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「僕はイエス様が嫌い」に投稿された感想・評価

しを

しをの感想・評価

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内容も内容だけど、如何にも私立校通って一定の(あるいはそれより少し上の)暮らしをしてきたひとがつくりました!という感じがして(自分もそんなもんだから)なんか嫌らしかった。
イマジナリーフレンドの消失(=子ども時代の終焉)を描いた作品に見えて、
それが小さなイエス様の姿をした漫才師であり、なおかつ小さな「奇跡」を起こしたりするので、
いろんな誤解を許してくれる。

障子にあけた穴から覗くように、世界をフレーミングして映画は作られる。亡くなった友だちにだって、この先何度も出会うだろう。

この監督の2作目をぜひ観たいと思う。
EDEN

EDENの感想・評価

3.8
07/04/2020

ずっと観たかったから観れて嬉しい。

この映画、みればみるほどどんどん好きになった。ゆらとかずまの友情の描き方が好き。

画、とくに雪に反射した白くて眩い光が綺麗だし力強い。壁にかかった絵や花が写真のように静止画としてゆらの目にうつっているのは、今日みた20 century womenや、ドランの映画を思い出した。

あと、ゆらがかずまに会いに病院に行ったあとの歩いているところから走るところまでの長回しが良い。


かずまが青が好きなこと、おじいちゃんが障子に穴を開けていたこと、を回収していたのもよかった。


憤り。信じてたのになんでもできると思ってたのに、と、キリストに対して。かずまがしななきゃならなかった不条理に対して。穴のあいた障子は、「おじいちゃんが」穴をあけた障子だったのに、きれいに張り替えられてしまった。まるでおじいちゃんがきれいさっぱり忘れられたかのように。穴をあけたら、何がみえるんだろう……そのあと、かずまと最初に話したときの記憶が「天からの」目線でうつされる。障子に穴をあけて、みえたものはそれだったのかもしれない。今はこの世に身体は存在しなくても、ユラが生きている限りそこにある、かずまとの「記憶」。


後半、上からのショットが多かったのは、あれは神の目線を表していたのかな。

2人が朝神社に行くシーン、かずまとゆらのお祈りの仕方が全く違うこと(かずまはキリスト教だから指をからめて、ぬらはそのまま掌を合わせて)を正面から撮っていたのがよかった。祈りかたは違くても、そこに祈りがあったということ。あそこで、ゆらは何をお願いしたのかな?それが、教会での「お別れの手紙」で明らかになるのかなと思っていたけど、そうではなかったね。私は、「かずまとずっと友達でいられますように」と願ったんじゃないかな、と思ってしまう。

二つ気になったのは、脚本(特に大人のセリフ)と大人の演技。おばあちゃん以外基本白々しくてちょっと嘘っぽかった。子役は、よい。ゆらの、目にかかりそうなほど長い前髪がまたよい。

今ここで思い出したけど、流星群のシーンは、「流星群があるふり」していたんだね。そう思うと、あのシーンはもっと尊い。
k

kの感想・評価

3.6
最後の言葉に心が。
あんな映像を撮れたらあの友達のこと忘れずに済むのかな、って思った。
rina

rinaの感想・評価

5.0
かなり好きだった。
岩井俊二の『ラブレター』のような世界観。
信仰とは、祈りとは誰の何の為にあるのか。
最後のシーンとエンドロールの言葉に鳥肌が立つ。
言葉数の少ない主人公をタイトルが代弁しているようにも思える。

監督は今の私と同じ年齢でこの映画を制作していた。
この監督がこれから売れても売れなくても、ずっと作品を観続けたいなと思った。
みゅー

みゅーの感想・評価

3.3
子役ってすごい。そう改めて思わされた。

全体的に静かで沈黙も多い作品。
その間が絶妙。

とりあえず前髪を切ってあげたい…。
シオ

シオの感想・評価

4.5
【転記】
ユラ少年のその後を思わずにはいられない。
最後まで観て、冗長に思えた場面も何もかも意味があるのだと知る。また観たくなる。今度は祈るように。

声なく悶えて、言葉をなくして。
ザン

ザンの感想・評価

3.6
突然の悲劇。祈れども叶わない。やるせない思いは小さなイエス様を叩き潰して晴らす。純粋な感情を大事にして欲しい。雪上のサッカーを無理にやらなくてもいい。
ひい

ひいの感想・評価

4.0
-お祈り、意味なかったですね

信仰とは
神とは
生きる、とは
死ぬ、とは

障子の穴から過去という”希望”を覗く
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遠藤周作の「沈黙」と同様のテーマを現代的文脈で読み直した意欲作
キリスト教文化圏では生み出しえない傑作だと思います。

1シーン1シーンがとても叙情的なのに押し付けがましくなく、監督の圧倒的センスに震えました、これで22歳........
ジーハ

ジーハの感想・評価

3.4

このレビューはネタバレを含みます

ユラは担任の先生に頼まれる。

突然の事故で亡くなった親友への手紙を書いて、それを全校生徒参加の「お別れの会」でみんなの代表として読んでもらえるかな、て。
それとみんなの前で神様にお祈りをしてもらえるかな、て…。

人がみんなで故人を偲ぶ。
普通だしよくある場面なのに、この作品ではスゴく違和感をもった。
きっとユラの心とかけ離れたテンションに感じたからだと思う。

でもユラは、両親に手紙の内容を相談して、発表できる完璧なものに仕上げてみんなの前で手紙をちゃんと読む。

けど…お祈りはできなかった。
手紙を読み終えたあと、祈るために組もうとした手を聖書に叩きつけた。
「お前なんか消えちゃえ!…」
て神様に言わんばかりに。

タイトルの「僕はイエス様が嫌い」
言い換えれば、僕の願いを聞いてくれなかった神様が嫌い。

作品が伝えたかった意図と少しズレるかもしれませんが、なんか信仰とか宗教てなんだろ?て改めて考えた。

Googleってみたら、
信仰について、新約聖書はこう言ってます。
『信仰とは、望んでいる事柄を確信し、見えない事実を確認することです。』…めんどくさい言い回し。。
でも要約すれば神様を信じなさいてことですよね?

お祈りとか宗教て、人の弱さの拠り所で、神様のおかげや、神様のせいにすることで、辛さとか責任を分かち合うというか、逃げ道を作れる都合のいいものでもある。

ドライにいうと、なんかそれって人間と神様の駆け引きみたいにも思えたり。
子供にはそんなことわからないよね。。

あ、感想というか、、、
何もまとまってないただの呟きになってますが…(笑)
おもしろさを求めると難しい作品ですが、
不思議な余韻が残る作品ではありました。

ユラくんの担任の先生。。なんか言い方や態度がカトリック学校の先生にしては変な威圧を感じたのは私だけかしら?!