砂の女の作品情報・感想・評価

砂の女1964年製作の映画)

製作国:

上映時間:147分

ジャンル:

4.0

「砂の女」に投稿された感想・評価

原作も読んだ事があるけど、映画版をやっとこ観ました
砂というのは穴にも例えられそうで、日常生活、人生にも当て込めそうだと思いました。抜け出たくても抜け出す事ができない、脆くて危うい環境。地獄の様でも生きていくにはその環境しかないのならば、人は順応していくしかないんでしょう
明日間に合ーな…なんて言ってると明日はいつまででもやって来ないで今日になってしまう。人は多かれ少なかれこんな砂に埋まって生きてるのかもしれませんね、悲しいかな
化粧っ気のない岸田今日子さんがなかなかセクシーに感じる瞬間がありました
nknskoki

nknskokiの感想・評価

4.2
海辺にやって来た男が、女が一人住む砂穴の家に閉じ込められ、様々な手段で脱出を試みる

この映画は「砂」という物質を表現の一つでとても恐ろしいものに感じさせる

昔の映画の良いところはとてもシンプルな所
技術が付いてくると人間は色々なことをしたくなって他方に手を広げてしまい収拾が付かなくなってくる

インプットアウトプットはある段階まではプラス作業なのだが、ある程度の境地に達するとマイナス作業であることに気づいてくる

人間の成長とはスキルの獲得(+)ではなく常識や欲求や偏見そして自我の除去作業(-)である

これはおそらくどの分野でも同じで全てに当てはまる

映画も最近は余計な演出が多いし、建築は温もりのある木や赤い屋根ではなく本質は空間であるし、料理も食器やデザインではなく本質は味であるし、人間も化粧や服ではなく本質はもっと中身の部分である
(いつも言ってるけど、化粧や服を否定しているわけではない)(なんなら僕は化粧をしてるオシャレな女性が大好き)

先鋭的なオープニングクレジットがカッコいい
岸田今日子がエロすぎる
言葉にするの難しい

私は誰なんだろう。
砂の女か落とされた男か部落の男たちかはたまた何も知らず東京にいる人か
でも結局みんな同じなのかも。
原作ファンも納得の出来。タイトルバックかっこよす。

@新文芸坐 35mm
原作の描写の気味悪さがすごく印象に残ってたけど意外とあっさりしてた。
設定自体気色悪いけど

このレビューはネタバレを含みます

○企画上映「特撮魂」にて初鑑賞。

○まさに砂に飲み込まれるように見入ってしまった。

○示唆的な会話やふと挿入されるシーン。二人が交わった後の砂が流れ、鳥が飛ぶ流れは秀逸。

○ある程度の展開は読めるが、貯水装置に生き甲斐を感じている場面で終わる突然さ。昔の映画には酷な話だが、エンドクレジットで咀嚼させてほしかった。
とも

ともの感想・評価

3.0
観てるうちに、オープニングロールのはんこやナレーションの意味が分かってきて面白かった。
砂の穴の中にある家。
そこから出られなくなった
男の物語。

元から棲む女と
抜け出そうと足掻く男。
閉じ込められた二人の世界。

男の脱走を軸とした思惑の中、
2人の間に些細な変化が見られ、
その関係や心理や感情が
刻々と変わっていく様。

とても面白い。

そして男の出した答え。
そして女が得た権利。
したたかなのか、無垢なのか。

たっぷりのクローズアップで
なぞられる画面からは、
独特の空気が流れ出し
(というか流石の今日子さま)
砂の流れも美しい。

監禁逃亡作品は数あれど
またひと味違い、観て満足。

印鑑を使ったオープニングが
めちゃんこ洒落てて、良き良き。

このレビューはネタバレを含みます

休暇を取り、砂に生息する昆虫(ハンミョウ)を収集しているうち、ある砂漠の部落に迷い込んでしまった教師。帰る手立てが無くなったので、村人の案内で、ある家に泊まらせてもらうことにしました。

その家は妙な造りで、砂漠の真ん中に縦穴が掘られており、その穴の底に建てられた一軒家。縄ばしごがないと自由に出入りできない不便な造りになっています。

そこには、未亡人の女が一人で住んでいます。こんな悪環境で女手一つで暮らしていることに不審を抱きながらも、一泊世話になる教師。

夜分教師が床に着くと、女は外に出て、おもむろに庭に積もった砂を掻きはじめます。こうでもしないと、家が砂に覆われ、いずれ砂が家を腐らせてしまう、と言うのです。

話をうまく飲み込めないものの「手を貸そうか」と心配する教師。しかし女は「初日に申し訳ない」と、意味深なこと言います。

翌日、教師は目を覚まし帰ろうとするのですが、昨日来た時の縄ばしごが消えています。教師は女にどういうことか問い詰めるのですが、女は黙って答えぬままです。教師は自分がはめられたことを知ります。村全体で、自分を虜にするつもりなのだと。

そこから女との奇妙な共同生活と、そこから抜けだす為の画策の日々が始まります。

教師は無事、脱出することができるのか?
教師は自由を勝ち取ることができるのか?

