チェチェンへ アレクサンドラの旅の作品情報・感想・評価

チェチェンへ アレクサンドラの旅2007年製作の映画)

ALEKSANDRA

製作国:

上映時間:92分

ジャンル:

4.1

「チェチェンへ アレクサンドラの旅」に投稿された感想・評価

ルネ

ルネの感想・評価

3.0
2008年。 監督はアレクサンドル・ソクーロフ。

チェチェン共和国になるロシア軍の駐屯地に、孫の士官を訪ねて老婆がやってくるお話。

顔立ちは綺麗だけど太った祖母が、リアルな駐屯地に孫を訪ねてくる。 普通は一般人は入っちゃいけないと思うのだが、士官の関係者だからなのか、普通に歓迎される。

この不思議な設定が面白い。 孫やそれ以外の若い兵士なんかとも交流するおばあさん。 なんか厳しい表情をしていて、たまに戦争は無意味だ的な発言をする。

その後近くの市場へ行って、チェチェン人の女性とも交流したりもして、なんだが不思議な雰囲気。 退屈しそうなのだが、映像やさりげない会話が面白いので、結構楽しく観れた。

さすがは『太陽』を撮ったロクーロフ、と言いたい作品。 かなり独特です。
hardeight

hardeightの感想・評価

4.2
 蒸せるような暑さが乾いて赤みを帯びた画面に充満し、場違いな駐屯地という戦場にストレンジャーのように舞い降りたアレクサンドラの両足のクローズアップは彼女が辿る重く緩慢な足取りへと継承される。
 舞い上がる砂埃に身を曝し駐屯地を彷徨するアレクサンドラが、装甲車に乗り込み自動小銃を構える身ぶりによって生みだす異郷空間は、もうひとつの異郷空間である戦争への静かな異議申し立てとなる!
Jeffrey

Jeffreyの感想・評価

3.8
「チェチェンへ アレクサンドラの旅」

冒頭、内戦が続くチェチェン共和国。ロシアからの独立を求め、戦う日々。老女が孫の士官に会いに駐屯地へと向かう、露店での商売、女性との交流、兵士たちとの会話、差入、銃の手入れ、散策と観察。今、1人の老女の目線で見た内戦の現実が描かれる…本作は本作はチェチェン内戦の不条理をロシア軍士官の孫を基地に訪ねる母親の姿を通じて暴くソクーロフ監督の力作で、この度DVDボックスを購入して鑑賞したのが傑作だ。この作品は2007年に露、仏合作映画で監督自らが脚本を執筆して珍しさをアピールした1本でもある。所で妻ガリーナを演じた女優の圧倒的な演技に驚かされる。

まず、この作品の画期的なところは違った性別でありながら年齢差もそれぞれ違う相互関係を主題にしているところだ。これはソクーロフの初期の作品マザー、ファザー、サンにあるテーマの1つである。そういった消えゆく人生の印象を徹底的に描いているのが、彼のぶれない姿勢の1つであると私は感じる。そうした背景をコーカサスにフォーカスし、本質的なものを様々な視点から取り入れている。この映画は内戦中のチェチェンを描いているのにもかかわらず、一切の銃撃戦を描写することもなく、誰かが死ぬ描写や悲劇的な行動が起こる事は皆無である。



さて、物語はロシアからの独立を求めて内戦が続くチェチェン共和国。そこに経営されたロシア軍駐屯地にロシア人の老女アレクサンドラが訪ねてくる。孫の士官デニスに会いに来たようだ。彼女は孫以外の兵士達と仲良くなり、さらには駐屯地の外で賑わう露店で商売をするチェチェン人の女性とも仲良くなっていく。その交流を通じて、人間の自由な精神の動きを奪い去る戦争の非人間性が次第に暴れていく…と簡単に説明するとこんな感じで、

