コロッサル・ユースの作品情報・感想・評価

「コロッサル・ユース」に投稿された感想・評価

eigajikou

eigajikouの感想・評価

4.5
ヴェントゥーラがヴァンダのパパ設定。
ヴァンダには幼い娘ができている。
解体され行くフォンタイーニャスと、
新しい公団住宅の対比。
ヴェントゥーラの存在自体が詩的。
『ホース・マネー』の序章。
完璧な映像の強度。
ペドロ・コスタ『コロッサル・ユース』を観た。シネフィル向けで自分には高尚(苦笑) 案の定途中まぁまぁ舟を漕いでしまった…w 白い壁のマンションをバックにした画、食事シーン、ハッとするほどキマっとる。もはやア-ト系なのでストーリーは意味不明でも気にしない!w🤗‬
驚くべき退屈さ。事前情報を一切入れずに見たせいでそもそも何がしたいのかわからないまま3時間終わってしまった。もったいないことした〜。
smmt705

smmt705の感想・評価

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ため息が出ちゃうほどその空気、感情を感じて心地良い。家族はいるのだけど、いないみたいな虚無感。でも、大きなお部屋を借りて過ごすヴェントゥーラの思い、その虚無感をも愛おしい。もし、同じ部屋でみんなと暮らせたとしても、バラバラになりすぎた生活は1つになれないだろうな。けれど、その広い空間に、見えない大きな愛を感じたよ。
『コロッサル・ユース』の舞台は『ヴァンダの部屋』の数年後。同じスラム街が舞台だけど、再開発が進み、ボロ家はあらかた取り壊され、住民の多くはすでに新たにできた真っ白く無機質な団地に移住している。未だにボロ家に住み続ける老人(ヴェントゥーラ)が、「妻 が出てっちゃったよ」と周りの人々を繰り返し訪ね歩き、会話を交わす。『ヴァンダの部屋』が世界と個人との断絶を描いた作品だったとすれば、この『コロッサル・ユース』の方では、“世界”は もはやほとんど描かれていない。ただただヴェントゥーラと周囲の人々との交流がひたすら描かれ、ときおり映される真っ白い団地の姿だけが、彼を取り巻く“世界”を示唆している。

ヴェントゥーラはヴァンダと比べるととてもよく移動する主人公だ。背の高さや表情の深みやボソッとした発声によって荘厳な雰囲気を醸していて、ああ、この人にずっと付き合っていられるな、という気持ちでずっと見ることができた。お次はどこに行くんだいじいさんよ、という気持ち。いろんな人と会うけど決して出しゃばらないのもいい。『ヴァンダの部屋』に引き続き、あるいはそれ以上にすべてのシーンがバキバキにカッコよく撮られていて、たとえば団地の内見をするシーンなんて、よくこれだけのことでこんなにカッコよく撮れるな、と笑っちゃったんだけど、でもどこを切り取っても嫌味な感じはせず、不自然なところもなく、心地よく観つづけられた。会話のズレによって可笑しさが生まれている感じもよかった。特にヴェントゥーラとヴァンダの会話ね。 

そして2つとも音の映画だった。ショベルカーが壁を破壊する音、テレビの小さな音、何かが落ちる音、引きずる音、どこかで子どもが遊んでいる声、犬の鳴き声、人々のボソボソした話し声、怒鳴り声、鳴き声、すべてが印象的だけど、中でもやっぱりヴァンダがすごい。『ヴァンダの部屋』でも『コロッサル・ユース』でも一番強烈なのは、彼女の不健康そうな咳と、いろんなことをまくしたてるガラガラ声だ。ヴァンダがまくしたてる出産の苦労話を、ヴェントゥーラがハハハと笑いながらじっくり聞いていたところ、好きだった。 
toro

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3.8
延々と続く固定カメラ長回しで、主人公ヴェントーラと「誰か」の超短編小説のような会話が延々と繰り返される。多くの映画にひとつふたつある、「さりげないけど妙に印象に残るシーン」的なものがずっと続く感じ。

貧民街と、その地域の再開発のために住人達に当てがわれた小綺麗だが無機質な集合住宅のシーンが交互に配される。その対比は、画的な部分だけでなく、ある意味ではそれ以上に両者の空間で鳴る音によって描かれている。2つの世界では、ドアの開閉音も違うし靴音の響き方も違う。

でも、それが安易な二元論としてではなく、努めて平熱で淡々と描かれている。

正直、退屈に感じる部分もなくはないが、しつこく繰り返される、ヴェントーラが出て行った妻クロチルドに向けた、出されることのない手紙の言葉がとても詩的で素晴らしかった。
ここ何年か映画を見てきて少しわかってきた気になり次第に脳みそのほんの限られた部分しか使わなくなってきて残りの部分が砂肝みたいに硬くなってきたところで死角からデッカい漆黒の鉛玉飛んできた。目眩した。おもろくはない。
もた

もたの感想・評価

3.0
まず、今日は家を出る前にズボンのチョイスをミスってしまった。映画を観ている間、ずっと下半身がムシムシするのでたまらなかった。
冒頭で何か言ったきり消えるキャラクターに既視感を感じたが、何だろう。『バグダッド・カフェ』かな。最近だと『ラブレス』とか、いろいろあると思うが、ぴったりはまるのが思い出せない。とにかく、妻の不在により、亡霊を追いかけるように、孤独を満たすように、交流を求め彷徨う主人公であるが、シーンや行動、セリフの執拗な反復は、一向に彼の心を満たすことはなく、むしろその地域の変化に囃し立てられるかのように、不安だけを募らせる構図になっている。冒頭だけに現れる妻の俯瞰ショットとさながら対応する、全編を通して徹底した煽りのショットが印象的だが、おそらく撮影に長い三脚を忘れたのだと思う。ペドロ・コスタは意外におっちょこちょいだ。
(再見 8/1 2018)
逆説的にも、極端なまでに抽象化されてこそ獲得されうる「現実」というものがあるのであって、その微かな手触りをカメラに収めるということを措きペドロ・コスタには何が出来るというのか?

(初見 4/19 2016)
ねみ〜
okapy

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4.0
退屈なのは否めないが、DVDジャケからして分かるように画面は4作品観て1番やばかった。無論、新興住宅のカットや室内での影や光の捉え方もエグいのだが、個人的には退廃的な街並みの主張のないマットな建物の前に佇む朱色のつなぎを着たおっさんと朱色のソファのカットが好きだった。固定のみと思いきや、要所要所(たしか二回)来るパンに感動。ディストラクションや咳のノイズが過剰でなく、ヴァンダの部屋と打って変わってこっちはフラストレーションがたまらなくてよかった。何しろあのヴァンダが更正してるからお父さん嬉しい。それにしても手紙の反復といいヴァンダの部屋のしつこいノイズといい、薬とタバコを吸いまくるシーンといい、とにかく繰り返しが好きなようで。
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