こうのとり、たちずさんでの作品情報・感想・評価

「こうのとり、たちずさんで」に投稿された感想・評価

海

海の感想・評価

4.6
国境。追放。愛と生と死と。
愛という言葉で語るのも野暮に感じてしまうほど、洗練されたひとびとの果てしない感情。言葉のない場面ばかりに、心をつかまれてしまっていた。

国境も追放も本当の意味で理解しようとしても 難しいことだった。私はあんなにはっきりと、線で作られた国境を知らないし、アンゲロプロスがほかの映画にも何度も登場させる「黄色いレインコートの人たち」も、教わるまでどんなひとたちなのか知らなかった。
それでも、結婚式のシーンもラストシーンも、言葉のないのに こんなに確かな想いを伝える。
悲しみ。苦しみ。強い意志。それは言葉や瞳でもなく、ひとびとの佇まいにだけ表れる。
絶対に忘れられないだろう場面は幾つもあって、そのすべてが 武装した理論なんかじゃなく 生まれたままの肌色の感情を 同時に刻んでいるんだろうな。

ビートルズの「レット・イット・ビー」を歌う場面は温かくて大好きだったし 藁や凧についてお話をする場面も大好きだった。そこに国境はなかった。人々を隔てるものなんて何一つなかった。


いつか、う〜ん あと十年とか もっと、大人になった時、もう一度この映画を観たいなと思う。「ユリシーズの瞳」もそうだし、「エレニの旅」もそう、もっとたくさん生きたその時に もう一度この映画に帰ってこられたら 今よりも近づける気がします。

静かで言葉のない世界。ぽつりぽつりと溢される言葉は 言葉以上の感情を孕んで
この静けさと饒舌さが胸を打って とても好きだなあとやっぱり思った。

2018/4/6

久しぶりにアンゲロプロス監督の映画を観た。「永遠の一日」がほんとうに毎日のように思い返すような大好きで大切に感じる映画になってくれて、一本ずつゆっくり、全部観れたらいいなあと思っています。何せ長いので なかなか「よし今週は!」って勇気が出ないけど、ゆっくり観ていくのがとっても合っているなあとも思います。
そしてこの映画で実ははじめて、「黄色いレインコートの人たち」の正体を知った。何回か観たから何なんだろうと思ってたけれど、ああそうだったんだ。もう一度、「永遠と一日」も絶対に観なくちゃなあと思った。
私が今まで観た作品の中では、これほど「国境」というテーマを鮮明に映し出したものはありません。島国に住む我々としては、陸繋がりの国境が如何に複雑なものなのかを教えられます。本作では、その国境を越えて命懸けでギリシャに入国した人々の苦悩と悲しみが描写されてます。
冒頭、主人公のテレビ局のスタッフが軍部の大佐に国境警備についてインタビューをします。その時の大佐がこうのとりが片足で立つがように、国境を一歩越えれば苦難か銃殺が待ってると言うところに「国境」のテーマを最初から明確にしてるところは私は気に入ってます。それから話しは主人公たちが偶然撮影した映像から一昔前に失踪した政治家であることを割り出して、その男の取材することで進んでいきます。
それからは重みのシーンが続きます。政治家の元妻は夫に会っても「彼ではない。」と…。政治家の娘は国境で渡れない河を挟んで結婚式でこの先会えないかもされない新郎と永遠の会いを誓ったりと…。万感の想いを込めて果たした再会や望んだ結婚式は訣別を告げるようだったのが切なすぎました。そこには祖国を捨てたことの重さが凝縮されてました。
そして迎えるラストシーン は、電線工事で電柱に登る人々の統一性が見事であります。この電線工事は難民の人々が就いてる仕事で、劇中でも紹介されてます。難民たちが電信柱に登る姿は、こうのとりが空を飛び立つこと喩えてるようでした。
冒頭とラストのきめ方がアンゲロプロス監督らしい☆この監督さんの作品は人物よりストーリーが主人公なんだと改めて思いました。
saeta

saetaの感想・評価

4.1
手持ちのDVDボックスからの久々の鑑賞。

絡みは多くは無かったが、アントニオーニの「夜」のコンビが再共演。

改めて鑑賞すると、会話のない川を挟んでの結婚式の長回しのシーンに目を奪われてしまった。

アンゲロプロス映画でお馴染みの黄色い雨合羽の人達が電線を張るラストシーンも美しかった。

やはりアンゲロプロスは曇天で無いと。
Zuidou

Zuidouの感想・評価

3.7
『追放』をテーマに国境の街で繰り広げられる静かな物語。アンゲロプロス流『ノスタルジア』だった。苦手意識のある監督だったけどこれは不思議とすんなり観ることが出来た。「あといくつ国境を越えれば、家に帰れるのか」というセリフが明示しているのは現実的な国境だけじゃなくあらゆる場所に潜む精神的な隔たりのことでもあるのだろうことを思うと、島国で比較的のほほんと育ってきた自分にも他人事ではなかった。
Osamu