本作は冒頭から非常に魅力的である。バスから降りてきた1人の女性。その老女の背中を捉えるショット、その向こうに枯れた草の生えた乾燥した土地が映り込む。彼女の名前はアレクサンドル。この作品の主人公である。彼女はとある駐屯地に孫に会いにやってきたそうだ。地面に座っている複数の兵士たちが彼女に声をかける。彼女を案内し、カメラはヘリコプターの音、基地の内部を映す。そうした中、彼女は特別車の中へと入る。次から次へと軍人がやってくる。カメラは彼女の不安げな表情をクローズアップする。


続いてカメラは駅まで案内してくれた兵士と彼女は別れて、老婆は遠くを見つめる。そこには気楽に遊んでいる兵士たちの姿がある。老女は列車の車内に腰掛ける兵士たちを励まし始める。そして列車は動き出す。車内は暑く、老女は上着を脱ぎ始め腰をかける。カメラは疲労した兵士の顔を映して駅に到着する。兵士達は整列して列車を降りる。そして彼女の名前を呼ぶ兵士、1人車内に取り残される老女の姿、声に応じて荷物を持って立ち上がる。迎えに来たのは孫のデニスの代理人だ。

そして軍用車両に乗り込み、暗闇の中を走る。到着先はバラックの立ち並ぶ駐屯地。彼女は兵士たちに助けられながら車を降りる老女。宿泊する部屋に案内されベッドに座り込む。続いて、バス停であったチェチェンの若者の姿、その夢は兵士たちの掛け声で破られる。続いて朝の光に満ちた部屋の描写、老女はベッドから降りると部屋の隅で寝ている軍人に気づく。軍人は腕に刺青をし、裸足である。カメラはボロボロの軍服を捉え、それを覗き込みながら老女が男を眺める場面をとらえる。

続いて、軍人が目を覚まし彼女と目が合う。2人は喜んで抱き合う。そう、彼こそアレクサンドルの孫のデニスである。彼は洗面所へと行く。着替えた彼に連れられて彼女はバラックの外に出る。外は蒸し暑く39度と言う暑さに耐えきれなさそうな表情をする彼女。テーブルに弾倉と手袋が投げ出される描写、射撃訓練後、銃の手入れをしている若い兵士たちの姿、デニスは手入れの指示を出す。上半身は皆裸で少年のような顔立ちが印象的に残るシーンである。

2人は装甲車に乗り、小さな窓から外を覗く彼女、酷いところとつぶやきながら老女は兵士たちの置かれている状況に驚きを隠せなくなる。彼女は孫から銃を借りて構える。銃の扱いの単純さに驚いてしまう。そしてデニスは老女を両腕に抱っこして歩いていくのだった…。

ここから先もまだまだストーリーは続くのだがあまり話してしまうとネタバレになってしまうのでこの辺で終りにする。


いゃ〜中々凄い映画である。
俺が思うにこの老女の唯一の救いは基地の近くで出会ったチェチェンの女性たちとの交流だろう。実際、物語で息子に孤独で寂しくてたまらないと泣きながら訴えるシーンがあるのだが、そういった孤独なものを唯一紛らわしてくれる親近感がその場面ではあり、その老女の幸せそうな表情がうっすらとフィルターを通して我々観客に感じさせてくれる素晴らしいシーンである。

民族は違えども、話す語源はロシア語と言うことにより、共通言語がある大切さを互いに学び、相互関係や信頼を築けるいわば特殊性のある地域での出来事である。この作品すごく個人的に印象に残るシーンがあってそれは兵士たちで賑わっている小さな市場があるのだが、そこで兵士たちに頼まれてタバコを購入しようとするのだが、お金を忘れてしまったことに気づいて、彼女が一気に疲れを感じたところで店の違う老女マリカと言う女性の隣に座って、彼女に孫に会いに来たと言う世間話をする場面があるのだが、そこでロシアの兵士を見ると皆幼い発言と自分たちを睨み付ける青年らについてマリカに聞こうとする下りが、どーしても印象深い。

