エロス+虐殺の作品情報・感想・評価

エロス+虐殺1970年製作の映画)

製作国:

上映時間:167分

ジャンル:

3.6

「エロス+虐殺」に投稿された感想・評価

LEONkei

LEONkeiの感想・評価

3.0
自己がないのなら、他者もない。

やりたい事がなければ、何もしなければいい。

やりたい事がないからと言って、何も不安を感じたり悲観する必要はまったくない。

蝉が鳴き止み秋風に鈴虫の音色が絡み耳を擽れば、其のうち本能が答えを導くだろう。


母の母の母は…、それは貴女。


上半身は理想、下半身は現実。

理想と現実の泥沼にグッちょり嵌り、ゲバゲバと鳴き喚く雌烏。

抜けるも地獄、沈むも地獄。

気がつけば首までどっぷり泥沼に沈み込み、ちょこんっと飛び出た頭を現実の重石がググッと深く押し込む。


父の父の父は…、それは自分。


他者がないのなら、自己もない。


共感もできなければ理解もできないが、描写は何故か好き。

無意味なものに意味がある..★,
ROY

ROYの感想・評価

-
216分のロング・バージョンを観賞

120分くらいに休憩あり

まだ咀嚼しきれない。「性と政治」というテーマでいえば『暗殺の森』だが、それをもっと前衛的にしたものっていう認識かな。

サントラはApryl Fool

■ABOUT
松竹ヌーヴェル・ヴァーグ出身の吉田喜重監督が、大正のアナーキスト大杉栄が三角関係のもつれから刺された事件を取り上げ、大正時代と現代(昭和40年代)のそれぞれの風俗と人物たちを、時間軸と空間軸を交錯させ前衛的な手法で描いた愛と憎しみのドラマ。(『TSUTAYA』から抜粋)

父、国家、天皇制という男性的な権力構造と対峙する、大杉栄のアナーキズムと自由恋愛論。それを超えようとして、伊藤野枝が問いかける「母の母の母」のイメージ。男の論理と女の情念との葛藤、大正と現在との時間のせめぎあい、それが虐殺の一瞬へと収斂する。(『アンスティチュ・フランセ東京』のHPから抜粋)

大正時代に実在したアナキストの大杉栄と、その愛人であり、婦人解放運動のアクティビストであった伊藤野枝のスキャンダラスな愛と最期を、史実に忠実に描かれたセミフィクション。

■NOTES
「春三月縊り残され花に舞う と吟じた大杉栄と乱調の美の生涯を生きた伊藤野枝の叛逆とエロトロジーについての若きわれわれ・私それともあなたのアンビバランスな加担に至る頽廃の歓びのあるトーキング」

本作は実在の出来事を題材にしている。他の主なものはモデルの実名だが、神近市子をモデルとしたと推測される役柄は、正岡逸子の仮名が当てられていた。神近市子はこの映画の公開にあたり、自身の名誉権とプライバシー権の侵害を理由に上映の差し止めを求めて提訴したが、「周知の事実」として棄却された。(プライバシー侵害と表現の自由 『エロス+虐殺』事件 東京高裁昭和45年4月13日)

音楽は現代音楽家の一柳慧が担当している

二部構成になっており、前半は「甘粕事件」(憲兵による主人公らの虐殺)に至るまでを描き、短いインターバルを挟んで、後半は「葉山日蔭の茶屋事件」(痴情のもつれによる刃傷沙汰)に至るまでの過程を描いている。

冒頭の伊藤野枝と女子大生のインタビューシーンで『さらば、わが愛 覇王別姫』を思い出した。

三つ巴の恋

露光つよ

どこで話してるんだよっていう場面が多い

手もなければ羽も捥がれたアヒル

知識的マスタベーション



襖全倒れ

「人間が人間を所有するなんて、そんなことできるわけないわ」
「できるのよ。私は月給150円の女流記者。この人は文無しの主義者なの。大杉も保子さんも私が面倒見てるの。つまり相互扶助ってわけよ。〜お金で心は買えないなんて言うけどそんなの嘘よ。革命家だってその魂だって買えるのよ」

