アクト・オブ・キリングの作品情報・感想・評価 - 2ページ目

「アクト・オブ・キリング」に投稿された感想・評価

eviny

evinyの感想・評価

3.5
前半のドン引きするくらい能天気な殺人再現から終盤のあの展開はおそらく作り手も予想してない偶然の産物だったと伝わってきた。
これぞドキュメンタリーというリアリティで賞賛されているのも納得。

インドネシアの虐殺については無知だったが冷静に考えるとたった数十年前に飛行機で数時間で行けるところでこんなことが起こっていたと考えると人間って改めて恐ろしい。。

インドネシアの現地ではいまだにタブーなネタらしくエンドロールでの製作者ネームはほとんどがanonymousになっていてそんな環境のなか映画を完成させた監督の気合いを感じる。

ドキュメンタリー好きなら避けて通れないだろう作品ですね〜
SayuRi

SayuRiの感想・評価

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すごく価値ある映画なんだろうけど、これは評価できないです。
個人的に汚いしか感じなかったので無理でした。
r

rの感想・評価

3.5

1000人以上殺害した 民兵集団の話
_
1965年 インドネシア
軍に権力を奪われた 政府は
文化人 知識人 政治 関係者達を
"共産主義者"として 称し 断定し
実行部隊の 民兵に次々と殺害された
世紀の大事件 その死者数 100万人
_
民兵集団と聞こえはいいものの
所謂 愚連隊 不良の人たち
残虐行為に跡目は感じてなくて
英雄として祀られる 不良集団
"どうやって 殺害しました?"
"虐殺を演じてくれませんか?"の
問いに対して 身振り手振り 笑顔で
実演する始末 は 嫌悪感を隠しきれない
最初は 被害者遺族達に 焦点を合わせ
撮影するも 大人の事情で中止
今尚 色濃く爪痕を残す9月30日事件
出演者 撮影班の名前も"ANONYMOUS"
匿名と 命の危険を匂わす問題作
_
_
これ 観てる人いますかね?
ゆきゆきて神軍以来の衝撃..
加害者の証言 現状に 驚く事の連続 で
加害者が今も実権を握る政権
今も怯えながら暮らす 被害者遺族の側に
平然と暮らす加害者 に 配慮のない行動
祀られた 地元民兵集団の暮らし豊かさ
人を殺める事 罪の意識 演じる事
殺人と上手く付き合ってく 思考 距離感
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人が作りあげた 法律 と 闇 に
果たして"正義"とは何なのか..と
創り上げた 人間の 意識 精神 なんて 脆い
色々と 不気味だし 何より胸糞悪い。
chamur

chamurの感想・評価

3.0
撮影に出演していた子ども達が、カット後も泣いているのを見ると、トラウマを抱えないか心配になってしまう。

加害者が英雄視されているのに驚かされる。
特に国営放送の撮影シーンは酷い。
umi

umiの感想・評価

4.0

人間とは何か、悪とは、正義とは何か、考えずには居られない。酷く目をそらしたくなるその状況に、自分が首謀者として置かれたら適応してしまうのでは無いだろうかという恐ろしさもある。正義の線引きは人が作ったものだということを考えると、何処に線を引くかで人は変われる。それが恐ろしい。
日本人のどれほどが9・30事件を知っているのだろうか。
当時の被害者が、報復を恐れて口を閉ざす中、加害者側(英雄)から物語を展開し、徐々に浮かび上がる人の残虐性と弱さとは。ラストは震える。
これはぜひ見て欲しい。
haru

haruの感想・評価

3.0
たった1人がなんとなく被害者の恐怖の一部を理解したってだけで終わった
国単位で終わってる
インドネシア行きたくなさマックス
ほんとに気持ち悪い頭おかしい

でもこれを撮る、撮れる時点でインドネシアとかを下に見てるってか民度の低い国として写した差別感はある(笑)
nakamura

nakamuraの感想・評価

3.2
映画見る度に社会情勢、歴史、宗教を学ばないといけないなと!
こういう悲惨な歴史もあったんだなーと!

ちょいちょい出てくるやる気無いダンスはイラッときた( ´Д`)y━・~~
miku

mikuの感想・評価

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これは確か社会学の授業で勧められて観たやつ
どんなに自分たちが戦争に対して英雄な気分でいても人を殺し、一部の人を苦しめたり傷つけたりしていたのは確かなわけで、自分たちが正しいと思ってしていたことを、自身で映像を作って演じる側になって客観的にみればどう映るかって話
最初は俺たちはこの国を救ったばかりだったのが、果たして自分達がしたことは正しかったのかって自問し始めるのがいやにリアルで人間臭さがすごかった
観終わった後、自分の中でうまく消化できなくてインタビューとかほかの人のレビュー見てやっと理解できた。この人が撮影の最後の最後で自分がやったことの恐ろしい部分に気づき始めたところで終わったのは本当にうまい。たまたますれ違った赤ちゃんが今後どう生きていくのか知る由がないように、我々も彼が今後どう生きるのかはわからない。