それと崩れた建物から出てくるアレクサンドルと若者の青年が草原を歩くシーンで、彼女が若者に行きたい場所はあるかと尋ねるところで、メッカとサンクトペテルブルグと答える場面で若者が老女に言っても仕方がないと断りつつも、もう解放してほしい、これ以上我慢できない…とロシア人への不満をぶつける場面で老女が言う言葉が印象的で"どんな辛いことにも終わりが来る。ある日本の老女は最も大事な事は何かと聞かれて、理性だと答えた。武器に真の力は無い"と言う下りも印象的だ。

印象的な場面はまだまだあって、ほぼクライマックスの場面でアレクサンドルと孫のデニスが軽く口喧嘩をしてしまい、彼女が結婚はしないのかと聞き、彼が貧乏だし前線の将校はみんな離婚していると答える場面と彼女が生きることへの寂しさを打ち明け泣き出すシーンで祖母を抱きしめて慰める孫の姿、彼女の長いロングヘアの髪を編む姿は慟哭する。この場面でいかに軍人の単調な生活が分かる…。

この作品に出てくる孫はもちろんのこと、他の兵士たちや市場の女性たち皆が心優しい人たちである。すごく印象的に残った場面が他にもあるのだが、それはほぼクライマックスのシーンである。息子が5日間留守にするからもう自宅へ戻った方が良いと催促するシーンで、彼女が荷物をまとめて基地から出ようとする際に部隊長が彼女の荷物の取っ手を握らせるシーンが非常に胸に迫るところがあった。

それにお金を忘れてしまって、まだ商品の代金を払っていなかったマリカに対して金額を支払うと彼女が言っても、マリカが受け取らない場面や彼女が急遽去ることを知ったマリカが見送ると言い彼女の事を見送る場面などもすごく印象的だ。そしてラスト荒涼とした風景が過ぎていくシーンは圧倒的な感動を呼ぶ。

それにしても監督は処女作の「孤独な声」からロシアの戦争を撮り続けている。この静かな戦争映画を通して第2次チェチェン戦争と言われるロシアが抱える国内戦争の事柄が非常にわかる。派手なアクションやダイナミックな戦闘シーンは一切ないものの妙な緊迫感はある。

記憶があやふやだが、確かチェチェンの武装勢力が色々とロシアでテロ行為を行ったことによって、米国などと反テロの活動で足並みを揃える姿勢を見せたり、チェチェン武装勢力とアルカイダとの関わりなどもう取りざたされたニュースを見たことがある。1996年にチェチェン側の指導者とエリツィンとの会談で正式に休戦が決まったのだが、99年に隣国のダゲスタン共和国を侵攻した武装勢力のおかげでロシア軍がチェチェン空爆を再開したことによって第2次チェチェン戦争が開始された事は周知の通りだが、その他にも2002年のモスクワ劇場占拠や2004年のベスラン学校占拠といった一般市民を巻き込むテロ活動なども行われているので非常に厄介である。

そもそもこの映画の背景をたどると17世紀ごろから始まったコーカサス地域に対するロシア帝国の拡張まで遡らなきゃいけなくなるため、19世紀の南コーカサスまで南下する事柄から話さなくてはならないため非常に大変である。

でもこの戦争はもはや終わりなき戦争といっても過言ではないと思う。だってチェチェン戦争の背景には歴史的に根強い民族独立運動があるし、様々な宗教も絡めば地政学的観点からもいろいろな勢力との争いがあるし…そもそも石油パイプラインを通してカスピ海の油分からヨーロッパ輸出される石油を押さえたいロシア側の陰謀もあるしね。

長々とレビューしたが、難解とされるソクーロフの作品の中では非常にわかりやすい1本だと個人的には思う。とにもかくにも人々との出会い=癒される初老の女性の旅が写し出される素晴らしい1本であることには間違いは無い。