Osamuの感想・評価

3.8
難解。哲学的。

ギリシャ国境の町、人間の物語。

国境とは何か。国家に守られながら、そのルールから人間がはみ出すのが必然ならば、その時、我々はどこに向かえばよいのだろう。国境の向こう側からやって来る人たちが、こちら側のルールからはみ出すのならば、その時、我々はどう振る舞うべきなのだろう。

映像が美しいんだろうけど、難解でそこまで気が回らなかったよ。
MURANO

MURANOの感想・評価

4.1
「いくつ<国境>を超えたら、<家>にたどり着くのだろう…。」とマストロヤンニ演じる<男>は語るが、これがそのまま映画の要約。

それは、テオ・アンゲロプロスの全作品通じての主題でもありますね。

国境という壁だけでなく、人間関係にも境界線というものもあります。

言わんとすることは、僕らはみんな、ある意味では難民であるということかもしれない。人間は誰しも、人生に彷徨っている存在なのかもしれない。

そして、『シテール島への船出』と並んで、この映画もラストシーンが象徴的で、またまた美しいこと!

人々がどこに行き着けば良いのかと、まさに”たちずさんでいるこうのとり”たちが描かれています。

アンゲロプロスはいつも曇り空が美しい。
いちいち構図が完璧すぎる。そこからゆっくりとカメラを動かしつつの長回し。最高。
境界によって分断された人々は、もう一度ひとつになろうとする。川を挟んでの結婚式は滑稽だが美しい。境界は分断と融和を同時に生み出すものなのだろう。だから常に混沌としている。対立もあれば協力もあり、特定の民族もいれば、氏素性も分からない人もいる。殺しもあれば愛もあり、ダンスナンバーやビートルズの音楽さえ流れてくる。水位の変化する川、国境線の引かれた橋、難民を運ぶ電車、壊れ直される電線などは、そうした分断-融和をよく表しているように思う。
マエストロヤンニ演じる議員は、自分を捨てたくて緩衝地帯に来たのだろう。しかし、最後は川の向こう側に行ってしまう。越境を阻む川も、干上がれば渡ることができる。それはただの自殺なのか、それとも意志を持った亡命なのか。たどり着いた先で、彼は別の何者かになったのだろうか。
1000

1000の感想・評価

4.3
卒論製造マシーンと化して、いよいよ人間がダメになって来たので、戻ってきました。お久しぶりです、久ッ々のアンゲロプロス。
あたりまえすぎて、今更言うのもアレなんですけど、映画観るのって楽しいなぁ……って。

アンゲロプロスが描く「思索の旅」。最近もどっかで見たなぁ、と思ってたら、なるほど高行健『霊山』だ。あのモノローグ調といい、行き場のないカメラワークといい、『霊山』の文体そのものだ。なんて考えてたら、そういえば『霊山』が「東洋のオデュッセイア」と呼ばれてたことを思い出し、全部繋がった。どこかへ”向かっている”のに、どこにも”辿り着けない”物語。

主人公の記者は、難民の娘と関係して、異文化の<内>へと入り込むが、結局<外>の日常に戻っていった。結婚式のシーンはどう考えても最高すぎるのだが、あれを捉えるカメラ、目線は、主人公のものなんだよなぁ。距離が、悲しい。『こうのとり、たちずさんで』は、その辺、文化人類学の不可能性についての映画として観れるな、と思った。

「時には、雨音の背後に音楽を聞くため、人は沈黙します」
脚本 4
演出 5
画作り 5
音 5
独創性 5
関心の持続 4
演技 4
陶酔感 4
言葉 4
バランス 4
やっぱりアンゲロプロス作品は難しい。理屈抜きで美しい画がたくさんあるから観ていられるけど。

日本にいると国境の重みについて考えることはまず無いけど、地続きの国家に取っては大袈裟ではなく時に死活問題になるということを実感させられる。

監督が存命なら今のギリシャに何を思うのだろうか。