シュトロツェクの不思議な旅の作品情報・感想・評価

シュトロツェクの不思議な旅1977年製作の映画)

STROSZEK

製作国:

上映時間:110分

4.0

「シュトロツェクの不思議な旅」に投稿された感想・評価

mrhs

mrhsの感想・評価

4.0
ジョイ・ディヴィジョンのイアン・カーティスが自殺する直前に観ていたとされるこの作品をわざわざそれなりの値段の中古で買った。

それはヴェルナー・ヘルツォークの作品を観たいからではなく、職場にジョイ・ディヴィジョン好きのサブカル女子(と言っても俺より年上なんだけど)がいて、俺はその子に不毛な恋をしているからなのだ。ちなみに俺はその子のLINEすら知らない。

そしてこの作品を鑑賞した翌日、俺は遺体となって発見された。
roland

rolandの感想・評価

5.0
Is this really me!


撮影補佐にエドワード・ラックマン
猫

猫の感想・評価

4.0
アメリカ逃亡をピークとして、世界がどんどん矮小化されていくのが素晴らしい。
菩薩

菩薩の感想・評価

4.3
不思議な旅がすぎる、と言うか哀れな結末すぎる。終盤、特に競売以降の一連の流れが最高すぎて爆笑を禁じ得ずハゲる、面白い、もはやハゲしろいの称号を差し上げたい。なんせブルーノ・Sのハゲ散らし方が完璧だし、ヒロインのブス具合が絶妙だし、隣のジジイの奇行が意味わかんないしで三者三様に愛せるキャラクターだし、そんなブスが情夫二人にフルボッコにされる田嶋陽子先生界隈が観たらゴンさん並みに毛を逆立て激昂しそうなシーンなんて、いいぞもっとやれなんて思ってないけど一人「Wow!!!」と外人みたいな反応さえしてしまった。全盛期のスキャットマン・ジョンを凌ぐスピードで、サクサクと家とテレビを売りさばく謎の大佐の有能さ、めちゃくちゃプッチンプリン食いたくなった。踊り狂う鶏、けたたましいサイレンを鳴らし続けるウサギ、燃えながら回り続けるオンボロトラック、リフト、そして銃声、なんだこれめちゃくちゃ面白いやんけへへ〜と中田カウス師匠ばりの笑顔をもって劇場を出たまでは良かったが、よくよく考えたらこれむしろ俺やんけ…なんて思って来ちゃって途端に虚しさに襲われた。働けど働けどなお我が暮らし楽にならざりじっと手を見る余裕もなく、「もう悩みも無くなった」なんて、悲しいこと言うなよシュトロツェク…。陰謀だ!陰謀だ!と騒ぎ立てるジジイ、そうだよなぁ、そうなんだよなぁ…と激しく同意、いやハゲしく同意、やっぱりこの作品はハゲしろいけどとても寂しい作品だと思う、生きるの辛い、もう無理…。
TaiRa

TaiRaの感想・評価

-
誇大妄想家の狂人変人が未開の地を目指す『アギーレ』『フィツカラルド』の間に作られ、形は違えど近いとこにある映画。イアン・カーティスが自殺する前日に観ていたとか。

幼少期から20年以上精神病院にいた路上音楽家ブルーノ・Sが、刑務所から出所した路上音楽家シュトロツェク・ブルーノを演じる。ブルーノ・Sの脆く繊細な姿が印象的。暴力ヤクザの情婦を家にかくまって、隣人の爺さんと楽しく過ごす瞬間もあるが長くは続かず。ヤクザから逃げるように渡米。「誰でも金持ちになれる」と信じたアメリカでも待つのは辛い現実だけ。恋人も友人も家も失って「心配事はなくなった」シュトロツェクとグルグル回る車と踊り続ける鶏が虚しい。

『アギーレ』などの大自然によって挫折していく男と対照的に社会のシステムによって挫折するシュトロツェク。銀行への逆恨みが素っ頓狂な方向へ行き床屋を強盗するシーンは、哀しくなるほど馬鹿馬鹿しい。終わった後に向かいのスーパー直行してすぐ捕まるのもどうかしてる。
ヘルツォークの親は生粋の不定職者で、ヘルツォーク自身幼少期は居を転々とし、音楽や映画は勿論、水洗トイレさえ知らない極貧生活を味わっていたらしい。