「あなたのことスプリングボードにしてちょっと生活を変えようとしただけかも。結び目を一つほどこうとしただけなのに」
「結び目をほどこうとしたら全体がほどけてしまった」

「分かったら刃物を捨てたまえ。そんなもので手に入れられるのは死体ぐらいのものだ」

偉大なモニュメント
政治的イデオロギーはともかく、これは頽廃とロマネスク志向が強く押し出された吉田喜重監督による超一級の叙事詩だ。

古と今を絶えず往還しながら大杉栄暗殺事件と安保闘争とが見事に調和されてゆくトリッキーな構成。作曲家、一柳慧によるジョン・ケージ的な不協和音も終末観を煽りに煽る。
主演の岡田茉莉子ははっきり言って台詞棒読みで大根に近いのだけど、逆にそれが機械的なので本作の世界観にきっちり貢献。

公開された年(1970年)が『アポロンの地獄』や『ウィークエンド』と重なる為、そういった一種の「時代認識」が面白い試みの映画と言える。
大島渚とはまた違ったアプローチのディスカッション映画として興味深く拝見した。大島映画的なダークで毒の強い作風よりもより品格があるというか。

かなり観る人を選ぶ自意識過剰なアート作品だが、決して退屈はしない。監督自ら「現代映画」と名乗っているだけはある。
中心部分に人物を置かない空白多用の映像、大杉栄と妻、愛人2人の規制概念に縛られない愛欲生活と交錯する現代若者の安保闘争明けたフリーセックス解放etc。観念的過ぎてついていけず。ロングバージョン長過ぎる。
NOBU

NOBUの感想・評価

3.5
無政府主義者の大杉栄の人生観を女性視点から描いているのだが、自分にとっては、精神的描写が長すぎて苦手である。
ただ、1969年現在から恋愛観を語る構成はとても面白い。そして当時の若者のビジュアル感覚が2020年現在から観ても全くダサさを感じさせないことに驚く。吉田喜重監督のセンスなのかは判らないが、それが1969年が50年経った今、作品としての時代設定が今も生き生きとしているのである。むしろ、今よりも当時の若者の方が思想を持ち、真剣に社会を考えていたのはこの作品からも伝わり、好き好まずを関わらず観る価値の映画である。吉田喜重監督に敬意を表したい。
映画を観る前に大杉栄の事をよく知っておく必要がある。
水墨画を感じさせるモノクロ美、大胆な構図、モダン建築、ハレーションなどアバンギャルドなアート映像を堪能できる。
それよりも、登場する女たちのエロス、強さ、怖さが後味として残る作品だった。
osaka

osakaの感想・評価

4.4
「日陰茶屋事件」を元にして作られた映画です。過去と現在が交差する構成や流麗なカメラワークなどはベルトルッチっぽいなーと思いながら見ていたが、調べてみると「暗殺の森」「暗殺のオペラ」と全く同時期!どこかで共鳴し合っていたのでしょうか。
「エロス+虐殺」は非常に面白い映画でした。その面白いポイントもまたかなりベルトルッチに近いんですが、「実験」映画という点ですね。そしてその実験は最終的に「イデオロギーvs人間」という途方もない領域にまで押し広げられていく。大抵の娯楽映画は「ファック・イデオロギー」映画に行き着きます。「ヘイトフルエイト」「スウィングキッズ」なんてのはそうですよね。
しかし「エロス+虐殺」はその両側面を描いているのが面白いな、と思います。イデオロギーを超越し得た女性・ノエも最終的にはイデオロギーによって虐殺される(ここ、「甘粕事件」について知ってないとちょっとわかりづらい)。現代の男女は大杉栄の残した「何か」を非常に浅いレベルで感じ取り、衝動的に死に向かう。

気になったのだが、何故やたらと首のとこで被写体がきれるフレーミングをするのだろう。気になる。やはり大杉の死に方のことを示唆しているのだろうか。
あと、現在のパートでは性愛描写がしっかり盛り込まれているが、過去のパートではそれがほとんどないのもどういう意図があったのだろうか。大杉が頭でっかちになって、行動が伴っていないことの象徴なのかも。
エロスと虐殺とが濃厚に混じり合う超良い映画でした。
もうバッキバキにカッコイイ画面構成!

