この冷ややかな女のまなざしは、男にとっての「他者」としての女のものではなく、ロベール・ブレッソン自身のアニマ(男性性に宿る女性性の像)によるものだったろうと思う。
ドミニク・サンダが、まだドミニク…
まるっと身体─死体である─がフレームに完璧に収まる冒頭以外はブレッソン的な断片が示されるショットが続き、まさに「モンタージュ。死んだ映像から生きた映像への移行」で痺れる。つなぐことでしか生を取り戻す…
>>続きを読む女は突然死ぬし、男は突然女を愛す
一件回想者としてこの映画を扱うこともできるが、時折、そうはさせまいと語っている今と語られている過去が、ショットによって混じり合う
音にも顕著に現れている、語っている…
はじめてブレッソン映画おもしろいかもと思った。
冒頭。
ネオン街を駆け抜ける車から→ドアノブを握る手→風→マフラー→車が止まる→女が倒れている
モノと手
現金
女の足元に手が重なる
初夜
階段…
椅子が揺れ、机が倒れ、マフラーが舞い、女が死んでいる。画の引力。
質を入れる行為の反復と、好意の蓄積。
品物を取る手、文字を書く手、天秤で量る手。
ベッドの中でも、車内でも、笑い声は聞こえても、表情…
『ラルジャン』で見せた札をめぐる手の指の美しさは本作の時には既に健在。男が朝食にパンを焼いている場面。トースターに挟んだパンを出して皿に重ねて再びトースターにパンを挟む。通常の食パンのサイズではな…
2026/12/28
めったくそかっこいい。ちゃんと見返してよかった。ほんとに視線の映画だったのだな。
それにしても優しい男でもあるような気がしてきたけど、表出される行為がキモくて、はたして優しいっ…
感情や心理を説明することを徹底的に拒み、出来事と身振りだけで破綻した関係を描くブレッソン後期の代表作。
「なぜ彼女は死んだのか」という問いに答えを与えないまま、夫の視線と回想だけが空虚に反復される構…
ドアノブを回す手、滑り落ち割れる植木鉢、舞うスカーフ、落下した女(きれいすぎでは)、の一連の流れ
ここまで誰も顔が写らない
カメラワークとそれぞれのショットすべてに意味があり、無駄がなく、どれも美…
冒頭の「倒れる椅子」からして強烈。夫妻のすれ違いははがゆい。旦那はわかっているようでわかってないし奥さんは言うこと言わないし。でもそれはそれとしてらシネマトグラフの抑制的な演出が内面の揺らぎを浮かび…
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