砂の女の作品情報・感想・評価

砂の女1964年製作の映画)

製作国:

上映時間:147分

ジャンル:

4.0

「砂の女」に投稿された感想・評価

連日の猛暑。室内で時間と酸素を浪費するだけのぬる錆びた平和に辟易不可避なこんな時は、この『砂の女』の世界に埋没したい。
砂漠にある巨大な蟻地獄のなかに一軒の家が建っていて、家にはひとりの女が住んでいる。昆虫採集をしに訪れた男が、村人に騙されて、そこに閉じ込められる。それだけのおはなしに、妙に引き込まれる。
何やらこの蟻地獄のなかには人間の性が埋もれていってしまうようで、そのなかにいるうちに人として何か重大な理性のようなものが、体だけ残して下に沈んでいってしまうかのような、実に不可思議な物語だ。
何度みても、本作が何の教訓を描いているのかぜんぜん意味がわからないし、原作小説を読んだ上で再度鑑賞しても、私がこの映画に惹かれるのは、「テーマ」の部分に強く共鳴したからではないことがわかっただけだった。この映画を、私はただの少しも理解してはいない。だのに年に一度くらいの周期で、もう一度あそこに戻りたくなる。
堅苦しいことが苦手な人は、畳のぽよぽよ具合に注目してほしい。原作には「畳は腐る寸前」という描写があるが、腐った畳は踏みしめるともう少しクシュッと潰れような触感がするはずだ。なぜこんなにぽよぽよなのだろう。ウレタンのような柔さではなく、かといってゴムほど弾力があるわけでもない。乾いているのに湿気っていくとはこういうことなのであろうか。どういう環境ならあんなにぽよぽよになるのかと思考を巡らさずにはいられないほど、とにかくぽよぽよで、ぽよぽよのまま形を保っているのだ。これだけ見てほしい。超ぽよぽよだ!
なすび

なすびの感想・評価

5.0
ヨルゴスランティモス監督がすきな邦画第2弾
何気に安部公房の原作は読んだことない、話は面白かったけれど読むかなぁ…

閉所恐怖症×砂きらいが加速する笑笑
あべこべ

この時代のやつらと競い合いたかったって気持ちと、そうならなくてよかったって気持ち。

天才は砂には囚われない
hsgn

hsgnの感想・評価

4.1
OPが良かったのでこれは本編も良いに違いないと思って見たらとても良かった。
nasty

nastyの感想・評価

4.0
日本版のBlu-rayは売っていないのでクライテリオン版を購入。
とても映像が美しい。
砂の中の孤立した家に囚われられた男。
何とか脱出したいと思う男、元々そこに住んでいて、そこから連れ出されることを執拗に嫌がる女。
毎日、砂に埋もれないために砂を掻き出す仕事。それに何の意味があるのか。
会社の仕事とか組織とか考えさせられる。
新文芸坐「白黒映画の美学」にて。モノクロの良さが際立ちます。肌に付く砂つぶ、汗のベタつく感じはモノクロならではの温度感やニュアンスでいやな感じを演出します。話がシンプルでいて複雑なのは、その砂の家のシステムにあるんでしょう。悪人がいません。
しのの

しののの感想・評価

4.9
原作がすごすぎるのはそれはそうだけどそれに比肩するほどに映像や音楽が美しい
asumi

asumiの感想・評価

3.4
原作をこれほどまでに忠実に再現できることってなかなかないと思わされる作品。
オープニングの判子も自分が何かに属していると思いたい男の心が表れてるんだろうな。
ざわざわして引き込まれた。
カラン

カランの感想・評価

4.5
異次元。

フォローしているきのこがうまいこと言っていたのだが、「百万粒の文学的な砂」の物語。砂の量塊に埋もれて、エゴが風化していく男が描かれている。主演は砂男、助演は砂女。岡田英次は学校教師で、昆虫採取をしに砂丘に来たが、遅くなったところで、一晩の宿を借りるつもりで、砂丘の底のあばら家に一人暮らす砂女・岸田今日子のもとへと降りていく・・・