全ては画面と構図に吸収されていて物語は遠雷みたいに遠くで鳴ってる。

余韻と木霊の世界。

奥行きが異常に深いのに書き割りみたいな時間が間断なく連続していく。

私それともあなた、或は、私それともその他による加害と被害を結ぶ拒否反応と共犯めいたヒステリーなヒストリーとしてのトーキング観念劇。

音楽が本当に異常な迄にカッコイイ!

(幕間-暗転)

頽廃と耽美のハイコントラスト。

現代文明は、死体を隠し、廃墟をモニュメントと呼びなおすことで、自らもまた妄想であることを忘れようとしている。

物語への俯瞰からの介入。
登場、
    そして退場。

でも、やっぱり長尺に過ぎる。
フランスで公開されたオリジナル版に最も近いロングバージョン鑑賞。

松竹ヌーヴェルヴァーグの吉田喜重監督作ATG配給。
大杉栄の日陰茶屋事件と甘粕事件を下敷きに大正と現代を彷徨う傑作。
おそらくアントニオーニの「欲望」に近い事を言ってると思うんだけど白昼夢のような映像とあまりに強烈で哲学的なメッセージにクラクラする。
自己があるから他者がある。では他者がなければ自己は存在しないのか。なにが現実でなにが虚構か、大杉栄は伊藤野枝はA子は本当に存在したのかそこまで遡って言及して手探りで事実を作りそして壊していく。
画面を燃やしフィルムで首を吊り、映画まで一度否定してその存在の真実性を問い監督は激しく私達へ問題提起する。

ラグビーのボールにされた大杉のお骨。様々な人に死後よってたかって弄ばれる残酷さ。
多用される俯瞰の構図は神の視点。
結び目を1つ解こうとしたら全て解けてどうしようもなくなってしまう。

日陰茶屋事件は芥川龍之介の「藪の中」のような構成でパラレルワールド。たくさんの大杉栄が死んだ。
日本家屋の襖や障子、低い天井と柱をうまく利用して動線を作り出したこの血濡れの愛憎劇が見事。

耳がなければ自分の笑い声は聞こえない。
仏教とキリスト教を織り交ぜて自己と他者あるいは現実と虚構の境目を問われた気持ちになった。
2回観てやっとカケラを掴んだ気がするけど分からない。コナン君たすけて。

ここまでのレビューは全部私の妄想です。
ペイン

ペインの感想・評価

5.0
同監督の美しいメロドラマ「秋津温泉」とは180度毛色の違うアヴァンギャルドな作品だが圧倒的完成度。

かなり好き嫌い別れるとは思いますが、少なくとも私は3時間半一瞬たりとも退屈しない至福の時を過ごした。

実際に起きた日蔭茶屋事件、甘粕事件を題材にしており、それらの知識を入れておいたほうがすんなり見れるが初見時はなくてもいいと思う。

ただ、現代の学生パートと大正時代のパートが交互に描かれ時間軸も行ったりきたりするので集中力が必要。

全体的に白と黒それぞれを基調に魅せる美しい映像表現の数々に圧倒される。学生パートは若松映画っぽくて、終始イカしたロックが流れていて雰囲気がドツボ。また大正時代パートの終盤の3人の一糸乱れぬ愛憎劇の力強い描写も圧巻。畳の部屋をくるくる回りながら撮るあのショットは一体どうやって撮ったのだろうか…本当に度肝を抜かれっぱなしである。

フランスにはゴダールやジャック・リヴェトが、日本には大島渚や吉田喜重がいる。本当に日本人として誇らしい。

「秋津温泉」の時よりは少しふっくらした感じだが、ヒロインの岡田茉莉子は相変わらず素敵だ。
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