ルルドの泉での作品情報・感想・評価

「ルルドの泉で」に投稿された感想・評価

ちば

ちばの感想・評価

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なんだろうすごく不思議な映画
気持ち悪いくらい完璧で美しい空間と間
敬虔な映画(?)
四年前にミニシアターまで他作品を目当てに足を運んだのですが、時間が余ったのでついでに観た作品です。
タイトルからして、キリスト教関係の話と思いましたが、宗教臭さはなく、人間の潜在的心理を鋭く描いた良作と言えます。
主人公クリスティーヌは、聖地ルルドの泉に訪れた自分の足で立つことができない車椅子生活を送る女性です。この聖なる泉で「奇跡」と言える回復を彼女は果たします。「奇跡」ですから、そういった現象が万人に起こるはずもありません。その回復ぶりに周囲の人々は妬みのような感情を持ち、彼女に対しては冷ややかな目線を浴びせました。「何故彼女にだけ、神は救いの手を差しのべたのか?」と言いたげな様子は人間の感情を表現していて興味深い描写でした。他人の幸せは素直に喜べないのも、人間らしさかもしれません…。
ラストシーンはかなりカタルシスを感じました。主人公クリスティーヌが周囲の人が他人の不幸を願う姿に落胆して、再び車椅子に腰を落とします。社会が個人をバッシングする構図が本作にあったと思います。その表現のナチュラルさに私はただ感心するばかりでした。
エリー

エリーの感想・評価

5.0
多発性硬化症の子が巡礼地を巡る話。症状がよくなると信者は「神だ、奇跡だ」と、医者は「強化と寛解の波があるから一時的だ」と。

奇跡が陰り始めた途端、信者は「また歩けなくなったら神は酷いわね」「そのときは奇跡ではなかったのよ、だから神は無関係よ。」と。

最後のシーンで看護師が気持ちよく歌って踊る姿を見せつけられる主人公。あの横顔は視聴者に何を感じて欲しかったんだろう。「ここまで人生は不公平か」というものか「彼女の人生への不安感」か、別のものか。
キリスト教をもっと知りたくなる
神は善かつ全能ならば、この世にはいかなる苦しみも存在しない
すなわち神は全能ではあるが善ではない、もしくは善ではあるが全能ではないのではないかということになる
色々考えさせられる、健常者であることの意味とか…
ゆーた

ゆーたの感想・評価

3.6
中盤まではとにかくものすごく静かな展開で少し退屈だったが、とあるシーンから徐々に話が広がってく。
見終わると意外や意外に面白さがある。
人々の心理の変化が上手く描かれてました。
神父様のセリフが好きだったなー。
好きなレア・セドゥが出ててビックリしたが、あまり必要性を感じなかった。笑
ただ、やっぱり可愛い!
幼少中高キリスト教に親しんできたし、校内にルルドの泉という人工の小川もあったので、面白かった。

キリスト教徒の熱心なのに現金な信仰心…
Hideyuki16

Hideyuki16の感想・評価

3.8
宗教的な信仰心は、
日本のそれとは違う

って印象から、考えさせられるストーリー。

奇跡をおこす泉に各地からキリスト教の人々が押し寄せる。

それは現代の日本人が気軽に、
パワースポットと言ってるのが恥ずかしいほど、信仰心の塊。

そして主人公にある種の奇跡が起こるのだが…。

奇跡とそれにまつわる現実。
そしてシニカルな描写は、
リアリズム。

宗教というテーマの本髄、そして疑問を
視聴者に投げ掛けてる気がします。
感想川柳「奇跡なら 信仰心は 要りません」

予告が気になって観てみました。φ(..)

病気が原因で車いすの生活を送っているクリスティーヌは、聖地ルルドへのツアーに参加する。数々の奇跡で知られるカトリックの巡礼地には、心から神業を願う者や観光客などがひしめいていた。マリアという若いボランティアがクリスティーヌの介護を担当するが、次第にその仕事もおろそかになっていき…というお話。

「ルルドの泉」という単語は知ってましたが、「奇跡を起こす聖地」とは知りませんでした。(*_*;イタリアだと思ってたし(笑)( ̄▽ ̄;)自分はキリスト教徒でもないし、無宗教なので胡散臭さしか感じないですけどf(^_^;でも子供が難病になって手の施しようが無いとしたら、こういうのにすがることもあるのかなとも思ってみたり。( ・ε・)

セシルが何とも言えないですよね〜(´Д`)最初警備員たちとの温度差も相まって、怪訝な目で見てごめんなさいって思いました。(>.<)

神父も言ってることが最もらしいことだけど、よく聞くと何の解決にもなってない(((^_^;)可能性が低いけど結局誰にでも起こりうるし。信仰心で奇跡が起こるならみんな宗教を信じますよね。
他の巡礼者を見てるとキューブラー=ロスの受容の5段階を見てるような感じでした。(__)

一応奇跡と認定されるには厳しい審査があるみたいですが、どうにも都合のいいようにしか思えない。( ´_ゝ`)治って奇跡と認定されても、その後まで「信仰心を絶やさず模範になるように」ってね〜(´・c_・`)

レア・セドゥが「マリア」って名前だけに何かあるのかなと思ってたのに、特に何も…(笑)



ラストは気になるところですが、あれはあれでいいのかなと。(*´-`)

んでまず(^_^)/~~
「奇蹟」を願う人たちの深層心理を静かなタッチで描いた良作。

フランス南西部に実在するカトリック信者の聖地「ルルドの泉」。

ここから溢れ出す水を飲んだり、身体に塗ると病が治癒すると言い伝えられ、信者以外にも多くの観光客が訪れている。

肢体に麻痺の障がいを持つ主人公クリスティーヌは、同じく車椅子の人たち、病院関係者の人たちと共に恒例の聖地巡礼ツアーで「ルルドの泉」を訪れる。

熱心な信者をよそにクリスティーヌの身体に変化が表れる。周りの人たちは「奇蹟が起きた」と口々に祝福するが・・・

日常において起こりがちなこと。
熱心に信仰しているのに状況が好転しない、それどころか真逆のことが起こる(例えば、御参りした帰りに事故に遭う、教会が襲撃される…とか)

反対に信仰の無い人に奇跡が起きたり、幸福が訪れたり。

それらの出来事を実際に目の当たりにした時、人はこう思うかもしれない。

「不公平だ」

「奇跡」と「奇蹟」の違い。どちらも理屈では説明出来ない現象を指す言葉だけど、後者は神の力が介在する。

宗教の信者は得てして「奇跡」も「奇蹟」と信じたがる。それは今までの信仰が身を結んだ、報われた、と「行為の代償」としての結果を期待してしまうから。「神は公平である」と盲信しているから。

ハウスナー監督は人が持つ自己都合主義的な思考の危うさを女性らしく、優しく、そして鋭く暴いている。

淡々と進む映画が苦にならない人にはオススメしたいです。
jaja

jajaの感想・評価

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コメントを書くのが実に難しい映画だ。いろんな論点がありそうだが、ここではやはり人間のいやらしさについて述べたい。▼誰もが奇跡を求める中で、自分ではない他の誰か(ここではクリスティーヌ)に起こった奇跡を、最初は皆が祝福する。だが次第に我が身に病気や障害を持つ者は彼女を妬み、健常者は奇跡がなかったことを(つまり元に戻ってしまうことを)期待する。前者はやむを得ないと思えるが、後者が実にいやらしい。▼そしてレア・セドゥ演じる自由人の象徴マリア(えっ、マリア?)は、そんなことに構わず歌い踊り続けるのだ。
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