以下、感想。



☆砂の自由

この映画は自由を巡っている。砂とは無限に微小な点で、それ自体では無意味である。砂の一粒が、《単独性》など獲得しようがない。「この」砂、「あの」砂などというのは、どれほど馬鹿らしいことか。この砂とあの砂を誰が区別できるのか?砂とは完全なる単独性の不在の象徴である。それが、一つの領域を形成するほどに群生すると、その限りではない。砂は流れ、こぼれ、飛び交い、皮膚にへばりつき、飲み水を通して、体内に闖入し、軟禁し、引きずりこむ。男は監視され、砂の世界に囚われているはずではなかったのか?それが、精神にまで砂が入り込み、《私》というまとまりを汚し、壊乱するようになると、《私》はいつのまにか砂男となり、他の砂と変わらない、砂となる。《私》は、自由かどうかを感じることもできないほど、砂、ただの砂、なんでもなく、なんとでもなる砂となる。それで、私は自由なのだ。私は死んでいる、という発言と同じだけ、馬鹿げているが、私は砂のなかで自由なのだ。


☆岸田今日子

官能。砂は官能の不在。砂丘のあるどこかの村落の女を演じているのは、岸田今日子。それが『ヒロシマ モナムール』のエマニュエル・リヴァと同じように意外なほど、強く、岡田英次の背をつかみ、吐息とともに揉みしだく。


☆岡田英次

イケメンで、飄々としたというより、素っ頓狂なアテレコが、いっそう岸田今日子の官能を高める。ラストの砂に溶けた表情には感服。ランボーの詩を贈ろう。

そして春が俺にぞっとするような白痴の笑いを持ってきた。 −地獄の季節


☆オープニング&音楽

落款(ハンコのこと)が印象的な映画と言えば、勅使河原監督と同様にATG経由で共に作品を残した実相寺監督による真田広之の出演した『D坂の殺人事件』であったか。『砂の女』では、オープニングのクレジットで、カンっと、木材を打ち合わせたような効果音とともに、演者や制作スタッフの名の落款が刻印される。それに続いて岡田英次が、証明書について長々とモノローグをするのも見事。落款とは、誰かの所有と主体性と存在の同一性の証拠である。無論この映画では砂で蚕食されて、ラストの家庭裁判所の失踪と死亡の認定証にまで繋がる。

音楽は武満徹。CDを聴いて良いと思ったことはないのだが、これは素晴らしい。映画で遭遇したのはソクーロフの『精神の声』以来だが、両者で異なる表現を両立していて、感動した。



勅使河原宏監督の作品は初鑑賞。20年くらい前に、興奮した面持ちの友人が「シュールレアリズム的な華道家が映画を作っているから観ろ」と諭してきたことがあった。『砂の女』を観て、その記憶が蘇ってきたしだい。勅使河原宏氏は「いけばな草月流」の家元に生まれ、映画、華道、書道、舞台芸術と、日本の伝統芸能を独特な解釈を施して、官能の域にまで進化させた芸術家で、2001年に74歳で亡くなられたことを、今にして知った。安部公房と組んで、映画やテレビ向けに、何本か制作している。そのうちの代表作が本作。

砂の世界を描いたものとしては、ドゥニ・ヴィルヌーブの『ボーダーライン』、ソクーロフの『日陽はしづかに発酵し・・・』を思い出す。ドゥニ・ヴィルヌーブが『デューン』を前編、後編の超大作として撮ることになるという発表に心躍らせている人がいることだろうが、まだ新しい『デューン』までには間がある。審美の骨頂としての華道家の出自を持つ監督と安部公房の異次元が織りなす、砂ワールドを、夏の暑い夜に、堪能しておきたい。
けい

けいの感想・評価

4.0
自分の読書歴で最重要人物な安部公房、原作の凄みの全容は到底映画化不可能なのですが映画的工夫と武満徹の音楽、今日子の色っぽさで名作になっています。
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