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生物界において、種の保存の為にとんでもない進化を遂げるものたちがいます。

身を隠す為に擬態化するもの、身を守る為に毒を吐くもの、捕食する為に罠を張るもの…

砂漠という過酷な環境の中、郷を存続させる為に、"拉致"というとんでもない術を考えた部落。非社会性、非論理的とも言えるやり方ですが、これが一番合理的だと疑わない彼ら。いくらこちらが正当性を説いたところで、言葉は砂のように崩れていくばかり。それはまさにアリ地獄です。

今までの自分が"社会"という砂漠の中の一粒の砂だったとしても、そこには自分が自分だと認識してくれる書類が、役所などで保管されていて、自分が何者か、何者でないかを区別してくれます。

しかし、この不条理な現実を強いられ、関係書類はもちろん、自分の名前すらも意味をなくした現状、自分は何者でも無くなり、一粒の砂は砂漠の中に消えてしまうのです。

砂漠の穴の底から上を見上げても、どこにも出口は見えず、自由に広がる空だけが見えます。

「縄ばしごさえあれば自由になれる…」

それは当然の願いです。しかし、それは印の付いた砂に戻るだけ。もし仮に、自分が砂漠に埋もれる印のない一粒の砂だとしても、それが自分だと分かり、その自分を見失わず、いつでも自分を見つけることができたなら、きっと"自由"の意味も変わり、本当の意味での"自由"を、自分の意識の中で見つけ出すことができるのではないでしょうか…

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先日、部屋のDVD収納BOXを整理していたら、この作品が出て来ました。

「わぁ、これお盆休みに取っておこう」と思った矢先、フォロワーさんがこの作品のレビューを書かれていました。

僕がDVDを見つけたこのタイミングでとてもビックリしました。会社ではもちろん、友達の間では絶対に出て来ないだろうこの作品が、この同じタイミングで観ている人がいらして、こうして共有できるなんて、なんて素晴らしいことでしょう。とても嬉しい出来事です。

僕がこのDVDを持っていたのは、一時期安部公房の小説にはまり、読み漁っていた時に購入したからです。

あの原作をどのように映画化するのだろうと、興味があって購入しました。脚本は安部公房ご本人。期待せずにはいられませんでした。

監督は勅使河原宏。今作のみでしか知らない方ですが、原作を裏切らないとても素晴らしい演出でした。

最初のオープニングクレジットから圧巻でした。新房昭之監督の「化物語」も影響されたのでは? と、思わせるカッコよさ。ハンコ、ハンコ、明朝体。地図のハンコから演者ハンコ。タイトル挟んでのスタッフとハンコ。一連、ハンコ、ハンコで表すあたり、それが先ほども言った"個の印"になり、冒頭の砂一粒のアップに繋がります。

そして、砂の演出、カラダに滲む汗、汗にまとわりつく砂と髪の毛、閉塞感漂う部屋と外の明るさとのコントラスト、異常な関係性を築く男と女。

モノクロームの世界なのに、しっとりましてと湿り気のある質感が漂い、武満徹の音楽と合わせて、独特の世界観を表現しています。

安部公房・勅使河原宏コンビの作品がまだまだあるとのこと。観たい観たいとAmazonを見てみたら、「勅使河原宏の世界 DVDコレクション」が64,400円で売られていました、、、

レンタルを探そうと思います。
aoi

aoiの感想・評価

3.7
昔の邦画って時々おったまげるようなぶっ飛んだ映画がある。「殺しの烙印」なんかもそう。
これも「?!」という展開、冷静に見たらお前ら何やってんの…?!と正直思ってしまうシーンもあるのだけど笑、砂・砂・どこまでも砂、そして肌に張り付いた砂の美しいショットが続くから見ていられる。

この時代の映画ってほんと斬新で感心する。俗な表現だけど、これぞ芸術って感じで。
昔の人にとっての映画と今の若者にとっての映画の認識はかなり差があるんじゃないかな。

砂穴に住み着いた妖艶な女。
生きるためには砂を掻き続けなければならない上に、一人では生きていけない。
外には自由もあるのに、それでも女は砂穴から出ることを拒む。

もっと広い世界があるかもしれないのに、今の苦しい砂穴での生活を選ぶ女。
現状を仕方ないと諦めて何もしない、リスクを恐れて現状維持にしがみつこうとする。私たちと何ら変わりはないな。
男手や供給に頼り、じっとしてても砂に呑まれていくだけなのにね。

印鑑を使ったオープニングクレジットのアートワークや、フォントやレイアウトが洗練されていて、すごくオシャレ!とても60年代の映画とは思えない。

# 196/2018
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