ある夏の記録の作品情報・感想・評価

「ある夏の記録」に投稿された感想・評価

Ryoma

Ryomaの感想・評価

4.1
現代アートハウス入門というイベントで鑑賞。
私たちが共同的に幻想する「真実」という概念は、重層的・多面体的な構造を持ってゆらゆらと浮かんでいる。いま光が「真実」を照らしつける。多面体のような「真実」は、まるでミラーボールのようにキラキラと輝く。そして当然、斜め三十度で照らされた真実と、斜め百二十度で照らされた真実とでは、同じ真実でも、輝き方が異なってくる・・・。
この映画の目的は「真実」を撮ろうとすることだ。それもただ一つの真実を。しかし、実際にフィルムに焼き付けられたパリの人々の姿は、映画という箱庭でのみ存在しうる真実だった。出演者は「これは真実ではない」という始末だ。果たしてそうなのであろうか?いいやそうではない。この映画の持つ真実と彼ら自身の持つ真実は全く同じものであり、ただ「輝き方」が異なるだけなのだ。映画である以上、「映画的な方向」から光が当てられることは避けられない。そして「映画的な方向」から照らされた真実は、七色に輝く。しかしそれは彼ら=出演者の独占する輝きではない。そう、その輝きは、「彼ら」の輝きであると同時に、同じ「真実」を共有する、「映画」そのものの輝きなのだ。
◎ シネマ・ヴェリテの金字塔ということで見る機会か無くずっとヤキモキしていましたが、やっと見ることができました。長い間の期待を裏切ることのなく、始まりや終わりのセルフブーストも含め傑作でした。
現代アートハウス入門にて

カメラの前で人は演じてしまうけど、それは真実の映像になるのかどうかというテーマ。
実験的で面白かったと思う。
昼寝

昼寝の感想・評価

3.0
おそらくとても革新的なことをやっていて、観客の側が議論を色々と広げていけるような作品だったんだろうけど、僕は全然ものを知らないので、ドキュメンタリーってヨネスケがいない体でふるまう突撃隣の晩御飯か、旅人がいない体でふるまう田舎に泊まろうみたいなものだよなって馬鹿みたいなことを思った。
撮った映像の試写会で感想を聞かれた少女が開口一番答えた「チャップリンよりは面白くない」とか、終盤で実験の結果を話しながらウロウロ歩いて盛り上がるルーシュとモランがそのまんまの熱量で「カンヌ獲りましたこの映画やこの映画やこの映画が獲ってる賞です!」ってくっつけたんだろうなって想像できる感じとか、そういう部分が素朴に面白かった。他にはゲリラ撮影であろう1960年パリの街並みと人々も単純に好き。あとはカメラと被写体の距離感にもっと注視して観ればよかったとトークを聞きながら思った。
mappii

mappiiの感想・評価

-
「あなたは幸せですか?」から始まり、そこからフランスの労働者階級の人々を追うドキュメンタリー。

この映画が作られ始めていく過程までカメラに収められてて、すごくメタ的なドキュメンタリーだった。
最後、試写終わった後にあれやこれやと議論してたの羨ましすぎたな〜〜!

上映後の解説で、ドキュメンタリーだけど演出されてる部分もあるって聞いて、やっぱりカメラを通した時点で、真実なんて映せないのかなと思ったり。
今回のアートハウスで観たのが両方、実験的なドキュメンタリーだったこともあって、これまたすごく勉強になった!!!



でもやっぱり、映画って心の余裕がある時に観るもんだよねぇ…
もう今やることパンパンすぎて映画あんまり内容入ってこなかった…泣
何かついこの前見たつもりなんだがもうめちゃくちゃ忘れてしまってる。途中ウトウトした部分もあったが、それにしてもよく思い出せない。映画を作るプロセスで生じる迷いもそのまま写して観客に見せてるのは面白いな〜と思った。最近読んだ『ライティングの哲学』で千葉雅也が書いてる文章もそういうプロセス自体を織り込んだ感じの書き方で、そうするとカッチリとした全体としての構造がボヤけて、退屈しない。
他に良かったのはやっぱり冒頭の「カンヌで獲ったどー!」からのシネフィル歓喜タイトル列挙。この賞を獲ったのは他にこういう作品があります、甘い生活、若者のすべて、ミラノの奇蹟、24時間の情事…。笑っちゃった。
mh

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4.5
街中でいきなり「あなたは幸せですか?」で聞くのはちょっと面白かった。募金詐欺や宗教の勧誘だって「すいません、ちょっとよろしいですか」って来るのに。
khitr

khitrの感想・評価

3.0
スクリーン、時間を超えて、現在に到達し得るマリルー・パロリーニの表情
yusuke

yusukeの感想・評価

3.0
モンドセレクション金賞受賞的なオープニングから、自画自賛で強制的にオチつけるエンディングまで、自信があるのかないのか分からないめちゃくちゃさがおもしろい。探り探りで、出来上がった映画なのにその試行錯誤の生成過程をそのまま並走するように見る感じだった。しかし、超実験的であることも織り込み済みで見てみると、その思考・試行の過程や記録することに対する真摯な姿勢が際立っておもしろい。映画による映画に対する取り組みの記録映画という感じ。
こ

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4.0
カメラの存在によって演じる演じないっていう問題設定にした上で、どこまで、どのような介入が演出になるのか、何を持ってして映像が本当だと言えるのかを探っていくような映画

街頭インタビューから固定のメンバー集めてに変更したり、自分について語るところを演出的に撮ったり、さまざまな方法でカメラの介入による人の変化を撮っている カメラの存在を意識しすぎて手が震えてるって状態でも真実のようなものを語ってるように見えたり、伏線のように映されるタトゥーから会話のそれが何かわかってそしてその人の過去の経験が話されるっていう演出構成されたような映像でも語ってることは事実だったり、逆にカメラの存在にに慣れきったような状態での動きにその人の人間性が見えたりする

最初はカメラの前の自分とない状態の自分の間に歪みがあるように見えるけど、映画が進むに従って、慣れや監督が被写体とコミュニケーションを都度撮ることによって演じる演じないの境目が段々と曖昧になっていく さらに方法の変更によってその境目が揺るがされる ただ、そもそもその演じている自分と真実の自分って切り分けが存在するっていう認識がカメラっていう舞台設定による錯覚ではあって、最後は同じ人の同じ映像に対して現実に接している人たちの間でもそれが真実である、演じているって意見が分かれることで、真実が相対的にしか存在しないことを示して終わる

ジガヴェルトフのキノプラウダ=真実の映画をフランス語訳したのがシネマヴェリテで、ダイレクトシネマを経由しつつもフランスで今キノプラウダをするならっていう問題設定の運動らしい だから絶対的な真実が存在しないっていう結論に至ったのかなあと思った あと、シネマヴェリテとヌーヴェルヴァーグは同時代で、フィクションだった映画に現実を持ち込む(映画に生活をもちこむ)っていう点で共通するらしく、それはジガヴェルトフがしていたことでもあるので、どちらからもジガヴェルトフからゴダールに至る道のりが見えて嬉しかった

最初の受賞ユーモア含めて常にクリスマルケルにも通じるかわいいかつ嫌味な楽しさがある

映画終わってから考えてる時間は楽しかったけど映画見てる間は正直暇ではあった たまに日常のシーンや語りを演出的に撮るところが何個かあって、その中でも階段を降りていくシーンは異様にオーラがあって好きだった
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