少々鈍いが善良な小市民ブルーノをバラバラに引き裂いたのは、資本主義というあまりにも支配的なイデオロギーが与える共同幻想、その最も鋭利で辛辣な一面だったろう。今日よりも良い明日、ここではないどこか、自分たちはよりよい未来を作りだせるはずだという、全く自明ではない考え方に、彼も僕たちも爪の先までどっぷり浸かってしまっている。だからこそ銀行は成立するし、僕たちはローンを組む。陰謀だと叫んでも仕方ない。これは人類全員で乗りこんだ船であり、そこから降りることは殆ど死を意味する。
競売を取りしきる大佐と呼ばれる人のマシンガンの如き早口は、滑稽ではあるが、それ以上に残酷で、しかしあれこそが資本主義のスピードなのだ。人間一人の人生が猛スピードで市場を転がっていく。無論ブルーノがその速度についていけるわけがない。
箱の中の鶏はそして、自分の意思で踊っているのではない。誰かが押したスイッチと鳴り止むことのない音楽に踊らされている。それ以外の生き方を知らないのだ。
同じ場所をぐるぐると回り、上がり下がりを繰り返すだけのこのリフトからの降り方は、今日未だ発見されていない。
折しも昨日終わった総選挙で、市場の自由、規制緩和を一心不乱に標榜する連立与党を圧倒的多数で信任した日本国民も、当分はこの船に身を据えるつもりらしい。

また一方で、この映画そのもの、映画という存在自体が、近代以降の帝国主義と資本主義の断ちえない共謀関係の上に築かれた産物だという事実も、決して忘れてはいけない。

結局、撮る対象がなんであれ、ヘルツォークは人間という存在の相対化を試みている。確かにそれが、カメラという機械装置の最も原初かつ未到の使い方なのだという気はする。
ビール、アコーディオン、九官鳥、未熟児、青タン、移動住宅、湖、コーヒー、動物磁気、競売、強盗、ネイティブアメリカン、チキンダンス、リフト。そして。
なんて、なんて切ないんだろう。このアメリカの(悪)夢は。

ドライブ中に流れるカントリー・バラッドのギターの音がめっちゃヨイ。というか音楽が全般的にヨイ。
ブルーノSのドキュメンタリーのよう。ナチスと資本主義に殺された1人の男が映ってた。それは恐らく今の今まで続いてる移民問題であり、閉鎖された空間に閉じ込められた悲しき"人"ですね〜
あんまりニュージャーマンシネマって分からないから調べる。
あおい

あおいの感想・評価

4.3
初ヘルツォーク。ヘルツォークっぽくない?らしいが大傑作だと思った。

ロードムービー、社会映画、1人の男の内側を描いたドキュメンタリーという要素が上手く融合し、

その中でも、僕はドキュメンタリーとしての要素に心を打たれた。

ブルーノはアメリカという高度に進んだ資本主義体制に殺されたのかもしれない。ただ、それはきっかけであり直接的な原因に過ぎない。彼が今まで生きてきた経路は、前半のベルリン編で丁寧に描かれた現状をみれば想像に難くなく、そこから抜け出した時の充足感や期待感を味わってしまったことこそが

小津安二郎のように淡い色調に赤が映えているのが印象的であったが、観終わった後に反芻してみるとあれはブルーノが遺した生命力の印だったのではないかと思った。金貸をやっている不良2人組の車やジャケット、ブルール宅マンションの階段、エヴァの服など、、、
アメリカに渡ってからは一気に少なくなり過去からの脱出、新しい自分、全く違う土地という意味合いとも取れるけれど(そもそも意味はなく文化違いが写っているだけかもしれないけれど)、終わってみれば、言葉も通じない全く孤独のアメリカ比べれば、言葉も通じ、狭い空間ながら友達がいるドイツでの生活の方が彼にとっては生命力に満ちていた生活だったのかもしれない。
Shoty

Shotyの感想・評価

4.4
誰かが入れたコインのためにチキンは踊り狂う!

110分間に押し込められたヘルツォークの世界の見え方 人間の見え方!

外面的なストーリーは出所した主人公ブルーノがベルリンでうまくいかずアメリカンドリームを求めて旅立つというものだが、この映画はただアメリカンドリームの現実なんてものに対しているだけじゃない!そんなものは入国の時にペットの九官鳥を没収された時点で先は見えたようなの!実際はヘルツォークの目線からのこの世界と人間だ。

ブルーノは音楽好きで 時々 中庭で演奏をするが金のためではなさそう。しかし人間は金のために 生活のために 心にない事に必死になるそれはコインを入れられ踊り狂うあのチキンとなんら変わりはしない!楽しげな音楽に踊り狂うチキン 愉快なはずの映像が余計に僕らを滑稽にする。
そんな世界でもブルーノは踊らなかった 踊れなかったのか とにかく踊らないブルーノに神や救いはなかった そして選択肢は一つだったのだろう!
回るリフトの背中には"Is this really me"の文字 運転手なく回り続ける車 観光客のためだけにしているインディアンの格好 そしてダンシングチキン この最後の10分は強烈に印象に残る いやぁ すごい映像だった。びっくりした。

最後に警官は言う チキンもリフトも止められない。こうなった世界はもう止められないという事か。