審判の作品情報・感想・評価

「審判」に投稿された感想・評価

Shoty

Shotyの感想・評価

3.9
これは夢だ 夢 変な事 起こってても夢見てる間はそのまんま受け入れて進んでく、 起きたら あれあれ なんか すごい変でしょってなるよね。

オーソンウェルズさんの画 素晴らしいわ 彼の映画参考に作ってる人はたくさんいるだろうし それで作られた映画を僕も観たことあるんだろうけど オリジナルは新鮮だった これがスクリーンでしかも4€なんてありがたいねぇ Mr.Kが団地で でかい荷物引きずる女性と並んでぐちぐち言い合ってるところ 特に気持ちがよかった。

ルールってのはそれが必然だと考える人間が大多数いる時に絶対になりすぎていて そのルール自体におかしいぞと気づいた人間は反抗する力を持たせてもらえず 真実なんて関係なくMr.Kみたいになるって事だよね きっと。ただ細かい所はさっぱりだ なんのためにやったのみたいのたくさん

カフカさん変なの
犬

犬の感想・評価

3.7
番人

目を覚ますと、罪状も知らされないまま逮捕され、審問すると言われた男の行く末

カフカの幻視的文学『審判』をオーソン・ウェルズが映画化

悪夢の論理

不条理とはまさにこのこと

会話が多い
不思議な話でした

仕事場がスゴい
終わり方も衝撃です

ロミー・シュナイダーが印象的
オーソン・ウェルズも重要な役どころで登場します
nagashing

nagashingの感想・評価

3.5
いつまでたっても訴訟が進展しない堂々めぐりの冗漫さが迷宮感を生み出す原作に対して、悪夢的なイメージと要領を得ないダイアローグのつるべうちで応戦。空間のスケール感覚があきらかにおかしく、異常に狭い場所と異常に広い場所、近代的な風景と前近代的な風景とが脈略なくツギハギされる。主人公を取り巻く女たちも絵に描いたようなファム・ファタールに。妖艶さと淫乱さが強調され、男の転落劇を助長する。全編ケチのつけようがない視覚演出だが、原作のユーモアがあらかたそこなわれているのが残念。
鴉

鴉の感想・評価

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目下話題のオーソン・ウェルズ 。やっぱ凄いよこの人。はっきりいって原作より面白い(もっとも、カフカについては面白いという基準では測れないものがあるとだけは言っておきたい)。
露悪的にならない悪夢的世界観が見事に表現されている。膨大なエキストラの使い方や茫漠な舞台に何かに取り憑かれたような人々(ジャンヌ・モローだけ浮いてる)、とりわけ法廷画家のシーンなんかは最高に狂っている。最後のダイナマイトはやり過ぎな気がするが…。『気狂いピエロ』の元ネタなのだろうか。いずれにしろこの辺にオーソン・ウェルズの映画観が垣間見える。
ミク

ミクの感想・評価

5.0
眠りから覚めたとき目の前に起こっている現実は悪夢。壮大で可能性が無限に広がっていても、迫り来る狂気からは抜け出せず息苦しく吐き気さえ催す。逃げても逃げても次々と待ち構える困難に怒り困惑し、時には快楽を求め、夢から覚める出口はどこなのか探し続ける。ハァハァ。これは正しく悪夢。
何もわからなかったけどカッコよすぎて脳がじんじんした……。これ中学生のときとかに出会ってたら厨二病まっしぐらだったと思う。奈須きのこよりも重い病状。

原作未読だけどカフカの描く悪夢は全然ドロドロしてなくて、むしろカラッとしてる、強烈に西陽の差し込んだ白い部屋のようなイメージなんですけど、それが絶妙な塩梅で映画になっていた気がする。
デヴィッド・リンチにはおそらくできないよな……

相変わらず光と陰影の使い方が卓抜している。ベタのうまい漫画ってパッと見かっこいいよねという。

ロケーションも怖い。こんな虚無空間実際にあるの? お台場か?
「KAFKA迷宮の悪夢」を見た時にこの映画に似すぎじゃね?と思い出し再見。カフカの原作を現代を舞台に脚色し、近代化社会に生きる人間を寓話的に描く。スケール感溢れるオフィスのセットや、いかにも50~60年代のヨーロッパの団地らしい荒涼とした風景など、ビジュアル的な圧がものすごいが、話はあまり面白くない。実際、何度見ても必ずどこかで寝てしまう。悪夢なのに。
2018.8.4 ザ・シネマ(録画)(字幕)
オーソンウェルズの作品を嗜むの久しぶり

