私は好きだった人に会い行けるかなぁ…なんとも答えが出せない…
Naoto

Naotoの感想・評価

4.5
僕は「ローマ」のレビューで記憶は時間を伴わないので永遠のものだと書いた。
これはあくまで純粋に記憶だけに限った話だった。(「ローマ」と「アマルコルド」は記憶の話)

ところが記憶は肉体を通して想起される。
肉体は記憶と違って時間が流れていて、有限のものだ。

するとどうなるかというと、無限であるはずのものが失われるということが起きる。
そしてそのパラドックスに詩が生まれる。
ホメロスもダンテも琵琶法師もこれを謳っている。

本作はそういう種類の詩だった。

物語は、30年前に一世を風靡した老芸人、ジンジャーとフレッドがクリスマスのTV特番で久々の再会を果たし、一夜限りでコンビ再結成するというもの。

久々の再会で口をついて出た言葉は、
「変わったな!」

そして会食の席には、とっくに死んでいるはずのカフカとプルーストを墓場から引き摺り出してくる。
不条理(カフカ)に過ぎ去る時間(プルースト)を象徴するかのように。

久々にタップを刻めばたちまち息はきれぎれに。

若い芸人達に自分達の過去を開陳してもどこ吹く風。
二人の流儀はことごとく笑い飛ばされる。

そしてきまりの悪いまま本番を迎える。


フェリーニ作品の中で最も簡単なストーリー。

ところで、詩は翻訳が不可能なものだ。
元々韻を整えて詠じる物なので音を伴うし、文字で読むときは形を伴う。

例えば、日本語の一人称"私"は英語に変換すれば"I"、
"俺"を変換しても"I"。
翻訳した瞬間、"私"と"俺"その他多くの日本語一人称は音と形を損なう。

二人のタップダンスが翻訳不可能であることを意味するような面白いシーンがあった。

若者A「モダンダンスが主流の今、なんでタップダンスでTV出演を?」

フレッド「タップダンスには言葉以上の何かがあるんだよ」

ジンジャー「タップダンスには言葉以上の何かがあるのよ」

この二人がタップダンスを通じて培ってきたものは、それ以外の表現では表せないそうだ。

二人は若者に嘲笑されても、舞台でアクシデントに見舞われても、足がもつれても、踊る。
失われゆく時間を、翻訳不可能な詩として記すかのように。

人間はやっぱり喪失したものの質と量によって重みが増すものだなと思った。
その意味ではチャップリンの「ライムライト」と近い作品だった。

"コノサカヅキヲ受ケテクレ
ドウゾナミナミツガセテオクレ
ハナニアラシノタトヘモアルゾ
「サヨナラ」ダケガ人生ダ"

(井伏鱒二/勧酒)
※訳詞だけどほぼ井伏鱒二の創作
方眼

方眼の感想・評価

4.1
1986年” Ginger e Fred”。映画界からテレビに対する批判。美術はすごい。人物もたくさん出る。それがサーカス的なところ。マストロヤンニがいい味出している。最後に踊る。
なかなか風変わりだが笑いと哀愁が混ざり合いしっぽり感動の作品でした♪マルチェロ・マストロヤンニが可笑しく切ない‥ジュリエッタ・マシーナが薄幸の“道”と違って生き生き♪時は過ぎ時代は移り輝きは‥前向いて踊って行きませう✨💃🏻🕺🏻
ホンダ

ホンダの感想・評価

5.0
「カビリアの夜」が辛いことばかりでも生きていくという映画なら、こっちは辛いことばかりでも生きているというような印象…
ですが、自分が人生の酸いも甘いも足りない若造すぎて、この映画をどこまで見れているのか正直わかりません
これから10年ごとに見て、変わる印象を楽しみたい感じのやつです

とりあえず20代としては老いと時代の変化の描写があまりにも的確で切なすぎました😇
甘い生活や8 1/2で愛していたダメヤンニも、歳をとるとすごい何かもういかんくらい違っているし違ってなくて切ない…

それでも自分の足で立って踊らせることができるのがフェリーニ先生の心なのかと思うと力強く温かいはずなのに、
なぜか自分には踊るどころか自覚を持って立つことのできる舞台すらあるのかがわからなくなり、迷子が極まりました
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