余談だが、この作品の主人公のガリーナ役のヴィシネフスカヤは世界的なソプラノ歌手らしい。ちなみに息子のデニス役の男性は元兵士でクラブの用心棒上がりのど素人らしい。
芸術よりジャーナリズムが先行した作品
お婆さんの目線が映す軍人キャンプの日常
チェチェン人との穏やかな交流とは裏腹に崩れたアパートや鋭い視線に
戦争の厳しさや見えない壁を感じました
年の差から生まれる交流や
戦地の空気が物語る不条理な世界

タルコフスキーの友人でチェロ界の
レジェンドの妻をキャスティングした
ソクーロフの思い入れの強さが表れています
chi

chiの感想・評価

-
舞台は戦場だけど戦闘シーンは一切無くて描かれているのは人と人の交流。高齢の女性が前線のキャンプ地に行くから反対されたり色々試練が待ち受けてるのかと思いきやそうでもなくてあくまでも焦点は出会いとか孫への愛情てとこが良い。孫におせっかいなアレクサンドルにほっこりした。新鮮な映画体験をありがとうございました。去年あたりに渋谷の単館でやってたソクーロフ特集上映行けばよかったなー
オープニングからスクーロフ全開
大地を走る列車の音とアリア
チェチェンのロシア軍駐屯地の若者
流血と破壊そのものは描かれない
カフカスのバザール
破壊された建物に暮らす人々
従属されること。その意味を悟る老女
一般化では語れない理性の重み
R

Rの感想・評価

4.5
戦争に行く孫との別れ、それに先が長くない、そして、先が長くない者同士の別れ。そういった別れはより侘しい。歳を重ねるということは、別れを重ねることで、その別れも重みを増してゆく。一人になり寂しくなるからこそ、主人公の老婆は歳の近い女性とまた会うことを約束するが、彼女は別れで背を向けたまま、見ようとしなかった。それはまた会うことに期待を持ちきれない、持っても悲しくなるだけだという思いがあるのではないだろうか。
「ソクーロフを発見する」

シネ・ヌーヴォでやってる特集。

ロシアには個性的な監督がたくさんいますね。
この作品のアレクサンドル・ソクーロフという監督もその一人と思いますが、「太陽」しか観てない。この作品はぜひ観たかった作品。その他も観たかったけど、これ一作に終りそう、、😢

お婆ちゃんがチェチェンのロシア軍駐屯地に孫を訪ねる話。

お婆ちゃんと駐屯地に溢れている武器の数々の不釣合いさ。若い兵士たちとの何気ないやりとり。兵士たちはお婆ちゃんに故郷を見るのか?

駐屯地の外の崩れかかった街に暮らす現地の人との触れ合い。

この複雑な地域のことに詳しくないので、どこまで受け止められたか自信はないけど、声高に反戦を叫ぶことなく、何気ない言葉や表情で戦争の本質を描いてると思う。

お婆ちゃんになっても、もっと生きたい!と言うお婆ちゃん。一方、職業軍人の孫は、、^^;
それでも、あの重そうなお婆ちゃんをお姫様抱っこする孫。その重みは命の重み。孫にしっかり伝わっただろうか?

ロシア人のお婆ちゃんと、チェチェン人のお婆ちゃん。長いこと生きてきた二人が抱き合う姿に、争い殺しあうことの虚しさを醸し出してる。
極めて危険な戦場を訪れ、そこら中をとことこ歩くお婆ちゃん。
終盤は我慢ならず軽く議論になったりするが、この国ならば異国で人質になったからといって、戦場カメラマンが旅券を取り上げられたりする事はなかろう。(笑)
中庭

中庭の感想・評価

4.3
冒頭から劇中、交通機関を苦労して乗降りし駐屯地の孫へ会いに行くガリーナ・ヴィシネフスカヤの足元が何度かクロースアップされる。
戦車の駆動音や物々しい兵士の足音などに環境音が支配され空間が張り詰めるなか、駐屯地の内と周辺を自由に行き来する主人公が異物として画面に入り込み、この場所の狭苦しさを開放していく。
ユーロスペースで35mmフィルムにて鑑賞。
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