デヴィッドリンチ的
備忘のために

なるほど、この作品を超えるのは難しいな。クロアチアのザグレブで撮影されたという、Kの務める銀行の巨大なオフィスは圧倒的。ラングの『メトロポリス』とカフカ的世界の親和性だよな。

ザグレブで撮影されたものには教会のシーンや、公団住宅などがある。この郊外の公団住宅を、夜、カバンを引く女とKが会話するシーンなんて、大画面で見ると圧倒されてしまう。じつにスタイリッシュなパゾリーニを見ている感じ。

その団地の部屋の撮り方もたまらない。モダンで直線的な部屋、窓、廊下、ベランダ。そのラインが斜めに画面を区切ることで生まれる迷宮的で閉塞的なダイナミズムに、ジャンヌ・モローが思いがけない艶かしさを与えるのだよね。

巨大な丸屋根で覆われた通りをヨーゼフKが進むのは、オルセー駅(現在はオルセー美術館)を使ったシーン。ここで、ウエルズが創造したのは、駅としての機能を失った駅の機能性とでもいうべきもの。脱帽。

じつは、今回この映画を見た目的は、ウエルズがロケをしたという、ローマのパラッツォ・デッラ・ジュスティーツィア。イタリアの破毀院(最高裁判所)がある場所だが、口の悪いローマ人からはパラッツァッチョ(不格好な建物)と呼ばれている。

じっさい、1960年代の後半には、崩壊の危険があるとして使用停止にされ、取り壊しも考えられたという。しかし、取り壊しそのものに巨費がかかることや、なんといっても歴史的建造物であることもあり、修復作業が行われたという。ウエルズが『審判』を撮影したのは1962年だから、このパラッツァッチョが使用停止になる前のことになる。

余談だけど、フェリーニは『ローマ』の構想中にこのパラッツァッチョでの撮影を熱望していたという。おそらく、この場所にローマ特有の「わびしさ」(squallore)を感じていたのだろう。

そんな「正義の建物」(パラッツォ・デッラ・ジュスティーツィア)のなかで息がつまりになったのが、アンソニー・パーキンスがその弱々しくも小憎らしいマスクで演じたKなのだけど、この主人公は、機能不全になりながらも機能し続けようとする「正義」の外へに、なんとかして逃げ出そうとあがき続けることになる。

それにしても、オーソン・ウエルズ演じる弁護士に使える看護婦レーニを演ったロミー・シュナイダーが最高だ。背の高いパーキンスを見上げるときの目と唇も、ベッドに丸まったウエルズを見下ろすときの目と唇も、そうでなければならないまさにソレなんだよね。

カフカに登場する、そんな艶かしい無垢の女たちは、たしかにジャンヌ・モローのマリカであったり、ロミー・シュナイダーのレーニであったり、あるいはまた、法廷の守衛の妻ヒルダ(エルザ・マルティネッリ)であったりするわけだけど、誰もがみんなソレを持った女優さんたちだと、なんだか妙に納得してしまった。

建築的な空間、女優たちの誘惑、カフカ的な迷宮、ようするに実に映画らしい映画だってことだ。でも最後のダイナマイトはどうなんだろう。あれよりはジョン・ウィリアムズの『審判』(2018)のバットのほうが、Kを「犬のように」逝かせることができる気がする。ダイナマイトは人を、あっという間に、「鉱物」にしてしまう。ウエルズらしい奇想だが、ちょっとカフカではないと思うな。
ふ

ふの感想・評価

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あなたはわたしを全然好きじゃない
「好き」っていう言葉はとっても弱い
彼女は居るの?
居るに決まってる あなたみたいな男にはね
あなたはわたしになんでも好きな事ができるわ
どうしたの?わたしを信じないの?

私に貴方の秘密を打ち明けて下さい
それでお互い口をつぐみ信頼できます
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